2022年7月21日に発売された『終止符のない人生』(著:反田恭平)。「ピアノの椅子の上で胡座をかいている写真、反田さんらしさが出てる」「手の写真のアイデアは誰が出したの?」「会場限定版のカバーがあるらしい」など、その装丁は度々読者の間で話題となっている。
今回、装丁デザインを担当したトサカデザイン 戸倉巌氏(@iwaoTOKURA)と、写真家 上野裕二氏(@yujiueno00)、そして担当編集者である木内旭洋(@kiuchidesu)が、装丁の裏側を語った。
共通項は“感性”
木内:戸倉さんとは僕の先輩の箕輪厚介さんの担当する本でやりとりする機会があり、制作過程からアウトプットまでとても信頼していたので、デザインは絶対戸倉さんにお願いしようと決めていました。その後、カメラマンさんは誰にするか話し合いましたよね。
戸倉巌さん(以下、戸倉):そうですね。僕が挙げた候補が2人いて、木内さんからの候補が1人いて。皆さん個性が違うので、最後まで悩みましたよね。
木内:最終的には、戸倉さんが信頼している上野さんにお任せしようとなりました。
戸倉:彼ならどんな場所でも綺麗に撮ってくれるという安心感があったので、依頼させていただきました。
それに、僕は上野さんの感性が大好きで。僕がデザインしやすい画を撮ってくれるので、相性が良いなと思っています。
上野裕二さん(以下、上野):相性が良いというのは同感です。戸倉さんには、基本的には好きにやっちゃって! と任せていただけるので嬉しいです。
だからこそ、期待に応えるために毎回好きに撮る。それを見て「おお! やっぱり、いいっすね!」と言ってくれて、実際にデザインが上がってきたら、今度は僕が「やっぱりいいな」となるんですよ。とにかく信頼してます。デザインはもちろん、僕が勝手なことをしても戸倉さんなら許してくれるって(笑)。
木内:いい関係性ですよね。
上野:以前、戸倉さんが他のカメラマンから「素材を生かす和食的なデザインだ」と言われていて、まさにそうだなと思って。
戸倉:言われましたね、和食料理人って。だから素材がよくないと困っちゃうんですよね。カメラマン選びと言ったら失礼ですが、誰に頼むかは毎回すごく重視していますね。
コンサート本番前の反田恭平を撮る
木内:撮影は、その日反田さんがコンサートを行うサントリーホールで実施しました。リハーサル前の1時間を使わせていただきましたよね。
上野さんは撮影前、どのようなイメージの写真を撮ろうと考えていましたか?
上野:事前にピアニストの宣材写真をいろいろ見たんですよ。けれど、イメージせずに臨んだ方が絶対面白い絵が撮れると思って、途中でやめました。反田さん自身のことも、サントリーホールのことも詳しく知らなかったので、だったら真っ新な状態でいこうと。
ただ、“明るすぎず、しっとりとした感じ”というトーンだけは決めました。
木内:当日、会場入りして反田さんを待つ間にイメージは湧いてきましたか?
上野:そうですね。会場限定版の表紙の客席に座る画は、最初に撮りたいなと思いました。通常版の表紙の方は、最終的に見つけたんですよね。」
木内:最後の最後に反田さんが急に「1枚いいですか?」って言って、ピアノの椅子の上で胡座をかいたんですよね。「これやってみたかったんだよね」って笑いながら。
上野:すごく彼の雰囲気に合ってるなと思いました。まさに“革命家”だなと。
木内:反田さんのイメージは撮影前後で変わりましたか?
上野:昔やんちゃだったってエピソードを聞いたので、ちょっと怖い人かなと思ってたんです。それに、本番前だからピリピリしているかもしれないなと。どこまで僕のやりたいように撮らせてもらえるのか、正直不安でした。
けれど、「僕、ライカを持ってるんですよね」と話しかけてくれて。写真を撮るのも撮られるのも好きだということで、ぐっと距離が縮んだというか。気さくな人だなと思いました。
木内:撮影が進むにつれて、上野さんが恍惚としていくのが印象的でした。どんどん没入していて、隣で見ていてかっこいいなと思いました。
上野:反田さんは力の抜き方がうまいんです。例えば会場限定版の表紙の写真は、「手をちょっと前に置いてください」と言っただけで、自然な感じで垂らしてくれて。さらに何も言わずとも、カメラ目線と目線外しの両パターンをしてくれて、おおお、それそれ! となりました。
木内:戸倉さんは反田さんに実際会って、イメージは変わりましたか?
戸倉:やはりアーティストというのもあり、失礼がないよう最初は構えていました。けれど、お会いした瞬間、この人はいわゆるアーティストのイメージと違うなと思ったんですよね。裏の通路からふらふらっと歩いてきて、それがすごく素っぽくて。
それは木内さんのおかげもありますよね。古くからの友人だからこそ、反田さんも安心して現場に来れたんじゃないかなって。だから僕も安心したというか、緊張せずに臨めたのはありがたかったです。
木内:戸倉さんの中で、上野さんにこういう写真を撮ってほしいというイメージはあったんですか?
戸倉:まるっきりないですよ。お任せです。当日、この場所はどうかなと一緒に考えることはしますが、やはり最終的にはカメラマンの力に頼るしかないんですよね。
その点、上野さんはちゃんと撮れる力があるので、安心してお任せできました。
木内:撮れる力があるというのは、どういったときに感じたんですか?
戸倉:最初にお会いしたときにポートフォリオを見せてもらったんですが、かなり細かく質問したんですよね。
これはどんな条件で撮っているのか、撮影時間はどれくらいか……など。
実力って、写真を見るだけじゃわからないと思っていて。もしかしたら師匠のもとで撮影したのかもしれないし、現場のディレクションは別の人がやっていたのかもしれない。あるいは、場所や被写体や自分のコンディションなどさまざまな条件が良くて撮れたものかもしれない。
けれど、上野さんの写真を1000枚くらい見て、詳しく質問した上で、彼はどんな条件でも自分でアングルを見つけて1枚の画にする力があると確信したんです。
木内:なるほど。
戸倉:サントリーホールは僕も初めてだったんですが、厳かな雰囲気でいいなと感じました。ただ、場所の良さに飲み込まれてしまうのはもったいないと。いかにもクラシックな写真だと、ハズレではないけど当たりでもないなと思っていました。
そこは気にしていたんですが、上野さんの試し撮りを見て、杞憂だったなと。
それに、反田さんが来てすぐにピアノを弾き始めたんですが、上野さんも既に撮っていて。もう大丈夫だなって思いました。中には指示待ちの方もいるんですが、「来た、弾いてる、撮るしかない」と撮影し始めたのはさすがでしたね。
木内:確かに「今から撮影を始めます!」と言わずとも開始してましたよね。
サントリーホールで撮影した翌々日には、ピアノのショールームでも撮影しましたよね。もともとその日は宣材写真を撮る予定だったので、それをメインにしつつ、もしカバーに使えるものが撮れたらという感じで。
上野:すごく良い雰囲気で撮れましたよね。
木内:上野さんは二日間の撮影で何枚ぐらい撮ってたんですか? 撮影時間は2時間くらいだったと思いますが。
上野:何枚だったかな……。
戸倉:2000枚ぐらいですね。
木内:すごい多い!
上野:選ぶのが大変でしたよね、すみません。
戸倉:吟味できるので、助かりました。枚数が少ないと、その中でベストな1枚を選ぶんですが、上野さんの場合は、ベストなものの中からさらにベストなものを選べるので、ありがたいですよ。
木内:カバーに使用した写真以外で、印象に残っているものはありますか?
上野:立ってピアノを弾いている写真ですね。本番中に撮った、指揮をしている写真も印象深かったです。
通常版と限定版、それぞれに込めた意図
木内:今回カバーを通常版と会場限定版の2種類作ったんですが、どう差別化しようと考えていましたか?
戸倉:演奏家と指揮者という分け方もありかなと思ったんですよ。指揮者バージョンの写真も本当にいいものがたくさんあったので。
ただ、木内さんの「胡座をかいているのが、一番反田くんの特徴が出るかもしれない」という言葉を聞いて、確かにそうだなと。
演奏家でも指揮者でもない、反田恭平を体現する写真を通常版の表紙にしようと思いました。
裏表紙は、ファンに喜んでもらえる画にしたいと思いました。本番中の写真は、普遍的に好まれるものなんですよね。音楽であれば演奏中、スポーツであれば競技中の写真です。
ただ、普遍的に好まれるとはいえ、「良いよね」じゃなくて、「やっぱり反田さん良いよね」と思ってもらえる写真を選びました。そこは写真の力を信じましたね。
木内:僕もこの写真、すごく好きです。
戸倉:限定版の裏表紙は、2つパターンを出してたんですよね。楽屋で水を飲んでいる写真と、コンサート中に指揮をしている写真です。
木内:僕は楽屋の方が良いって言ったんですよね。限定版は会場に足を運ぶ方に手に取ってもらうものなので、客席に座った写真は親近感を覚えてもらいたいなと思っていたのと、舞台裏の様子は絶対反田くんのことが好きな人は喜ぶなと。
また、来年も会場限定版のカバーを変えて、会場に来たときの楽しみを増やせたら良いなと思っています。
印刷できなかった、ショパンコンクールの楽譜
木内:カバー下の話もちょっとしておきたくて。実は、もともとショパンコンクールの楽譜を使う予定だったんですよね。反田さんが実際に使っていた楽譜を印刷したいなと思って。
けれど、楽譜の版元の許可を取る過程で、ポーランドの出版社に連絡をしたんですけど、返信がなくて。ギリギリまで待っていたんですが、もうこれは違うデザインでいくしかないと、締め切り1時間前くらいに戸倉さんに電話したんです。許可が取れなかったので、もう真っ黒か真っ白でいこうと思います、と。
戸倉:けれど、僕は単色にするのはもったいないなと思ったんです。ベストな写真はいっぱいあるから、その中のどれかを使おうと。改めて写真を見返して、通常版の裏表紙に使った手の写真が一番しっくりくるなと思って、それを使うことにしました。
木内:本当にありがとうございます。ちなみに、未だにポーランドの出版社から連絡は返ってきてないです(笑)。でも、いずれどこかで使いたいなと思ってます。
「反田恭平」という個が匂い立つ装丁
木内:おかげさまで、『終止符のない人生』は5万部の発行となりました。(2022年8月現在)装丁の力もすごく大きいなと感じています。本当にありがとうございます。
戸倉:Amazonでタイトルも書影も出ていないのにベストセラーだったので(※)、変に売るためのデザインにしなくていいなと思ったんですよね。
※Amazonで予約開始した当初は、書影とタイトルが仮の状態だった
デザインは大きく分けて二つあると思っていて。一つは、本の方から見てほしいと主張するパターン。もう一つは、読者から本を見に行くパターンです。反田さんの本は、後者でいいと思ったんですね。「反田の本だよ、買ってよ」と本がアピールする必要はないなと。
だから、綺麗な写真で、タイトルもスッと読めて、著者名もローマ字を入れて誤読しないようにしました。特に著者名の部分は、反田さんを知らない人が見て「ハンダ」と読んでしまう人もいると思うので、ローマ字のデザインは大きめに組みました。
胡座をかいているポーズも話題を呼ぶだろうし、デザインで売らなきゃいけないとは思わなかったので、変に肩の力を入れずに済みましたね。
木内:タイトルと著者名のフォントは、2パターン出していただきましたよね。
戸倉:明朝体とゴシック体で出しましたね。反田さんは革新的なので、ゴシックで今時感を出すのも良いなと思ったんですが、木内さんは明朝体で行きましょうと即断でしたよね。
それは多分、既存のクラシックのイメージから離れる必要がないと判断したんじゃないかなと。
木内:絶対に明朝体の方だなって思いました。後から聞いたら、楽譜の文字は明朝体らしくて。後付けにはなるんですが、音楽と親和性もあるので、明朝体でよかったなって。
戸倉:僕もよかったと思います。クラシックのイメージを飛び越えるのは、反田さん自身であって、書籍が先導してやることでもないなと。
木内:上野さんは改めて装丁を見て、いかがですか?
上野:表紙の胡座をかいている写真を撮ろうとなったのは、反田さんが言ったからであって、僕の力じゃないんですよね。ただ、「胡座をかいた写真を撮ってもらいたい」という気持ちになってもらえるような雰囲気を作れたのかなとは思います。
けれど、それも反田さんのおかげだなと。
反田さんは常に自然体なんですよね。撮影に遅れてくるところも、いきなり弾き始めちゃうところも、笑いながら胡座をかくところも。全部が淀みなく、流れるように進んでいた。音楽みたいに。
そんな彼の雰囲気が伝播して、僕も自然体でいれたので、最終的にこの1枚が撮影できたんだと思います。
木内:デザインも写真も、反田恭平という人間の“素”を際立たせているからこそ、多くの人が手に取りたくなる装丁になったのだなと思いました。
先ほども言ったように、会場限定版の表紙は今後新しくしていきたいと思ってますし、近々、反田くんのことが好きな方には喜んでもらえる出来事があるのでこれからも楽しみにしていてもらえると嬉しいです。
取材・文=篠原舞(@mai_shinohara6)
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