「夫源病」の名付け親としても知られる医師の石蔵文信さんは、64歳で前立腺がんが全身の骨に転移。
現在は外来を行いながら、自身の治療を続けてらっしゃいます。
延命治療や胃ろう、医師としての決断とそれをどう伝えるのか――
悔いのない最期のために、今から考えておきたいことをまとめた一冊『逝きかた上手』が発売されました。
「余命を知ったら幸せになった」という現役医師が伝える終活の心得から、特別に一部公開いたします。
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死に方を間違わなければ、幸福な人生になる
蓋棺事定(がいかんじてい)とは棺の蓋が閉まってから人の評価が定まるという故事です。その人の生前の評価はあてにならず、死後になって評価が定まるという意味らしいのです。
2022年4月現在、ロシアがウクライナに攻撃を仕掛け、世界中の非難を浴びています。その首謀者のプーチン大統領の支持率は依然高いそうですが、それは言論統制などが影響しているかもしれません。
たとえロシアがウクライナを占領しても、ここまで残虐な行為をしたのです。世界的にはプーチンは、第二次世界大戦以降最悪の人物として歴史に名を留める事になるでしょう。
ドイツのヒトラーも最初は民衆から大きな支持を受けましたが、結局は20世紀の極悪非道な人間として歴史に名を刻んでしまいました。今独裁主義の国家の元首も、将来はおそらくその国の歴史の中では極悪非道な人間として教科書に記載される可能性があるでしょう。
そんなことも理解できないのは、死んだらすべてが終わると思っているからでしょう。人類の歴史が続く限り、極悪非道な人物として伝わるという恐怖感は全くないようです。
私たちはそれほどの権力を持っていませんので、歴史によくも悪くも名を残す事はないでしょう。しかし、死んだら全てが終わりと言うことではありません。権力者は歴史が評価するでしょうし、我々のような小市民は家族の評価が大切です。
最近高齢者に対する暴力や、家庭内殺人がよく報道されています。たとえ元気な高齢者でもわがままや頑固さが強くなって、家族から疎まれることも多いでしょう。
本人のせいとは言えないとしても、長寿になればなるほどこのような傾向は強くなり、家族との軋轢は厳しくなるでしょう。私があまり長生きはしたくないと思っている理由が、長寿で人格が悪く変化し、家族に大きな迷惑をかける可能性があることです。
私は長生きをして、自分の意思をコントロールすることができるかどうか、とても不安です。現在前立腺がんの全身転移と向き合っていますが、死ぬことに関してそれほど恐ろしいと感じていません。長生きをして自分のことがコントロールできなくなる方が、よっぽど恐ろしいと感じています。
長寿社会になってから、介護殺人や心中事件等の問題は毎週のように報道されますが、がん患者さんがそのような目にあう話を私は聞いたことがありません。がんで死ぬ事は残念なことかもしれませんが、ある意味家族との最後のお別れがうまくできるのではないでしょうか?
全ての人が「蓋棺事定」の故事のように、死んだ後の評価を自分で知ることはできませんが、せめて、人生の最後に家族から疎まれないようにしたいものです。
その時は、悲しいお別れになるかもしれませんが、それはある程度家族が大事に思っていてくれたと考えて、旅立ちたいものです。