気の向くまま、日本中を旅している宮田珠己さんが「本当にイイ!」と思ったスポットを、47都道府県別に紹介している『ニッポン47都道府県 正直観光案内』。文庫化記念で試し読み。お次は富山県!
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富山県
北陸新幹線が開業し、東京方面からのアクセスが便利になった富山県ですが、地元民はあんまり喜んでいないと聞きます。観光客がみな金沢に行ってしまい、富山県は素通りされるというのです。そういうものでしょうか。これまでも上空をスルーされていたけど見えなかっただけではないでしょうか。
まあ細かい事情はよく知りませんが、ただこれだけは言っていいと思います。
富山県が悲観する必要はまったくないと。
たしかに太平洋側に住む人間から見れば、富山県は金沢の陰に埋もれて目立たない存在かもしれません。仮に石川県の隣が新潟県であっても、日々の暮らしにとくに支障はないでしょう。
しかし観光についていえば、実は日本屈指の実力を誇るのが富山県なのです。その底力は金沢を凌駕するといっても過言ではありません。富山県の観光をひとことで言い表すとすれば、それは「スペクタクル」です。
今さら? いやいや今こそ 黒部ダム
長野県から北アルプスを横断する立山黒部アルペンルート。その核心部はほぼ富山県にあります。トロリーバス、ロープウェイ、ケーブルカーを乗り継いで巨大な山脈を越えるというのは、なかなか味わえるものではありません。途中には日本最大級の黒部ダムがあり、落差日本一の称名滝(しょうみょうだき)や、春には室堂平(むろどうだいら)に高さ十数メートルにもなる雪の壁に挟まれた道路が開通し、それはそれは……、え、何です? そんなの誰でも知ってる? 滝なんてどこも似たようなもんだし、黒部ダムはテレビで何度も見た……ああ、そうですか。
一生もののトロッコ体験! 立山カルデラ砂防博物館
では、とっておきのスポットを紹介しましょう。それは白岩砂防堰堤(しらいわさぼうえんてい)。
安政五(一八五八)年の大地震により、立山連峰の鳶山(とんびやま)が崩壊。カルデラ内に土砂が溜まり、もし大雨が降って決壊すると下流域に甚大な被害を及ぼすので、これを防ぐために多くの砂防ダムが建設されました。なかでもとくに圧巻なのが昭和十四(一九三九)年に完成した白岩砂防堰堤。八つの堰堤が落差百八メートルにわたって巨大階段上に連なっています。
え、なんですか? それはダムマニア向けのスポットだろって?
ちがいます。この堰堤は、重要文化財に指定されているのです。砂防ダムが文化財。珍しい話ではないでしょうか。見た目も他に類のないえぐさです。見て損はないと思います。
ま、いいでしょう。もっと誰でも楽しめるものを出しましょう。
それは立山砂防工事専用軌道。
いや、だからマニアじゃないってば。
これはつまりトロッコです。
全国にはトロッコと名のつく観光列車がたくさんありますが、ほとんどは単に窓を外した列車にすぎません。トロッコとはそもそも狭い軌道を小さな箱みたいな乗り物に乗ってチマチマ進んでいくところに興奮があるのであって、電車みたいにでっかいものをトロッコと呼んでほしくありません(ちなみに黒部峡谷鉄道のトロッコ列車は本物ですが、立山砂防工事専用軌道とは別ものです)。
まれに復元した本物のトロッコに乗せてくれる観光鉱山もありますが、たいてい短い。他県で今は廃坑になった鉱山の復元トロッコに乗ったら、ほんの二百メートルほど走って終わりでした。これでは遊園地の子ども用アトラクションと変わりません。ああ、そうなのです。われわれは何度トロッコに裏切られてきたことでしょう。こんなにも乗りたいのに、日本で真に充実したトロッコ体験ができる場所はほとんどないに等しいのです。
が! 立山砂防工事専用軌道はちがいます。観光用ではない現役のトロッコであり、途中三十八ものスイッチバックを経由して乗車時間は一時間四十五分。そんなに長く乗っていられるトロッコが他にあるでしょうか。夢のようです。みんなが待ってた真のトロッコがここにある。
ただ、白岩砂防堰堤を見るにも、トロッコに乗るにも、立山カルデラ砂防博物館が主催する体験学習会に応募しなければなりません。トロッコの人気は高く、抽選の倍率は最大で五倍以上とも言われています。しかも抽選に当たっても三割ぐらいは天候などの要因で実施されないというツンデレぶり。
それだけに、もし乗ることができれば一生の思い出になるでしょう。これのためだけでも富山県にいく価値があるというものです。
さて、こうして見てくると富山「スペクタクル」の中心は土木だということがわかってきます。富山観光=土木観光といってもいい。
入善町には、下山芸術の森発電所美術館といって、水力発電所をそのままアートスペースにしたかっこいい美術館もあります。
さらに富山駅からすぐのところから富岩水上ラインという遊覧船が出ていて、これに乗ると水のエレベーターが体験できます。正式には閘門(こうもん)といって、水位の異なる河川や運河の間で船を上下に移動させる仕掛けのことです。水位差は二・五メートルということで、たいしたことはありませんが、観光客が閘門を体験できるのは全国でも数えるほど。富山県はローカル鉄道も多く、思えば、立山黒部アルペンルートも変わった乗り物が目白押しでしたし、トロッコや水上ラインを合わせれば、乗り物天国と言えます。
最後にもうひとつ。富山県には土木のほかに、別のスペクタクルもちゃんと用意されています。それが三大奇観と呼ばれる魚津の蜃気楼、埋没林、滑川のホタルイカ。もうめんどくさいので詳しくは説明しませんが、蜃気楼、ホタルイカ、立山の雪の壁、どれも春の風物です。富山県を訪れるなら春がいい。肴はあぶったイカでいい。もちろん夏や秋も山が美しい季節。冬についてはよく知りません。
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この続きは幻冬舎文庫『ニッポン47都道府県 正直観光案内』をご覧ください。
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ニッポン47都道府県 正直観光案内
スペクタクルな富山県、果てしなく遠い和歌山県、大分県は大魔境、何かとやりすぎな徳島県、青森県はSFの世界、愛知県の可能性は無限大、埼玉県がダサいと言われる本当の理由とは? へんてこ旅を愛する著者が、知名度や評判に惑わされず本気で「イイ!」と思った観光スポットのみを厳選。かつてなく愉快な、妥協なき47都道府県観光案内。