4月24日に行われるフランス大統領選の決選投票は、現職のエマニュエル・マクロン大統領と、極右「国民連合」を率いるマリーヌ・ル・ペン候補の戦いとなりました。この2人の対決は、前回5年前に続いて2度目。前回はマクロン候補の大勝でしたが、今回は接戦と言われています。ル・ペン候補はなぜここまで支持を拡大できたのでしょうか。ブレイディみかこさんの『女たちのポリティクス』から抜粋してお届けします(記事中の政党名や役職名等は、2019年5月時点のものです)。
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ヨーロッパ各国で女性が極右に惹かれている
右翼ポピュリズムと言えば、まず喩えに出されるのはドナルド・トランプの名だし、マッチョな男性中心主義のイメージがある。が、どうもここ数年のヨーロッパは違う。右翼ポピュリスト勢力のリーダーにやたらと女性が増えているのだ。
フランスの国民連合(旧国民戦線)の党首、マリーヌ・ル・ペンが世界的に最も有名だが、ほかにもドイツのAfD(ドイツのための選択肢)のアリス・ワイデル院内総務、イタリアのFdI(イタリアの同胞)のジョルジャ・メローニ党首、ノルウェーの右翼リバタリアン政党である進歩党の党首で財務大臣を務めたシーヴ・イェンセンなど、右派勢力が女性をトップに据えて支持を伸ばしている。
「怒れる白人男性が怒れる白人男性を率いる」みたいな古いイメージでは極右を語れない時代になってきているのだ。フランスやドイツ、イタリアなどの国々で、「怒れる白人女性たち」も極右の支持基盤になってきているという。
こうした女性たちはストリートでも声をあげている。2018年のドイツのケムニッツで極右デモが行われたとき、「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国主義者(PEGIDA)」には女性たちが多く含まれていたことが話題になったし、同様にイタリアで行われたFdIの集会でも女性たちの姿が目についた。
また、フランスでは、黄色いベスト運動に多くの女性たちが参加しており、その中にはル・ペンの支持者たちもいる。反エリートのポピュリズム運動という点で、黄色いベスト運動の主張は、ル・ペンの支持者たちが求めていることと重なる部分があるのだ。
フリードリヒ・エーベルト財団(FES)の報告書では、ドイツ、フランス、ギリシャ、ポーランド、スウェーデン、ハンガリーで右翼ポピュリスト政党への女性の支持が増大していることが明らかになっている。なぜに女性たちが極右勢力に惹かれてしまっているのだろうか。
「取り残された」女性たちを取り込むル・ペン
労働者階級の男性たちが「取り残された」気分を抱いているというのはここ数年話題になってきた。が、同様の気分は労働者階級の女性も味わってきた。
男女の賃金格差を考えても、最低賃金の仕事で生活苦に直面している人の割合は、男性よりも女性のほうが多い。女性からル・ペンが支持される原因の一つが福祉制度の拡充を強く打ち出していることだと言われている。彼女は、児童手当の増額や、育児関連の補助の拡大を約束している。これは、新自由主義的な緊縮志向から抜け出せず、大規模な財政支出を約束できないマクロン大統領には期待できないことだった。
ル・ペンは、反マクロン運動とも言える黄色いベスト運動の勢いをフルに利用しようとしており、シングルマザーや子を持つ低所得の女性たちなどの支持を拡大している。
彼女の父親は「ヒトラーの再来」「悪魔」と呼ばれた国民戦線の創始者、ジャン= マリー・ル・ペンだ。そのおかげで、彼女も8歳の頃に自宅を爆弾テロで吹っ飛ばされて九死に一生を得たり、学校でも「悪魔の娘」と仲間はずれにされ、いじめられ続けたが、左派の教員たちは彼女を守ろうとしなかったという。
そんな体験を持つ彼女だからこそ、左派の欺瞞の撃ちどころをよく知っている。自由と平等を訴える左派が、緊縮に与して貧困と格差を放置していることはル・ペンには大きな欺瞞に見える。彼女は、いまこそ右派が弱者を取り込めると確信しているに違いない。
「権力を握っているエリートは、リアルな庶民の暮らしを知らない。彼らは完全に切り離されています。低賃金では生活できないし、月末には毎月赤字。生活のために借金しています。3人の子どもたちを学校などに送っていくためのガソリンもまともに買えない。私たちはル・ペンにまだ国を任せたことがありません。だから、彼女にチャンスを与えてもいいと思う」
黄色いベスト運動に参加した30代半ばのスーパーのレジ係として働いている女性が、英紙ガーディアンの取材にこう答えている。
移民が増えると女性の権利と自由が奪われる?
とはいえ、貧しい労働者階級の女性たちだけが極右支持に回っているわけではない。それよりも決定的な要因がある。それは、移民に対する嫌悪だ。そもそも女性は社会の中でマイノリティと見なされてきたので、これまで女性の運動は、反レイシズム運動と手を携えて闘ってきたのに、アイデンティティ・ポリティクスの最前線だったはずのヨーロッパでなぜこの構図が壊れてしまったのだろう。
その一つの要因は、「ムスリム移民のミソジニー的文化が欧州の女性の自由と権利を台無しにする」というナラティヴを極右が広げているからだ。
私もこれは2年ほど前に体験したことがある。左翼的なソーシャルワーカーだと聞かされていたオランダの女性を紹介されたのだが、彼女がいきなり、「ムスリムが増えるとヨーロッパのフェミニズムは後退する」 と言ったのである。
髪型もファッションも、かなりリベラルな感じの人だったが、ソーシャルワーカーとして訪問するムスリム家庭の人たちから「娼婦のような恰好をしている」とか「あんな派手な女性には育児などわからない」とかクレームをつけられてムカついていると言っていた。このようなことを実生活で経験して戸惑っている女性たちを、極右勢力はターゲットにしているのではないだろうか。
ドイツでは、2015年の大晦日にケルン中央駅周辺で年越しの祝賀に紛れて女性たちへの集団暴行事件が起き、被害件数は500以上に上った。その約4割は性的暴行事件で、容疑者の大半は北アフリカからの難民認定希望者や不法移民だったと報道されたため、メルケル首相の難民受け入れ政策に批判が集まった。
これはドイツの人々の移民に対する心情が変わるきっかけになった事件とも言われている。政府に対する批判を避けるためかケルンの警察は事件に対する情報を伏せていたが、いち早く立ち上がって抗議活動を起こしたのは地元の女性たちだった。それに極右勢力が乗って大規模なデモに発展したのである。
AfDが支持を伸ばした背景にはこの事件があったのは明らかで、「ドイツで女性の権利のために本気で闘っているのは我々だけだと思います。なぜなら、我々は女性が何世紀もかけて闘ってきた権利と自由を失うかもしれない危機にあることを指摘しているからです」とAfDの女性議員が英ガーディアン紙に語っている。
さらに彼女は、AfDはドイツで暮らしているムスリム女性のことも懸念しているのだと主張し、「夏休みになったら両親の出身国の会ったこともない男性たちに嫁がされることを知らされる」ムスリムの女性たちも、その多くは教育を受けてドイツ社会に居場所を見つけたいと思っているのだと言う。
ル・ペンも「フェミニズム」という言葉は使わないが、都合のいいところで「女性の権利」を連発する。女性議員の割合などについては言及しないが、移民問題となると「すべての女性がショートパンツやミニスカートをはく権利は守られるべき」みたいなことを言い、移民の大量な受け入れは危険だという主張に繋げていく。
女性・同性愛の問題はもはや「リベラルのいつものやり方」では解決できない
ドイツAfDのワイデル院内総務はレズビアンだ。同性のパートナーと2人の子どもを育てていることを公にしている。伝統的な家族の価値観をアピールしている極右政党の「顔」が同性愛者のワイデルというのも従来の左右の概念では「え?」と思うような事実だろう。
ゴールドマン・サックスや中国の銀行で働いたこともあるワイデルは、グローバリズムの申し子のようなキャリアを持ち、国粋主義の右翼には一番嫌われそうな「グローバルに活躍するエリート」感のある人物だ。しかし、彼女は2017年9月の総選挙でAfDを第三政党に大躍進させた立役者だ。
これも彼女の強硬な反移民の姿勢、とくにイスラモフォビアを煽る発言によるところが大きい。ドイツ国内でイスラムの尖塔を禁止、ムスリム女性の公務中のヘッドスカーフ着用禁止などを彼女は声高に呼びかけている。
その他のEU諸国でも似たような現象が起きている。「ノルウェーの密かなイスラム化」に警鐘を鳴らすノルウェーのイェンセン財務大臣も右翼政党の党首だが、2018年、「ゲイ・ベスト・フレンド」賞を貰っている。このように同性愛者たちが「イスラム教は危険」と叫ぶ極右を支持する理由が、イスラム教の同性愛に対する否定的スタンスと無関係であるわけがない。
2018年、イタリアの下院議員に3選を果たしたFdIのジョルジャ・メローニ党首も、とても極右の指導者には見えないエレガントな外見の女性だ。彼女も「イタリア人ファースト」を訴え、やはり排外主義を煽る言動で頭角を現した女性リーダーだ。
「彼女は女性からより多くの支持を集めています。女性のために闘っているのは彼女だけのように見えるからです」とガーディアン紙に支持者の一人が証言している。
ケルン中央駅での集団暴行事件が起きたときのメルケル政権の対応の遅れが端的に示したように、これまでの欧州のリベラル陣営は、移民政策への批判が噴き上がるような事象について沈黙する癖があった。それは混乱を懸念するからであり、移民へのバッシングを防ぐためだったとしても、結局は強い政治イデオロギーを持たない一般の人々の不安や不満を倍増させる結果になった。
「国内にも一部に犯罪者がいるように、移民の一部に犯罪者がいたところで不思議ではない。犯罪をおかした人の人種が何であろうと宗教が何であろうと、悪いことをする人は悪い」という毅然とした態度を取らなかったために、極右に付け入る隙を与えたのである。
同じように、イスラム教国の常識と西洋社会の常識には合致しない点もいくつかあること、それが女性や同性愛の問題にはとくに色濃く現れることがあるという事実から左派は逃げてはいけない。その差異を地べたの日常で体験している人々に、「そんなことを言ってはいけません」と叱りつけて黙らせるのでも、へっぴり腰でモニョるのでもなく、真正面から「そうですね」と受け止めてそこから冷静に議論を始めることができる中道や左派の政治勢力が出てこないと、極右の女性リーダーたちは、女性や同性愛者たちが潜在的に抱いている不安や不満を餌にしてさらに勢力を拡大するだろう。
もはやフェミニズムや同性愛者の運動も「意識の高い」リベラルな男女たちの「いつものやり方」では解決できない、きわめて複雑な段階に入っている。それは本当に社会の多様性が裾野のほうまで広がってきたからであり、机の上で考える問題としてではなく、職場や学校や地域社会で誰もがそれを日々体験するようになったからだ。欧州における極右の女性リーダーたちの台頭は、そのことを何よりも明確に示している。
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女たちのポリティクス
近年、世界中で多くの女性指導者が生まれている。アメリカ初の女性副大統領となったカマラ・ハリスに、コロナ禍で指導力を発揮するメルケル(ドイツ)、アーダーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)ら各国首脳たち。そして東京都知事の小池百合子。政治という究極の「男社会」で、彼女たちはどのように闘い、上り詰めていったのか。その政治的手腕を、激動の世界情勢と共に解き明かした評論エッセイ。