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本屋の時間

2022.08.01 公開 ポスト

第139回

あなたのことを話してごらん辻山良雄

(撮影:齋藤陽道)

もともと雑談というものが苦手で、この歳になっても、ただ話をするために話すということができない。雑談はお互い話題を出し合いながら進めていくものだから、どちらかが黙っていれば、話はそこから先に進まなくなる。初対面の人が多いパーティー会場など、十分いただけですぐに帰りたくなってしまうため、なるべくそうした場所には近寄らないようにしていたところ、いつの間にか誘いまでもが来なくなってしまった。

 

この仕事をはじめたのも、あまり人と話さなくてもよさそうだからということが、どこか頭の片隅にはあったと思う。しかし何の因果か、そんなわたしでもたまには話す仕事の依頼がくることがある。嫌なら断わればよい話だろうが、これが面倒なことに、忘れられていなかったといううれしさや欲もあり、また断るだけの強い信念もないから、結果引き受けることになる。トークイベントやラジオはパーティー会場とは異なり、話す目的があるからまだ大丈夫なのだ。

この春刊行された『話すことを話す』(キム・ハナ著、清水知佐子訳、CCCメディアハウス)というエッセイ集があり、わたしはこの本のことが好きだ。挨拶もろくにできない内気だった子どもが、そのコンプレックスだった声を褒められ、また意識して話し方の技術も学んでいくうち、話すことが仕事のひとつにまでなっていくというストーリー。表紙には、センターマイクを前に静かに目を閉じ、何か決心したかのように語りはじめる女性のイラストが描かれていた。

わたしは自分の店でこの本を見かけるたび、そこから人知れず小さな勇気をもらっている。誰だって人前で話すことができるのだ、と。

望むと望まざるとに関わらず、誰でも自分の人生を生きていれば、気がつけばどこかのステージの上、センターマイクの前に立たされる時がやってくる。

その時、センターマイクはあなたに語りかけるだろう。

さぁ、あなたのことを話してごらんよ。

あなたにはスポットライトが当てられ、聴衆は固唾をのんであなたの声が発せられる瞬間を待っている。

そのときあなたは、そしてわたしは、勇気を出して語りはじめなければならないのだ……。

現在は休止しているが、かつて店では、著者を招いたトークイベントをよく行っていた。小説家や哲学者、料理研究家に絵本作家、漫画家、詩人など登壇する人も多種多様。そうした時間では、立て板に水のごとく自信たっぷりに話す人、小さな声でゆっくり訥々と話す人など、様々な〈話し方〉を見てきたように思う。

中にははじめて人前で話すという人もいて、彼や彼女たちからは「本当にわたしで大丈夫でしょうか」と、よく不安そうに聞かれたものだ。

大丈夫ですよ。こうした場所ではその人となりが伝われば、それが正解だと思います。

多少言葉に詰まっても、少々声が聞きとりづらくても、トークの最中その人のほんとうに触れたと思える瞬間があったなら、聞いた人はそのことをずっと後まで覚えているものだ。上手く話せるにこしたことはないが、その時その場所に、他でもないその人がいたということが、トークにおいては決定的に重要なのである。

もう五年も前の話になるが、鈴木翁二、加藤典洋、福間健二という三人のトークイベントをTitleで行ったことがあった。鈴木さんはかつて『ガロ』で活躍した、今は「伝説」とも呼ばれている漫画家。壇上ではぶっきらぼうに、ただ話したいことを話すといった様子に見えたが、そんな彼の個性に触発されたのか、今は亡き加藤さんが鈴木翁二の詩情について、文芸評論家らしい鋭利な言葉で、身を乗り出すように語っておられたのが印象に残っている。三人でのトークの後、鈴木さんは30名ほどいた客の前でギターを弾き、何曲か歌ったのだが、上手い下手というよりは、自らの存在そのものをぶつけてくるような歌であった。鈴木翁二はその時、確かにこの場所にいたのである。

 

わたしの語るべきことは何だろう? いまでもマイクを前にすると緊張して、その場からは逃げ出したくなる。ここから先の時間は自分の存在を賭け、光が当たる場所に立たなければならない。

うまくいったと満足することもあれば、後から後悔するときもある。しかしありがたくも求められるのであれば、マイクの前に立ちわたしのほんとうを語ろう。たとえみっともなくても、言葉に詰まっても……。

 

※「本屋の時間」は夏休みにつき1回休みます。次回は9月1日の更新予定です。

 

今回のおすすめ本

いぬ』ショーン・タン 岸本佐知子訳 河出書房新社

どれだけ時が流れてもわたしたちはまた一緒になる。そして何ごともなかったかのように、同じ方向を見て歩きはじめるのだ。

犬と人間とのあいだに通い合う感情を、その距離だけで語った納得の絵本。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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