大手メーカーの販売代理店で営業部長をつとめる五十嵐卓也は、社長に乞われ、業績が悪化している中小企業に出向することになる。五十嵐は社員たちとぶつかりながらも、ビジョンの共有、仕組みの構築、情報の活用、教育の強化の4つの視点で、一人ひとりの意識を変えていく。そんなある日、想像だにしなかった最大の危機が五十嵐に襲いかかる……。元リコージャパンのトップマネージャー、杉山大二郎さんが書き下ろした『ザ・マネジメント』は、最強のチームをつくり方をわかりやすく教えてくれるビジネス小説。部下や後輩を持つ人なら絶対役に立つ本書、第一章「ビジョンの共有」から一部をご紹介します
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「営業力を強化するために、4つの視点での改革が必要だと思っています。(1) ビジョンの共有、(2) 仕組みの構築、 (3) 情報の活用、 (4) 教育の強化です」
五十嵐は図表を指し示しながら、解説を加えていった。
(1) ビジョンの共有
企業の価値観を示したものが経営理念だ。これは会社の基本思想であり、不変のものとなる。この経営理念に基づいて実現すべき具体的な姿がビジョンだ。社会の流れや会社の持つ問題・課題に応じて変化していくものでもあるので、組織は中期的、長期的にビジョンを策定する必要がある。
そして、このビジョンという具現化された価値観を組織内で共有させていくことが、リーダーのもっとも重要な役割となる。トップが明確なビジョンを打ち出し、それを社員が日常の戦略や事業計画に落とし込んでいくことが大切だ。
ビジョンは組織の目指すべき姿なのだから、ホームページや方針書に書かれているだけでは意味がなく、社員一人ひとりが深く理解した上で、自ら意識して日常行動に落とし込んでこそ共有されているといえる。
富士山に登るという方針を打ち出していても、登山経路の指定や登山道具の準備だけでは、全員が頂上まで行きつくことは難しい。それぞれ能力も経験も違う。むしろ必要なのは、「なぜ富士山に登るのか」という理由づけなのだ。明確な理由は、人の意志を強く支えてくれる。そして意識こそが行動を変える。
(2) 仕組みの構築
仕組みというものは、それが存在している理由が社員に理解されていること、モチベーションが上がること、誰がやってもある程度の成果が期待できることが重要である。成果が個々人の経験や能力によって変わってしまうようでは、仕組みが構築されているとはいえない。
(3) 情報の活用
仕組みや制度は、所詮は道具にすぎない。それをどのように使うのかは、情報によって判断される。
「こんな笑い話があります。外国から商人が日本に買い付けに来たそうです。その商人が日本の水道の蛇口を見て、『これは素晴らしい。私の国では毎日、井戸まで何キロも歩いて水を汲みに行く。日本ではこの蛇口をひねるだけで、簡単に水が出てくる。これを買って帰りたい』と言ったそうです。
もちろん、蛇口だけを買っても水は出ません。どんなによい仕組みを作っても、そこに情報という新鮮な水を流さなければ、なんの価値もないわけです」
そのたとえ話に、大村専務が苦笑する。さらに説明をつづけた。
(4) 教育の強化
研修などの教育の機会は、組織として定期的に提供していかなければならない。
さらに研修が断片的なものにならないように、日常の活動と紐づけることを、現場のリーダーが意識していくことが大切だ。OFFJTとOJTが分断されたものではなく、一貫した教育としてマネジメントされていなければならない。
集合教育でありがちな光景は、研修中は「これはためになる」と真剣に学んでいたのに、翌日に現場に戻ったら、上司から「能書きはいいからさっさと数字を持ってこい」と言われ、すっかり普段のやり方に戻ってしまうというものだ。
教育は日常の仕事の中で、意識されることなく実践されていくことがもっとも望ましい。そういう仕組みを作るのもリーダーの仕事だ。
「私の上司はゴルフがとても好きな方で、よく一緒に行っていました。この上司が、おもしろいたとえ話をしてくれたことがあります。まずはいつまでに九十を切るのだと、はっきりと宣言をすることが大切だと言っていました。ビジョンの共有ですね。
そのために上司は、10万円もするドライバーを買いました。やはり、勝つためには道具は重要です。仕組みの構築です。
しかし、それだけではスコアは上がりません。スコアメイクには情報が必要なんです。コースをまわるときにはキャディさんを頼んで、『あの木の向こう側には、見えないけれど池がある。必ず避けるように』という情報をもらうわけです。
そこまで教えてもらっているのに、やっぱり池にボールを落としてしまう。練習も必要なんです。タイガー・ウッズだって、コーチに教わりながら練習をするんです。教育を受けなければ、スコアメイクはできません」
大村専務はどうやらゴルフ好きのようで、何度もうなずいていた。
「話はわかったが、どこから手をつけるつもりなんだ?」
大村専務が五十嵐の顔を覗き込むようにして訊いてくる。
「改革を検討する仕組みが必要です。手始めに、2つほどお願いがあるのですが」
「2つ?」
「まずは営業課の組織長名を変更させてください。営業マネジャーをリーダーに変えたいと思います」
「営業部長は五十嵐さんなんだから、自由にやってかまわないが、それにどんな意味があるんだ?」
五十嵐の提案に、大村専務は首をかしげた。
「組織長というのは、管理者(マネジャー)ではなく、牽引者(リーダー)であるべきです。性悪説的に管理するのではなく、性善説的な信頼のもとに協力し合う仲間を率いていくイメージですね。マネジャーは業務プロセスの管理を担い、リーダーは価値観の共有が仕事となります。今うちに必要なのはリーダーです」
「そんな小手先のことをしても仕方ないだろう」
坂巻が冷たく言いはなつ。
「もちろん、きちんと仕組みは作っていきますが、そうはいっても名は体を表すといいますから、まずは名前から変更して、みんなに意識してもらいたいんです」
「それで、2つ目は?」
大村専務が先を促す。
「私たち3名に、さらに3名のリーダー、そして営業マンの代表者3名を加えた3名で、合宿をしたいと思います。1泊2日でどこかの研修施設にこもって、営業力強化のための営業改革について徹底的に議論を尽くすんです。名称はマネジメント研究会なんてどうでしょう?」
「俺なら大丈夫だが……坂巻さんはどう?」
大村専務が視線を投げる。坂巻は明らかに気乗りしない様子だ。
「私は営業のことなんて、何もわかりませんから」
「坂巻部長には財務的な判断が必要な事案に際して、ご意見をいただけると助かるのですが」
「参加したってお役には立てません。遠慮しておきますよ」
五十嵐が頭を下げたが、坂巻は決して首を縦に振らない。
「まあ、坂巻さんはいいだろう」
大村専務が断を下した。五十嵐もそれ以上は言えなかった。システムへの投資も検討課題に含まれるため、経理責任者である坂巻を巻き込んでおきたかったのだが、早くも予防線を張られてしまったようだ。
「では、4月は期初ということもあり、重点顧客への挨拶まわりなど時間を取られることも多いと思いますので、5月の連休の狭間に日程を設定したいと思います。当日のアジェンダについては、私のほうで用意をしておきます。営業マン3名の選出については、リーダーたちと相談しながら、1カ月かけて私のほうで決めたいと思います」
話を締め括る五十嵐を、大村専務が腕組みをしながら見つめている。
「それで、我が社は変わるのか?」
「社員一人ひとりが、強く変わりたいと願えば、どんな改革だってできないことはありません」
「気持ち次第ということだな」
「やりましょう。誰だって、明日と自分は変えられますから」
ザ・マネジメント
大手メーカーの販売代理店で営業部長をつとめる五十嵐卓也は、社長に乞われ、業績が悪化している中小企業に出向することになる。五十嵐は社員たちとぶつかりながらも、ビジョンの共有、仕組みの構築、情報の活用、教育の強化の4つの視点で、一人ひとりの意識を変えていく。そんなある日、想像だにしなかった最大の危機が五十嵐に襲いかかる……。元リコージャパンのトップマネージャー、杉山大二郎さんが書き下ろした『ザ・マネジメント』は、最強のチームをつくり方をわかりやすく教えてくれるビジネス小説。部下や後輩を持つ人なら絶対役に立つ本書、第一章「ビジョンの共有」から一部をご紹介します。