“大人の謎かけ”でお馴染みの女性芸人・紺野ぶるまさんこの春に初めての出産を経験し、4月には、初めての小説『特等席とトマトと満月と』を上梓した。すごく高い肉を編集者にご馳走になってしまったから、とにかく書かなきゃ、と書き始めた小説は、約2年半をかけて完成。“芸人としては”美人でスタイルもいい20代半ばのムシナと、彼女を取り巻く芸人たちの葛藤の日々を、残酷なまでに生々しく描いたこの物語に込めた思いとは?
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めっちゃムカついたこともあったし、ストレスもいっぱいもらったけど、全員に感謝。
これまでも芸人が出てくる小説はちらほら存在していたが、女芸人の話はごく少ない。しかも「ピン」の女芸人の話は、もしかしたら史上初なのではないか。文芸の歴史に残る一作を執筆した紺野ぶるまさんは、自身もピン芸人だ。「大人の謎かけ」を武器にRー1ぐらんぷりで二年連続決勝に進出するなど、人気と実力を兼ね備えている。そんな彼女が小説を書いた理由とは――。(構成:吉田大助)
――本作は紺野さんが初めて書いた小説だそうですが、どのような経緯で執筆することになったのでしょうか?
3年くらい前に、幻冬舎さんの会議室でネタ見せがあったんです。この人めっちゃ偉いんだろうなっていう方から新卒の方まで、2、30人集まっているところで、女芸人3人が1人15分ぐらいずつ……。
――そんなことあるんですね!
私も、出版社でネタをするのは初めてでした。どんな人が待っているのかわからなすぎるので、正直、普通の営業よりも緊張したんですよ。でも、覚悟を決めて会社で一番年上っぽい人をがんがんにイジったりしていたら面白がってくださったみたいで、『GINGER』さんのウェブ(「GINGERweb」)で「エッセイを書いてみませんか?」とお声がけいただいたんです。そのタイミングで、幻冬舎さんの役員もされているめっちゃ偉い編集者の方と松竹芸能のお偉いさんとのご飯会に私も呼ばれ、「小説を書いてみるのはどう?」と。私はただヘラヘラしてたんですけど、また二週間後にすっごい高そうなご飯屋さんでまた集まることになり、編集さんから「とりあえず短いやつを書いてみなよ」と。そのお店のお肉が「、赤くても食べられます!」みたいなめっちゃ高いやつだったんですよ。これは書かないわけにはいかないだろう、と思ってしまって……。
――高いお肉に釣られた、と。
そう、ですね(笑)。編集さんがおすすめの小説をたくさん送ってきてくださったのも嬉しかったですし、そもそも小説とは何かということを丁寧に教えてくださったんです。そのお話の中で「みんな最初の作品は、自分のことしか書けないものだよ」と言われ、「私だったら、ピンの女芸人のことしか書けないです」「じゃあ、それでいいんじゃない?」と、わりとすぐに題材は決まりました。小説を書けないと思っている人が書き抜くための技を教えていただいたことも大きかったですね。「戻って直してを繰り返していたら一生終わらないから、戻っちゃダメ。とにかく最後まで書き切る」。なるほどな、じゃあ、とりあえず書いちゃえって気持ちになりました。
――いいアドバイスをもらえたんですね。一週間ぐらいかけて、ここで一区切りかなというところまで書いたのが、第一章に当たる原稿でした。エッセイとはまた違って、自分が頭の中で想像した人物とかお話を読んでもらうのってものすごく恥ずかしかったし、送るのがめっちゃイヤだったんですが、あの肉がよぎるんですよ……。でも、その原稿を面白がっていただけて、続きを書いて長編にしようということで出来上がったものが、『特等席とトマトと満月と』です。
女芸人のライブのリアルと女芸人のコンビの関係性
――主人公のいずみ、芸名・赤間ムシナは、ピンの女芸人です。百合ヶ丘の実家で暮らし居酒屋バイトをしつつ、おもに小劇場のお笑いライブで活動している。第一章では、バイト仲間で役者志望である竜也との恋愛模様がメインに描かれていきます。ムシナは芸人をやっていることを隠して、半年前から竜也と付き合っている。ところが、深夜番組の一分コーナーに出演した映像がバイト仲間に見られてしまい、竜也にも「自首」せさ゛るを得なくなる。すると……とお話は転がっていきます。
芸人さんが出てくる小説とかドラマや映画って結構ありますけど、女芸人の恋愛をがっつり書いているものって意外とないぞ、と思ったんです。鈴木おさむさんの『ブスの瞳に恋してる』は例外かなと思うんですが、実は女芸人がフ゜ロテ゛ューサーとかテ゛ィレクターとか、関係者のスタッフと急にカ゛ッと付き合い出して、一気に結婚、出産にいくみたいな流れって少なくはないというか。ムシナは女芸人というイレキ゛ュラーな職種なのに、どこにでもあるネタにすらできないようなグス゛グス゛な恋愛をしている、そのうだつのあがらなさを描きたかったんです。
――脳裏にとあるビジュアルがこひ゛りついてしまう、竜也との別れが描かれた後、第二章ではブサイクが売りの人気お笑い芸人である高木との、立場違いの恋にウキウキするムシナを見ることができる。「女芸人の恋愛」がテーマなのかなと想像し始めたところで、第三章以降はあっさりその路線を捨てるんですよね。いい意味で移り気というか、物語のハンドルを急に切ってくる感じが、一般的な小説家の発想とは違って新鮮でした。
編集者さんから一番最初にいただいたアドバイス通り、書いた原稿のことは振り返らないようにしたからかもしれません。気の向くまま、その時自分の興味があることをどんどん書いていくことにしたんですよね。それで言うと第三章は、私が一〇年ちょっと前に芸人を始めた頃の、女芸人のライブをできるだけリアルに書いてみたいなと思ったんです。今って女芸人もきれいな人とか、おしゃれな人とか、高学歴の人とかがいっぱいいるんで
すけど、当時のなかの芸能小劇場とか中野のStudiotwlとか……要は中野界隈でライブをしていた女芸人たちって、いい意味でも悪い意味でももっと芸人というものに囚われていて(苦笑)。わかりやすい例で言えば、「女を捨てる」みたいなネタをやる人がめちゃめちゃ多かったんです。時にただ下品だったりとかして。それを見ておじさんが笑っているのを信じちゃって、それをやってればお笑いなんだと思って流される人がいっぱいいる中で、ムシナは向上心が一応ちゃんとある、ネタの構成とかにこだわるまれなタイプとして書きました。
――月イチの地下ライブに出ていれば、何者でもない自分も最低限、芸人を名乗れる。居心地のいい魔窟、という感じが小説にもよく出ていました。ムシナが劇場のある中野や新宿、世田谷へ足を運ぶんですが、芸人目線の風景描写が独特で「こんな街だったっけ?」と驚きます。これまで小説ではあまり書かれてこなかったタイフ゜の「東京」と出合える感触もまた、新鮮でした。女芸人の先輩後輩、横の繋がりも描かれていって、作品世界も一気に広がっていきますね。
男芸人のコンビの関係性ってめっちゃ仲いいか、もしくはすっごい仲悪くてネタ以外はしゃべんないらしいよ、というイメージを世間の人も持っているのかなと思うんです。でも、女芸人のコンビの関係性ってもうちょっと複雑に入り組んでいるというか、考えただけで胸焼けがするっていうか(笑)。私自身はずっとピンだったんですが、その微妙な関係性が面白いなと思っていたんです。
――そんななか、女芸人コンビ「水蜂」の片割れである蓋子とムシナは仲良くなり、彼女のアドバイスもあってちょっと売れ始める。とはいえ、当初はまだ覚悟が決まっていない感じだったんですが……。
ムシナが覚悟を決める瞬間は書きたいなと思っていました。私自身は「、お笑いで頑張る」と人生の中で決めた瞬間がはっきりあったんですよね。そういう経験をムシナに重ねて二章分ぐらい書いたりしたんですけど、編集さんに全カットされました(笑)。ムシナはふわりふわりと人生を進んでいく人だから、それを書くのが面白いよってアドバイスいただいて、「確かに!」と。お話の落とし方も、「人生は続くんだから無理やり決着を付けなくてもいいんじゃないの?」って。
――小説的なカタルシスを作ろうとしたらたぶん、あのエピソードが最後には来ないと思うんですよ。そこも良かったです。
ずっと思っていたけれど言わずにおいたこと
――ムシナが女芸人としての幸せと、女としての幸せを両立する難しさについて考える場面があります。〈子供を産む時は、芸人を引退するということだ。/それを考えると余計に男はいいなあと思ってしまう。結婚をしたらやる気に拍車がかかり、子供ができたら、食わしていくために絶対に売れないといけない人として世間から見られ応援される〉。ぶるまさんは結婚し、まもなく出産もされますが、この辺りのことはリアルにお考えになったところなのでしょうか。
めちゃめちゃリアルに考えましたね。女芸人が子供と芸人としての成功、どちらかではなく両方手に入れるにはどうしたらいいのか。ただ、女芸人特有の悩みというよりはどんな仕事をしていてもあり得る悩みではあるかなと思うんです。
――全編を通してムシナの内側に、「女芸人は彼氏が出来るとつまらなくなる」「なぜか男というだけでこいつの方がお笑いが好きそうに見えるのが許せない」といった、女芸人のイメージにまつわる違和感が渦巻いています。このところ、バラエティ番組などで女芸人の生き方が注目される機会が多くなっていると思うのですが、そことのシンクロは自覚的でしたか?
私が小説を書き始めた時は、その風潮はなかったんです。書いている途中で女芸人を巡る情勢が変わって、フェミニス゛ム的な視点が結構強くなってきた。
――「こちらが先だった」と、記録しておきましょう(笑)。
私自身はそういうことを、あまり喋りたくはなかったんですよね。できているかは置いておいて、女だから馬鹿にされることがあれば芸で黙らせたいというのがありました。あとは芸人ってハードル下げてなんぼというのが根底にあるから、何か主張することによって「へー、よっぽど面白い自信があるってことか」となったら、自分のハードルを上げるだけで損しかないなと思っていました。でも、いさ゛小説を書くとなったら、女芸人のことについてはもちろん、それ以外にも、ずっと思っていたけれど言わずにおいたことが素直にバーッと表に出せた。小説ってすごいな、面白いなと思いました。
――赤いお肉をきっかけに初挑戦した小説を書き終えてみて、今どんな気持ちですか?
お笑い芸人は本当にヘンな人たちばっかりなんですよ。でも、そういう人たちと出会ってきたから、この小説を書くことができた。めっちゃムカついたこともあったし、ストレスもいっぱいもらったけど、全員に感謝だなって思っています。
特等席とトマトと満月と
結婚も出産も、売れてから? 「可愛いくなりたいじゃなくて、面白くなりたい欲って、何なのかな」 女芸人たちの切ないまでのリアルを描く、初めての長編小説。