「夫源病」の名付け親としても知られる医師の石蔵文信さんは、64歳で前立腺がんが全身の骨に転移。現在は外来を行いながら、自身の治療を続けてらっしゃいます。
延命治療や胃ろう、医師としての決断とそれをどう伝えるのか――
悔いのない最期のために、今から考えておきたいことをまとめた一冊『逝きかた上手』が発売されました。
「余命を知ったら幸せになった」という現役医師が伝える終活の心得を、特別に一部公開いたします。
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生前整理や遺書よりも大事なのは「思いを伝えること」
野村克也元監督が生前好んで引用していた言葉として有名なのが「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上とする」です。
なるほど、単に財産を残すだけでは後々もめごとが起こるかもしれません。子孫が怠惰な生活におぼれてしまうかもしれません。
仕事を伝えることは、比較的重要なことだと思います。例えば、中小企業のオーナーであれば、その会社を次の世代にバトンタッチすることは大切でしょう。
家族経営はそこで事業が途絶えたとしても問題は少ないかもしれませんが、数十人の社員がいる場合は、後継者が会社をしっかり守ってくれなくては、従業員の生活が心配なことになります。ただし、「長男だから」というだけで会社を継ぐと大変なことになるかもしれません。そういう意味では、仕事を残すとともに、事業を継続・発展させてくれる人材を残すことが重要だと思われます。
一番大事なのが、どれほど良い人材を残したかであるというのは納得です。なんと、2022年シーズンのプロ野球監督のうち5人が野村元監督の教えを受けた人たちです。それ以外にも、野村元監督の影響を受けた多くの人たちが野球界で活躍しています。
私が注目しているのは、日本ハムの新しい監督に就任した「ビッグボス」こと新庄剛志さんです。昨年は、大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手に、日本の多くの人が励まされたのではないでしょうか。もしかしたら、大谷選手の活躍によって日本人が明るい気持ちになり、免疫力もアップしたかもしれません。日本の新型コロナウイルスの抑制にも何らかの貢献があったといえそうです。
そんな大リーグのシーズンが終わってしまったと思ったら、なんと元阪神の選手で大リーグでも活躍した新庄さんが日本ハムの監督に就任し、プロ野球界もまた活気づいたと思います。
私は阪神ファンなので、新庄さんの活躍を見守ってきました。現役の時から敬遠の球をヒットにしたり、投手として二刀流に挑戦したりと、さまざまな常識を破ってきた選手です。
実は、二刀流に関しては、こんなエピソードがあります。当時阪神の監督だった野村さんが、新庄選手に「投手の気持ちを理解できるように」との思いから勧めたものなのだそうです。そんなことも、ひょっとしたら大谷選手の活躍を生むきっかけになったかもしれないと感じます。
非常識と思われる二刀流を大谷選手が実現させる前に、野村元監督の「教え」があったわけです。
1990年にヤクルトの監督に就任した野村さんが掲げた「ID野球」は、当時はあまりメジャーな考え方ではなかったと思います。しかし、時を経て多くの指導者を生み、「宇宙人のよう」と言われることがある新庄監督も誕生しました。
「ビッグボス」は、単に野村元監督の後継者というだけではなく、自己流の発想で選手たちを活性化させてくれるのではないかと期待しています。
野村元監督がまいた種が、新庄監督たちに受け継がれ、それがまた多くの選手に受け継がれていくとすれば、たとえ自分がいなくなったとしても、その「意思」は伝わっていると考えることができ、安心してあの世に旅立つことができたのではないでしょうか?
野村元監督から学ぶべきことは、「何かを残す」ことよりも「何かを伝える」ということかもしれません。