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山はおそろしい

2022.07.24 公開 ポスト

「せっかくここまで来たんだから」その言葉が遭難を招く春日太一(映画史・時代劇研究家)/羽根田治(山岳ライター)

山のさまざまな危険に警鐘を鳴らす『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(羽根田 治著、幻冬舎新書)が発売2週間で重版となり好調だ。

6月某日、渋谷・大盛堂書店にて、本書刊行を記念して羽根田 治氏と、羽根田氏のファンを公言する映画史・時代劇研究家の春日太一氏によるトークイベントが開催された。

大盛り上がりとなった対談をご紹介する全3回の1回目。山でも人生でも「せっかくここまで来たんだから」は危ない言葉であるようだ――。

*   *   *

羽根田治氏(向かって右)と春日太一氏(写真:幻冬舎plus編集部)

まさに「山岳ホラードキュメント」な一冊

春日 春日太一と申します。山に登ることは全くないのですが、羽根田さんの本がとにく大好きで、新刊が出る度にこうしてイベントをさせていただき、お話をうかがってきました。羽根田さんといろいろお話しさせていただくのはとても久しぶりになります。
今回、羽根田さんの最新刊『山はおそろしい』が発売になりまして、「面白かった」という表現を使っては不謹慎かもしれないのですが、それでもやはり「面白かった」と言わせてください。

羽根田 ありがとうございます。

春日 まさに本の帯に書いてあるとおりの「山岳ホラードキュメント」でした。
羽根田さんの本を構成しているのは、実は「山岳」と「ホラー」と「ドキュメント」という、三要素だと思うんですよね。
山好きな人が山岳の本として読んでも面白い。ノンフィクション好きな人がノンフィクション本として読んでも面白い。それからホラー好きな人が、ちょっと怖い本として読んでも面白い、その三つ。

「山岳ホラードキュメント」は、実は山岳ホラーであり、山岳ドキュメントであり、ホラードキュメントでもあるという、それぞれの組み合わせもあって。この言葉はすごく、うまいこと付けたなと思いました。

羽根田 自分はホラーを書いているつもりは全然ないですけれども(笑)。

春日 でもやっぱり怖いですよ。タイトルも「おそろしい」で、章立ても「○○が怖い」で統一されていますが、それが大げさではないですから。ホラー性がありました。

山でも人生でも危険な「せっかくここまで来たんだから」

春日 羽根田さんとのイベントのたびに言っている気がするのですが、羽根田さんが書く遭難の話を、国語や道徳の教科書に入れたらいいと思うんです。昔、新田次郎のエッセイが載っていたように。
学校で遠足や登山に行く前に読む。あるいは子供の頃から頭にその危険性を植つけておく。そういう教育教材にすることで、遭難事故はかなり減らせるのではないかと。すごく大事な教訓が詰まっていますから

とくに最近はなまじYouTubeなどで登山動画がたくさん上がっているので、シミュレートが中途半端にできてしまう。
簡単に行けると錯覚するかもしれないし、あるいは高度感がかえってわからなくなるように思います。

「高さ300メートル」って言われてもピンとこないですが、実は東京タワーの上から下までぐらいじゃないですか。ところがカメラの映像だと、そこまでの高低差に感じられない

羽根田 ああ、そういうのはあるかもしれませんね。
最近Facebookで見かけた事例で、中高年世代の女性で登山記録を投稿している方がいて、登山のレベルは中級者ぐらいの印象でした。
その方が北アルプスの西穂高岳に行こうとして、西穂山荘にテントを張って、そこから山頂まで往復する計画だったのに、独標までしか行けず、山頂には行けなかった、と書いていたんです。
「天気はよかった」とも書いてあったので、なんでだろうと思って読んでいくと、「自分は岩稜(がんりょう)に行くと恐怖心が湧いてしまって、もうこれ以上は無理だと感じて、引き返しました」とありました。

山の経験が豊富でも得手不得手、また技術的なもので、登頂できないこともある。
彼女の投稿には「無理せず、もうちょっと岩稜歩きに慣れてからまた来ます」と書いてありましたけれど、そういうことも大事だと思いましたね。

春日 そうですね。『山はおそろしい』にも、西穂の独標(どっぴょう)で上のほうから男性が落ちてきて女性が巻き添えになる事例が登場しましたね。
あとでわかることですが、実は落ちてきた彼はあまり山に慣れていない人間で、独標に登る直前には相当逡巡していた。それでも登ってしまった。今おっしゃった、引き返した女性との違いはそこですよね。

羽根田 はい、そうですね。西穂の途中にある独立標高点、いわゆる独標は岩山ですが、危ないのは独標部分の登り下りだけなんです。そこまでは初心者でも比較的問題なく行ける。ところが最後の岩山の登りが、特に冬だとスリップしやすくなります
でも「とりあえず独標までは」と思って、みんな行ってしまうんですね。ここまで来たんだから、とりあえず、あそこまでは行きたいというのがある。

向かって右側の山頂が西穂独標。

春日 「ここまで来たんだから」は、羽根田さんの本に通底する一つのキーワードですよね。これは絶対に思ってはいけない言葉というか、「ここまで来たんだから」は危険なワードです。

羽根田 休みを取って遠方から来ている人もいるでしょうから、時間的なこと、金銭的なことが頭に浮かぶと「せっかく」になりますよね。「せっかくここまで来たんだから」。

春日 これは山に限らず、普段の生活そのものに言えることじゃないかな。
仕事でも「せっかくここまでやってきたのに」はだいたいダメじゃないですか。せっかくここまでやってきたんだから、最後までやってみよう、みたいな。賭け事や投資で損切りできない場合も同じですよね。

羽根田 書いているときもそうですね。読み直してみると、どうもしっくりこない、書き直したほうが絶対いいよなと思っても「せっかくここまで書いたんだから」(笑)。

春日 そうなんですよね。皆さんのお仕事やプライベートでもあるかもしれませんが、「せっかくここまできたんだから」ってなる時点は、実は引き返す上で最後のタイミングなのかもしれないですよね。

羽根田 そうですね。山の場合はそれが生死を分けることもありますからね

何が危険であるかを知っておく

春日 羽根田さんの本から得た教訓はほかにもあります。
僕は昨年『時代劇聖地巡礼』(ミシマ社)という本を出しまして、時代劇のロケ地を巡る本なのですが、今度第2巻を出すことになって、いま取材しているんです。


今回は時代劇の撮影に使われた田んぼや河原、山の中とか峠道、そういうところに行っているんですよ。
そのときに、かなり羽根田さんの本を参考にさせていただいています。

例えば「余裕のある行程にする」。やっぱり一番大事なのはそこですよね。時間と体力に配慮して、食事時間、休憩時間をきちんと計画に入れる。
あとは「早い時間に取材を始めて、早めに帰る」。野面で夜になってしまうと大変なので。取材するあたりは里山ですが、それでも遭難にけっこう気を付けている。
それから「写真撮影は安全第一に」。崖や険しい山には行かないようにする。時代劇の撮影ってそういうロケ地が多いのですが、そこには行かない。
『山はおそろしい』に出てきた、山岳ガイドの菊地敏之さんの言葉がすごく重要な考え方でした。

結局のところ「危険」が最も危険なのは、その危険を察知できないことにある。問題なのは、なにが危険なのかわからない、危険をシミュレーションできない、危険なことを危険なことだと考えられない、ということなのだ。

菊地敏之『最新クライミング技術』(東京新聞出版局刊)

何が危険であるかということを知る、ということですよね。

羽根田 はい、そうです。この言葉はまさしくそのとおりだなと思って、自分が書いた本では再三紹介しています。
これを覚えておくかどうかで、リスクの高低が違ってくるという気がしますね。
あらかじめどういう危険があるかを知っておけば、それなりに準備もできるし、心構えもしておけるので、それがあるとないとでは全然違うと思います。

(写真:幻冬舎plus編集部)

どこにでもいてヤバいヘビ、マムシとヤマカガシ

春日 『山はおそろしい』に出てきた、秩父の四重遭難の話でも、テレビ局のスタッフの人たちが、いい画(映像)を撮りたいという思いで最終的に登っていってしまう。その気持ちはわからないでもないんです。
ロケ地に実際に行ってみると、斜面とか危ないところもあるわけですが、「本のためにいい画(写真)が撮りたい、あそこに登ってみようか」と思ってしまうときがあるんです。
でも僕は、羽根田さんの本を読んでいるおかげですぐに「ダメだ、いい画よりも命が大事だ」と気付くことができる。

そんなふうに安全第一で慎重に取材しましたが、取材先の河原で草がぼうぼうと生い茂っていまして、けっこう虫に刺されたんですよ。
虫の怖さに関しては、ちょっと油断していました。

羽根田 そういうところだったら、ヘビの危険もありますしね。

春日 いました。ヘビ、いましたよ。

羽根田 マムシとヤマカガシ。この2種類は国内ではちょっとヤバい毒ヘビなので、気を付けてください。どこにでもいるので。

春日 そうですね。沖縄だと「ハブ注意」の注意書きを見かけますが、本州の里山ではめったにないじゃないですか。それで完全に油断していました。
次の取材では多少の装備をしておこうと、頭の片隅には入れておこうと思います。

羽根田 この本には書けなかったんですけれども、マムシにかまれると完治しないみたいなんですね
例えば自分が取材した中で聞いた事例では、指をかまれて、毒が回って壊死(えし)しちゃって、神経がやられたのか、それで指が曲がったまま伸ばせなくなったとか。
だから毒ヘビにもぜひ注意していただきたいなと思いますね。

(構成:幻冬舎plus編集部)

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ちょっとした知識で生還率が大幅に上がる!『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』好評発売中

関連書籍

羽根田治『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』

クマ襲来、落雷直撃、救助直前にヘリが墜落、他人の巻き添えで崖から滑落……。山ならではの危険から生還する術を体験者の証言とともに解説。山に繰り出す前に必ず読むべし。

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山はおそろしい

2022年5月25日発売の『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(羽根田 治・著)の最新情報をお知らせします。

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春日太一 映画史・時代劇研究家

1977年、東京都生まれ。日本大学大学院博士後期課程修了。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『時代劇は死なず! 完全版 京都太秦の「職人」たち』(河出文庫)、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文春文庫)、『すべての道は役者に通ず』(小学館)、『忠臣蔵入門 映像で読み解く物語の魅力』(角川新書)など多数。

羽根田治 山岳ライター

1961年、埼玉県生まれ。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術にまつわる取材を重ね、雑誌「山と溪谷」「岳人」や書籍で発表する一方、沖縄、自然、人物をテーマに執筆活動を続ける。『人を襲うクマ』『野外毒本』『ドキュメント 生還』(いずれもヤマケイ文庫)、『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』(山と溪谷社)など著書多数。小学生のときから登山を始め、現在はピークハントやハイキング、テレマークスキーを楽しんでいる。

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