幼稚園にも保育園にも通っていない子ども、「無園児」。国の2018年度の推計によると、3~5歳の「無園児」は全国に9.5万人いるとされています。虐待、貧困、発達障害などの問題があってもその実態が表面化しづらい「無園児」家庭。全国4万人を対象とした研究成果と、無園児の家庭や支援団体への取材がまとめられた新書『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』より、一部を抜粋してご紹介します。
低所得世帯はほぼ無料で利用できる認可施設。しかし…
認可施設の保育料は世帯年収に応じて決まるため、低所得世帯はほぼ無料で利用できます。表1-3は国が定めた利用者負担の上限額ですが、一号認定も、二号認定も、生活保護世帯や住民税非課税のひとり親世帯の保育料は無料になっています。しかも、自治体の多くは、公費を上乗せし、保育料を上限額よりもかなり低く設定しています。
それなのに、低所得世帯の子どもが無園児になりやすいのはなぜでしょうか? おそらく、単純にお金の問題ではないのでしょう。まず、母親が就労しておらず、近くに公立幼稚園がないということが考えられます。幼稚園は私立が多く、2018年時点で全園児数の8割を占めるため、地域によっては公立幼稚園が選択肢にない場合があります。
なぜ近くに公立幼稚園がないと、無園児になりやすいと考えられるのでしょうか。
少し複雑なのですが、私立幼稚園の中には新制度に移行せずに、従来からの私学助成を受けて運営にあたっている園があります。
内閣府によれば、2018年4月1日現在、私立幼稚園全体の58%が新制度に移行していません。この場合、園が独自に保育料を設定しています。文部科学省「平成28年度子供の学習費調査」によれば、私立幼稚園の月額保育料(約4万円)は、公立幼稚園(約2万円)の約2倍です。月4万円の保育料というと、年収が400万円以下の家庭では家計の1割以上を占めるわけですから、支払うのは大変でしょう。
新制度に移行していない私立幼稚園を利用する家庭を対象に、所得に応じて保育料の一部を補助する「就園奨励費補助制度」があります。この制度を使えば、生活保護世帯や年収約270万円未満の世帯は、ほぼ無料で幼稚園に通わせることができます。しかし、この制度の利用には申請が必要ですし、補助金は「後払い」です。保育料を前もって支払うことが難しい家庭もあるでしょう。
また、保育料以外の費用が負担になっていることも考えられます。新制度に移行した園でも、自治体が決めた保育料の他に、通園バス代、給食費、教材費、行事費などを保護者から直接集めることが可能です。こうした費用は園によってばらつきがあり、年間10万円以上かかる園もあります。そこで、低所得世帯に対して、利用料以外の費用を補助する自治体もあります(*2)。
メンタルヘルス、発達障害、外国籍…お金以外の「入園できない」理由
さらに、親がメンタルヘルスの問題を抱え、入園手続きや通園ができないケースも考えられます。ここまで読んでいただいた方は気づいていると思いますが、幼児教育の制度はとても複雑です。制度の利用には申請が必要で、就労証明書など、複数の書類をそろえなければなりません。これは健康な親でも、大変骨の折れる作業です。メンタルヘルスの問題を抱えた親が、制度を知り、理解し、複雑な申請の手続きを行うことは困難でしょう。
子どもの多い世帯では年の離れた兄や姉が面倒を見ていて、両親が就園の必要性を感じていない可能性があります。これは、前述の通り、きょうだいの数が「3人以上」の家庭では、保育園や幼稚園を利用しない理由として、「必要がない」の割合が多くなっていたことに裏付けられます。また、新制度では、子どもが多い世帯に対して、第二子の保育料を半額に、第三子以降を無償としているものの、経済的負担から無園児になっている可能性もあります。
早産や先天性疾患により、経管栄養やたんの吸引などの医療的ケアが必要な子どもの場合は、看護師がいる保育園や障害児向け保育園が家の近くになければ就園することはできません。こうした状況が、前述の「早産だと『アクセス』を理由に保育園や幼稚園を利用できない」という回答に反映されていると考えられます。
早産や先天性疾患は、生後の発達の遅れにつながりやすいと言われているため、発達の遅れによって無園児になっている可能性もあります。また、自閉症スペクトラム障害(ASD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などの発達障害があると、入園を断られたり、途中で退園に追い込まれたりすることがあります。さらに、子どもの医療的ケアや発達の遅れが原因で、たとえ(主に)父親の所得が少なくても、(主に)母親は働きたくても働けず、低所得状態を余儀なくされている家庭もあると考えられます(*3)。
新制度に移行した幼稚園や保育園は、正当な理由がある場合を除き、入園を拒否できない「応諾義務」を負っています。しかし、実際には予算や保育士の不足により、自治体が「加配の先生」(障害児の支援のために追加で配置される先生)を確保できず、障害児を受け入れられないことがあるようです。また、新制度に移行していない私立幼稚園は、「建学の精神」に基づき幼児を選考するため、園の方針により障害児の入園を断ることがあります。
親(特に母親)が外国籍の場合は、親が言葉の壁により入園手続きをできないケースや、親の雇用が不安定で、保育園への入園で不利になるケースもあります。子どもに教育の機会を確保できないばかりか、親自身が地域社会や行政サービスとつながりを持てずに孤立し、ネグレクト(育児放棄)状態に陥ってしまう家庭もあります。
なお、浜松市が2017年に、外国籍の子どもの就園状況を調査しており、年長クラスの年齢の子どものうち11%が無園児であり、その7割で日本語の語彙力不足が認められました。また、親が通わせていない理由として、「お金が払えない」 、「何処に通わせていいか、どうやって申し込むのかわからない」 、「あずかってくれる人がいる」 、「空きがなかった」が挙げられていました(*4)。
このように無園児になる背景には、社会の中で最も声が小さい人たちが抱える問題が凝縮していると考えられます。また、単一の理由というよりも、低所得、多子、外国籍などの複数の不利が重なって、無園児になっていると考えられます。その中には、就園を望んでいるのに障壁によって入れない家庭もあれば、就園の必要性すら感じず、ネグレクトの一形態として無園児にさせている家庭もあるだろうと推察されます。
*2 田中智子、丸山啓史、森田洋編著『隠れ保育料を考える――子育ての社会化と保育の無償化のために』かもがわ出版・2018年
*3 周燕飛『貧困専業主婦』新潮選書・2019年
*4 浜松市『外国にルーツを持つ就学前の子どもと保護者の子育て支援に関わる調査報告書』2018年
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この続きはちくま新書『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』をご覧ください。
保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇
幼稚園にも保育園にも通っていない子ども、「無園児」。国の2018年度の推計によると、3~5歳の「無園児」は全国に9.5万人いるとされています。虐待、貧困、発達障害などの問題があってもその実態が表面化しづらい「無園児」家庭。全国4万人を対象とした研究成果と、無園児の家庭や支援団体への取材がまとめられた新書『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』より、一部を抜粋してご紹介します。