2015年から猪苗代湖で開催されている音楽&アートフェスティバル「オハラ☆ブレイク」。会場で配布される冊子に来場者のために書いてきた連作短編「猪苗代湖の話」が、7年の時を経て単行本『マイクロスパイ・アンサンブル』として刊行されることに。ユニークな取り組みから生まれたこの作品の魅力に迫る。(取材・文 タカザワケンジ)
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──なぜ作家である伊坂さんが、猪苗代湖の音楽&アートフェスティバル「オハラ☆ブレイク」のために小説を書くことになったのでしょうか。
伊坂 仙台の音楽フェス「ARABAKI ROCK FEST.」を主催している会社の菅真良(すが まさよし)さんと前から知り合いで、ある時「猪苗代湖でやりたい企画がある」とご連絡をいただいたんです。
菅さんご自身が猪苗代町出身で東日本大震災の後だったこともあり、福島を盛り上げたい気持ちがあったのかな、と思うんですが、「面白そうですね、何かできることがあれば」、とその時はお答えしたんです。
「オハラ☆ブレイク」は音楽とアートが中心のイベントと聞いていたので、自分にできることがあるのかなと思っていたら、「小説を書いてほしい」と。それで書いたのが、最初の短編「一年目」です。
──「一年目」は短編として完結していますが、続きそうな予感もあります。もともと続きを書く予定だったのですか?
伊坂 最初は続きを書くかどうかは決まっていなかったんです。「オハラ☆ブレイク」自体もどうなるかわからなかったので。うまくいったら続けようという感じはありました。それで、話が終わっても続いても、どちらでもいいように、と。
── そして無事に翌年も「オハラ☆ブレイク」は開催され、「二年目」へと続きます。
伊坂 「二年目」は一年ぶりなので、登場人物が一つ歳をとることにしようと決めました。毎年一作ずつ書くってやったことがなかったので、せっかくなら毎年、歳をとっていくほうが面白いかなと。
自分の中のある部分をつくった曲たち
── スパイたちの活躍と、「一年目」で失恋した若者・松嶋の物語が並行して描かれていきますが、「二年目」はちょっと「痛い」話ですね。会社員になった松嶋が飲み会で女性の容姿をネタにウケを狙ってしまい、後悔するという。最近の「ルッキズム」批判を思い出しました。
伊坂 これを書いたころはそういう言葉も知らなくて、ただ、もともとそういう笑いとかジョークが苦手なんです。人を下げたりとか下ネタって、ギャグセンスがないから言っているのかな、と感じちゃうこともあって、面白いと思えないというか。ただ僕自身も無自覚に、そういうことを言っちゃったり、小説に書いちゃったりすることはありますし、あとから「良くなかったな」と反省したりするので、主人公にそういった気持ちを反映させています。
── 松嶋はけっこうクヨクヨするんですよね。
伊坂 僕の小説って、だいたい、クヨクヨする主人公が多いんですよね(笑)。失言しちゃった彼がどうやったら、救われるのかなあ、といろいろ考えたんですけど、難しいですね。わかりやすく救ってしまうのも避けたくて。
── その難しい題材に、トモフスキーさんの楽曲『スポンジマン』が入ってきます。なんでも吸い取ってしまうスポンジマン。絶妙ですね。
伊坂 毎回、何の曲で書こうかなっていうところから始まるんです。『スポンジマン』はもともと好きな曲で、何でも吸い取るってところからこの話を考えました。作中でも書いたんですけど、マシュマロマンみたいな、スポンジマンっていうキャラクターがいると思っていたんです。本人に歌詞の意味を聞くってすごく恥ずかしいっていうか、申し訳なかったんですが、トモフスキーさんにメールで「スポンジマンってどういう外見ですか」と聞いたんです。そうしたら、「いやあ、ごめん、自分自身のことなんだよね」みたいな返事があって。スポンジマンっていうキャラがいるんじゃなくて、何でも吸収する自分を歌った歌だったのか、と。「すみません、読み違えてました」ってメールで謝ったら、「世界中にいるもんなんで」って返信が来て。そのメールがとても素敵だったんで、作中でそのまま使わせてもらいました(笑)。
『いい星じゃんか』と言える日に
── 一年に一回というインターバルで書くのはふだんの連載と違いますか。
伊坂 いまは、ほとんど短篇は書かないんです。なんで書かないかというと、ハッとするようなアイディアを思いつかないからなんですが。だから毎年、雑巾を絞るような気持ちで「オハラ☆ブレイク」にすべてをかけていたというか(笑)。なんとかなったのは、曲が使えたからだと思います。
── 曲もそうですが、猪苗代湖という場所の力も感じました。起き上がり小法師、白虎刀といったご当地ものも小道具として登場します。
伊坂 そう聞くと、自治体から宣伝を頼まれていると思われちゃうような(笑)。そういうことではないんですが、ただ、東北っていうのは僕にとっては良かったですね。福島は僕が住んでいる仙台からするとお隣さん的な感じもあって、親近感が湧きました。それに湖はどこにでもあるから、どこに住んでいる読者でもなんとなくイメージしやすいかなと思います。
── 七年間にわたって「オハラ☆ブレイク」のために書いた小説を、今回、一冊にまとめられていかがですか?
伊坂 読み返してみて、「七年目」で使ったトモフスキーさんの「いい星じゃんか」というフレーズが、ぐっと来たんですよね。これを書いていた時は、コロナ禍のことが念頭にあったのですが、感染症だけじゃなくてつらい気持ちになることが多いじゃないですか。あまり前向きなことは考えられないですし、ポジティブなことってなかなか言えないんですが、ただ、『いい星じゃんか』、心からそう言える日がくればいいなあ、そういう時がきたらすごいなあ、とぼんやり思いました。
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