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本屋の時間

2022.05.01 公開 ポスト

第133回

午后の合唱辻山良雄

すず
あずき

昨年、この連載で猫の話を書いてからというもの、見知らぬお客さんから「ネコちゃん(人によってはネコさん)は元気ですか」と話しかけられることが増えた。いやいやこれが中々大変でして……と、はじめて会う方にいきなりこぼすわけにはいかないから、へぇ、まぁ、そうですねなど、笠智衆のような笑顔を返しつつお茶を濁しているのだが、家に猫が三匹いるとはほんとうに大変なことなのだと、この間身にしみてわかった。

もともとオスのてんてんがいた我が家に、保護されたメスの仔猫二匹がやってきたのは半年前のこと。その後二匹は「すず」「あずき」と命名され、いまでは体つきも、家にきた当時の倍くらいにまで育っている。しかし、これが同じ腹から出てきたきょうだいとは思えないほど、その性格はまるで違う。

 

その人の話をするとき、あいつはねぇ……と、苦笑いとあきらめとを自然に放出させる人物がたまにいるが、例えて言えばすずとはそんな猫だ。ご飯を食べるのは三匹のなかでもっともはやく、切羽詰まった形相であっという間にたいらげたと思ったら、一匹だけおとな用のご飯を食べているてんてんめがけ、ためらうことなく頭から突っ込んでいく。すずの首相撲の力はかなり強いので、引き離すのにもひと苦労だが、坊っちゃん気質のてんてんは、食べる気力をそがれてしまったのか、その間にぷいとどこかへ消えてしまった。

てんてんが見向きもしなくなったご飯の方を振り返ると、そこにはあずきがくらやみのように物音も立てず、そっと手だけを突っ込んでいる。

このどろぼうねこ!

そんなことをいっても彼女はどこ吹く風。手に掴んだカリカリを一口ポリリとしてから、ぽかんとした顔つきで、これもどこかへ去ってしまった。

すずはどこで何をしていても、自らを主張せずにはいられない猫だが、そんなすずにエネルギーまで奪われてしまったのか、あずきはほんとうに気配というものがない。出勤のため家を空けるとき、あずきがいないと部屋中を探しまわっていたら、なんのことはない、すぐ傍の椅子の下に黙って座っていたことがあった。体を抱くと、この猫ほんとうに大丈夫かなと思うくらいされるがまま。アンニュイな様子でニャアとちいさく鳴いている。抱かれると奇声を発しながら必死になって身をよじらせるすずとは、ここでもまるで違うのであった。

そんな違いのある二匹なのだが、事件はこの前の冬に起こった。大人になる前、避妊手術をしなければと、その日二匹は動物病院に入院中。午後、アルバイトのMとレジを代わったあと、病院まで行って二匹を引き取る(すずはここでも、ケージから出してくれた先生に対しさかんに文句を言いたて、その横ではあずきが、黙って先生の指を噛んでいた。まったくなんてことをするのだろう)。

家に帰ってからは、先生から伝えられた一言が、新たな難問として頭をよぎる。

「縫った腹部が開くといけないので、しばらく二匹は離して過ごさせるようにしてください」

我が家には、居間と寝室と本の部屋という、大きな部屋が三つあるが、隔離というからには、それぞれ別の部屋に入れればよいのだろうか。妻に相談しようにも、彼女はまだ店のカフェで仕事をしていたから、そんな時に猫のことで電話すれば、あなた店主でしょ、何考えてるのといわれるのがオチだ。

そこで、「家だ家だ」と、その辺りをふらふら歩いていたすずとあずきを捕まえて、居間を挟んだ寝室と本の部屋に、それぞれ別に閉じこめた。はい終了。しかし、しばらくすると二匹は、「ミャーオ」と大きな声で、どちらともなく鳴きはじめたのだ。

あぁ、鳴いてしまった。でもしばらく鳴いたら、またいつものように寝てしまうだろうと思い、居間で仕事用のパソコンを開いたのだが、隣の部屋から聞こえてくる声は、「ミャーオゥッ」「ムギィィィ」と、次第にエスカレートしてくるのである。その内、居間にいたてんてんまでもが、イラッとしたのか便乗なのか、「ウヮァァァン」と大きな声でこれもいっしょに鳴きはじめた。

十分くらいは、そのままじっと様子を見たのだろうか。しかし鳴き声はやむことなく、このままでは上に住んでいる人から「合唱はやめさせてもらえませんか」とクレームがくるかもしれない。それで仕方なく、わかりましたもうしませんと、ひとり毒づきながらすべてのドアを開け放った。

すると、すずとあずきは鳴くのをやめ、黙って駆け寄り、ペロペロと相手の体を舐めはじめるではないか。その姿を見ていると、安堵をするのと同時に、その小さな体に秘められた互いを求める気持ちに、ホロリと、図らずも心打たれてしまったのであった……。

 

いまでもその時のことを思い返せば、ほんとうにあの終わりでよかったのか、疑問は残る。

しかし彼女たちは今日もつかず離れず、違う性格のまま暮らしている。

 

今回のおすすめ本

『エドワード・ホッパー作品集』江崎聡子 :解説・文章 東京美術

これまで新刊で手に入る本がなかったからだろうか。なんだ、みんなホッパー好きなのねというくらいよく売れている。すべての絵が、ポスターにしてレイアウトできそうな格好よさ。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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