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保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇

2022.10.11 公開 ポスト

外国人の保育園受け入れ問題 「発達の遅れ」を理由に入園を断られたブラジル人の女の子可知悠子

幼稚園にも保育園にも通っていない子ども、「無園児」。国の2018年度の推計によると、3~5歳の「無園児」は全国に9.5万人いるとされています。虐待、貧困、発達障害などの問題があってもその実態が表面化しづらい「無園児」家庭。全国4万人を対象とした研究成果と、無園児の家庭や支援団体への取材がまとめられた新書『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』より、一部を抜粋してご紹介します。

発達の遅れを指摘され、保育園に入れなかったブラジル人の女の子

岐阜県に住むブラジル人のAさん(45歳・女性)は、娘のMちゃん(6歳)と3人の兄弟の5人で暮らしています。Mちゃんは「発達の遅れ」を指摘されて、年長クラスになるまで保育園に入ることができませんでした。幸いにも、最後の1年だけ保育園に入ることができましたが、「小学校生活に向けて準備をする機会が足りず心配だ」と感じています。日本での生活は長いものの、簡単な日本語しか話せないということで、通訳を通してお話を伺いました。

(写真:iStock.com/Hakase_)

AさんはMちゃんを3歳から保育園に入れようとA市に申し込んだものの、市役所から「空きがない」と言われました。しばらく待っていると、児童発達支援センターから、「発達に遅れがある可能性があるから、検査にきてほしい」と連絡がありました。以前、保健師に、「Mの言葉の習得が遅いのではないかと心配だ」と、伝えたからかもしれません。

そこで行ってみると、センターの職員から「Mさんには発達の遅れがあります。障害を持っている子どもが多く通うC保育園があって、そこなら空きはありますが、加配の先生をつける必要があります。でも、加配の先生をつける予算が今はないので保育園には入れません」と伝えられ、A市の児童発達支援事業所(障害のある未就学児向けの支援施設)につながることになりました。

センターでは、心理検査や知能検査を受けたわけではなく、発達の遅れについての具体的な説明がなかったため、「Mは本当に発達が遅れているのだろうか」と、Aさんは不安になりました。Mちゃんは日本語をある程度話せましたが、複雑な家庭事情から、人見知りが激しく、他人とすぐに打ち解けない子どもではありました。そういう心理的な問題を、発達の遅れと指摘されたのかもしれません。

(写真:iStock.com/LumineImages)

しばらくして、B市に多国籍の親子に対応できる児童発達支援事業所ができ、A市の市役所から「日本語が話せないと保育園には入れないから」と勧められ、そこにも通うことになりました。

Aさんは、その後も保育園の利用申請を続けました。市役所に行って、家から近いD保育園へ入りたいと伝えると、「D保育園は、空きがないから入れません。もしも保育園に入れることになったとしても、家から遠いC保育園になります。Aさんは車の運転ができませんから、送迎できる人を確保してください。送迎する人を確保できず、緊急連絡先も確実に保証できない場合は、あなたの娘さんの入園の順番を後回しにします」とはっきり伝えられました。

 

しかし、その6カ月後、Aさんよりも後にD保育園に申し込みをした友人(日本人)の子どもが、先にD保育園に入れることになりました。納得がいかず、市役所にその理由を問い合わせると、その友人には「夫と離婚予定」という家庭の事情があり、入園を優先したという説明が返ってきました。しかし、これまでの不信感の積み重ねにより、「外国人ということで差別を受けたのではないか」という疑いの気持ちを抱かずにはいられませんでした。

 

Mちゃんが年長になる年に、ついにD保育園に入れることになりました。しかし、園長先生からは、「Mさんは障害があるから、この園ではついていけないよ」と釘を刺され、同行した通訳にも、「もしかしたら、Mさんはここには合わないかもしれない。ブラジル人やフィリピン人が経営する託児所を探したほうがいいかもしれない」という助言を受けました。

そうした心配はあったものの、入園から半年ほど経った現在、Mちゃんは加配の先生をつけることもなく、問題なく生活できています。日本語がより上手くなり、ひらがなを書いたり、読んだりできるようにもなりました。担任の保育士は「お友達とは普通に話しているし、発達の遅れは特に感じませんよ。どうして児童発達支援事業所に通っているんですか?」と、不思議がっています。

Aさん自身もアルバイトでなんとか暮らす生活から、やっとフルタイムの仕事につくことができました。自動車部品の検査の仕事です。契約に期限のある仕事ですが、ほっとしています。

海外にルーツを持つ子どもの受け入れに必要な人員やノウハウが不足している

幼児期の1年は、人格を形成する上でとても大切な時期ですし、過ぎ去った時間は取り戻すことはできません。1年でも早く保育園に入れたかったというAさんの切実な想いには、共感できます。また、子育てをする上でお金は不可欠ですし、保育園に入れて安定的に収入を得たかったという気持ちも理解できます。

(写真:iStock.com/Inna Reznik)

一方、外国人として差別を受けたかどうかは、判断が難しいところです。Aさんの友人の子どもが先にD保育園への入園が決まったのは、A市の入園の優先順位においては妥当だったのかもしれません。また、Mちゃんが自治体職員の差別的な意識から、発達の遅れがあるとされたのか否かについても真実はわかりません。外国人の子どもの場合、日本語が上手く話せないだけなのか、発達障害の特性があるのか、わかりにくいからです。

ただし、B市の多国籍の親子に対応している児童発達支援事業者の話によると、外国人の子どもが発達の遅れがあるとして紹介され、日本語が話せるようになると、保育園に入園が決まる事例が少なからずあるそうです。Mちゃんも、保育園の担任から発達の遅れは感じないと言われていますし、就学時健診でも「発達の遅れはない」と言われ、小学校では通常学級に入ることになっているため、不十分な日本語が入園の障壁になった可能性はありえます。

 

保育園や幼稚園が外国人の子どもを受け入れるにあたり、言葉や文化の違いから職員が戸惑って、より多くの人手が必要になることがあります。さらに、日本の多くの園では、海外にルーツを持つ子どもの受け入れに必要な人員やノウハウが不足しています。Mちゃんが保育園に入れなかった背景には、保育園の受け入れ態勢の問題があるのかもしれません。

*   *   *

この続きはちくま新書『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』をご覧ください。

可知悠子『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』

目黒女児虐待死事件で、5歳の被害児は保育園にも幼稚園にも通っていなかった。このような「無園児」家庭に、虐待、貧困、発達障害などの問題があっても、その実態は表面化しづらい。日本全国に3歳から6歳児で9.5万人いると言われている無園児の実態と就園の障壁について、全国4万人を対象とした研究の成果と、無園児の家庭や支援団体への取材を紹介する。病児保育のNPO法人フローレンス代表、駒崎弘樹氏との「幼児教育義務化」についての対談も収録。

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保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇

幼稚園にも保育園にも通っていない子ども、「無園児」。国の2018年度の推計によると、3~5歳の「無園児」は全国に9.5万人いるとされています。虐待、貧困、発達障害などの問題があってもその実態が表面化しづらい「無園児」家庭。全国4万人を対象とした研究成果と、無園児の家庭や支援団体への取材がまとめられた新書『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』より、一部を抜粋してご紹介します。

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可知悠子

内閣官房こども家庭庁設立準備室勤務。博士(医学)、公認心理師。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。帝京大学、日本医科大学、北里大学医学部公衆衛生学単位・講師を経て、2022年から現職。専門は社会疫学。2018年武見奨励賞、2020年遠山椿吉記念健康予防医療賞「山田和江賞」受賞。共著に『子どもの貧困と食格差~お腹いっぱい食べさせたい』(大月書店)。毎日新聞医療プレミアで「“子ども食堂”の時代―親と子のSOS―」を連載中。

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