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夢を喰う男 ダービー3勝を遂げた馬主、ノースヒルズ前田幸治の覚悟

2022.07.05 公開 ポスト

第3章

#5 幸治は森本と、世界の一流牧場を一緒に見て回った本城雅人

キズナ、ワンアンドオンリー、コントレイル……日本屈指のオーナーブリーダーの、飽くなき挑戦と専心の軌跡を描いた感動のノンフィクションノベル『夢を喰う男』(本城雅人著)。話題の本書から試し読みをお届けします。優駿たちが駆け抜けたゴールの陰に、密やかに流された汗と涙のドラマがある!!(※ページの最後に、本城雅人さん、福永祐一さん、前田幸治さんの貴重なトークイベント情報があります。残席わずかです!)

*  *  *

前回までは…
 

5

契約を終えた幸治が最初に訪ねたのは、自宅の内装を頼んだことがある、大阪難波にある高島屋・建装事業本部の森本英明だった。当時、高島屋の建装事業本部といえば、宮内庁や名門ホテルの内装を請け負う名門だった。

「森本さん、牧場の設計をあなたに頼みたいんです。ぜひやってくれませんか」

「牧場って、私は建装事業部の人間ですよ。牧場なんてやったことがありません」

「それなら世界の一流牧場を一緒に見て回りましょうよ。それを参考にしてもらえれば」

飛行機を手配して、世界でも大牧場が集まるアイルランド、イギリスのサフォーク州、フランスのノルマンディー地方を見て回った。ノルマンディー地方を車で走っていると、牧場内の大きなプールのある広い庭で、馬主らしき一族がパーティーをしているのが見えた。若い男女が祝福されていたから、結婚式の最中なのだろう。

さらに幸治は牧場だけでなく、スイスまで列車のチケットを用意し、アルプス山脈の一角、マッターホルンの(ふもと)の町まで行った。

牧場を見てはすぐ次の町に移動する弾丸ツアーだったが、森本はどこに行ってもカメラで撮影し、気になる景色は脳裏から消え去ることがないようにスケッチブックに写し取っていた。

「森本さん、うちが買った北海道の土地も、結構な山の中にあるんです。このスイスのような起伏の激しい土地です」

「土地の形状を生かした牧場を作るということですね」

「そうです。そこに日本一美しい牧場を作ってほしいんです」

帰国するとすぐに北海道の新冠に案内する。これまで見てきたものとは比べものにならない殺風景な寂れた土地に、森本は言葉を失っていた。

それでも森本は足元の悪い土地を隅から隅まで歩き、そこから見える景色を確認していた。

「前田さんは今後、裏山の方まで牧場を広げたいと言ってましたね。でもこれだけ森が深いと、奥に広げていくのは難しいんじゃないですか」

「僕もこれ以上は切り拓けないと思いますよ」

そばにいた平山牧場の平山博幸も森本と同意見だった。

「いや、やれますよ、木を一本ずつ倒していきます」

「切り倒すとして、前田さん、根っこはどうするんですか」

「森本さんは排根線(はいこんせん)ってご存じですか。木を伐採して根っこだけ残しておくんです」

「知ってますが、いろいろ弊害が出ると聞きますけど」

残った根の周囲に水が溜まって過湿になったり、大型機械が入れず、土地が有効利用できないなどの理由で敬遠する農家が多い。そのことは幸治も承知していた。しかし幸治は、今の段階で裏山まで牧場を広げていくつもりはない。

「木を倒したあとの根っこは、やがて腐っていき、いい肥料になるはずです」

「それって十年も二十年も先ですよね」

「もちろんです。それくらい先まで考えてゆっくり牧場を広げていくつもりですから」

森本は感服した。こうした事業を委託してくる経営者は、数年で結果を出さないと資金がショートするからと、早く結果を求めたがる。だが幸治はまだ道路もろくに整備されていないこんな僻地に牧場を作ると言い出し、自分をヨーロッパ視察旅行まで連れていった。いったいこの男の夢はどこまででっかいのだ。

森本が驚いたのはそれだけではなかった。

「森本さんから見て、この土地の一等地はどこになりますか」

「そりゃ、あそこでしょう。牧場全体が見渡せますし、いい風も吹きます」

森本は小高い丘の上を指さした。

「でしたらあそこに別荘を建ててください。それこそマッターホルンで見たような山小屋風の。別荘の外は、そうですね、フランスで見たような石畳を敷いてください」

「別荘って、前田さん、牧場を作るんですよね」

森本の頭は激しく搔き乱された。美しい牧場を作ってほしいと依頼され、そのことだけを考えて海外の牧場を歩き回った。だが最初に別荘を作ってくれとは……これでは名誉欲が強い他の金持ちと同じではないか。

だがすぐに考え直した。本当に見栄だけで別荘を作りたければ、もっと人の目につきやすい国道沿いに土地を買うだろうし、設計士をわざわざ海外の牧場まで連れていかない。それくらいなら写真を見せれば足りる。幸治にはなにか目的があるはずだ。

「分かりました、やってみます」

そう言って森本はスケッチブックを開き、色鉛筆を走らせた。

本格的な設計に入る前に、イメージ画を描くのは森本がいつも顧客にやっていることだった。

森本の絵は、石畳が放射状に敷き詰められた山小屋風の別荘から、放牧地も厩舎もすべてが見渡せるよう描かれていた。馬たちも気持ちよさそうに山の空気を吸い、佇んでいる。

「これは素晴らしい、こんな牧場ができたら最高ですね。さっそくとりかかってください」

幸治はその絵から目が離せなかった。

 

 

※続きはぜひ本書をお手にとってお楽しみください。

7/6(水)19:00~紀伊國屋書店グランフロント大阪店にてトークイベントを開催!! 


※残席わずか!! イベント参加にはチケットのご購入が必要になります。7/5、7/6は紀伊國屋書店グランフロント大阪店までお問い合わせください。

本書の刊行を記念し、ノースヒルズ代表・前田幸治さんと、著者の本城雅人さん、そしてスペシャルゲストに福永祐一騎手をお迎えし、7月6日(水)にトークイベントを開催いたします(会場:グランフロント大阪北館(タワーB)10階
ナレッジキャピタルカンファレンスルーム タワーB Room B01+02)。プロの勝負師たちの見方、考え方に触れる時間は、競馬ファンのみならず、多くの人にとって貴重な体験となること請け合いです。ぜひ奮ってご参加ください!

 

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本城雅人

1965年、神奈川県生まれ。2009年『ノーバディノウズ』が松本清張賞候補となり作家デビュー。17年『ミッドナイト・ジャーナル』で吉川英治文学新人賞を受賞。18年『傍流の記者』が直木賞候補になり話題となった。近著に『あかり野牧場』『オールドタイムズ』。

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