宇宙を今ある姿にしている4大定数の秘密を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説した『物理の4大定数 宇宙を支配するc,G,e,h』(幻冬舎新書)が発売となり、反響を呼んでいる。
発売記念のトークイベントで好評だった、最新の宇宙研究と映画『シン・ウルトラマン』の関係について小谷氏が記事化。
今回は前編をお送りする。
* * *
超巨大ブラック・ホールとシン・ウルトラマンとマルチバースと
幻冬舎より発売されました拙著『物理の4大定数』がただいま店頭に並んでおります。見かけたらどうぞ手にとってひらいてみてください。
『物理の4大定数』の発売記念として先日、オンライン講演を行ないました。物理定数と宇宙について解説しつつ、宇宙関連の(といえなくもない)話題をおしゃべりさせていただきました。お聞きいただいたかたにお礼申しあげます。(アーカイブは幻冬舎plusのストアページからご購入いただけます。)
講演の中で、超巨大ブラック・ホールとシン・ウルトラマンとマルチバースといういささかアクロバティックな三題噺をいたしたのですが、編集部の依頼があって、その話をかいつまんで文章としてここにお届けする次第です。
さてこの三つのサブジェクトはどうつながるのでしょうか。
超巨大ブラック・ホールM八七*
ではまず超巨大ブラック・ホールの話から始めましょう。
ブラック・ホールとは、重力が強過ぎて光さえも脱出できない天体です。
ブラック・ホールの周辺では、空間が伸びたり時間がゆっくりになったり、奇妙な現象がさまざま起きるとされていますが、そんなおかしなことを言われても、その様子を思い描くことすら困難です。(練習するとある程度できるようになります。)
そんな代物がはたして実在するのか、長らく議論が続いてきたのですが、最近の観測技術の凄まじい進歩によって、実在の証拠が宇宙にいくつも見つかっています。
強力な証拠の一つが、このドーナツのような画像です。「イベント・ホライズン・テレスコープ」という、地球上で最高の視力を持つ電波望遠鏡が、M87*(エム・はちじゅうなな・スター)という超巨大ブラック・ホールを撮像したものです。
M87*は太陽の約65億倍の質量を持ち、自転していると仮定すると「大きさ」は約200億kmで、これは冥王星軌道まで含めて太陽系をすっぽり飲み込むほど巨大です。
ただし、ブラック・ホールという「もの」は、地球や太陽などとちがい、物質からなる表面がありません。ブラック・ホールにここまで近づいたら光も引き返せなくなるという境界を、そのブラック・ホールの大きさとみなします。
この境界には「事象の地平(イベント・ホライズン)」という詩的な呼び名があります。
M87*は5500万光年もの遠方にあるため、これまでその姿はとても撮影できませんでした。M87*専用望遠鏡ともいえる超高性能のイベント・ホライズン・テレスコープを開発することによって、史上初めて1個の超巨大ブラック・ホールが撮像されたのです。
画像のドーナツ形は、M87*の近くを通ってくる光線(この場合は電波)が作るものです。ブラック・ホールの強い重力で曲げられた光線を観測すると、ドーナツ状に見えるのです。
このドーナツの穴の暗い部分がブラック・ホールの「表面」すなわちイベント・ホライズンです。
こうしてついに人類は超巨大ブラック・ホールの姿を目の当たりにしたのです。
銀河からジェット噴射!
M87*という超巨大ブラック・ホールは、M87(エム・はちじゅうなな)という銀河の中心に、主(ぬし)のように鎮座しています。
紛らわしいですが、単に「M87」と書くと銀河全体を指し、超巨大ブラック・ホールは名前に「*(スター)」をつけて呼ぶというのが、天文学業界の慣習です。しばしば編集やDTPデザインのかたを混乱させます。
M87という銀河は、超巨大ブラック・ホールM87*が潜んでいることが知られる以前から、見事な「ジェット」を持つ銀河として有名でした。ハッブル宇宙望遠鏡による画像を示します。
ジェットとは、天体からガスが細く絞られて噴射される現象です。M87の場合は、高温のガスが光に近い速度で噴射され、宇宙空間を貫き、数千光年もの長さに伸びています。
ジェットはいくつかの銀河でみられますが、M87のものは特に見事です。
銀河のジェット噴射の機構はよく分かっていませんが、中心にある超巨大ブラック・ホールが重要な働きをしていることは疑いありません。
ブラック・ホールが周囲のガスを吸い込む際、なんらかの仕組みによって、その一部をジェットとして噴射していると考えられています。
超巨大ブラック・ホールM87*はただのドーナツではなく、超強力なジェット・エンジンなのです。
このように、史上初めて撮像された超巨大ブラック・ホールM87*は、超巨大ブラック・ホールの中でも一、二を争う特異なヤツで、その活発な活動のおかげでM87銀河は以前から注目を集めていたのです。
78か87か、それが問題だ
さて話かわってウルトラマンです。
1966年に放映されたTV番組『ウルトラマン』の第1話において、(初代)ウルトラマンは「M78星雲」からやってきたと自己紹介します。
現実のM78は薄いガス雲で、生命の存在できる場所ではありませんが、『ウルトラマン』の作品世界におけるM78は、おそらくちがう物理的性質を持つ天体なのでしょう。
ちなみに「M78」という名称は、フランスの天文学者シャルル・メシエ(1730-1817)が作成した天体リストの78番目を意味します。
メシエは彗星を探すために、彗星と間違えやすい「ぼやっと見える天体のリスト」を作りました。このリストはメシエの発見した彗星よりも有名になり、「メシエ・カタログ」と呼ばれて現在でも使われています。
このウルトラマンの故郷とされる「M78」ですが、一説によると、これはもともとは「M87」と構想されたものが、誤記によって「M78」と変わってしまったといいます。
アニメや特撮などに異常に詳しいウィキペディア日本語版には、
当初、脚本家の金城哲夫はウルトラマンの故郷の名前を「M87星雲」とするつもりだったが、『ウルトラマン』第1話の撮影用台本に誤記された「M78星雲」がそのまま劇中で発音され、既成事実となってしまった。
(Wikipedia日本語版 ゾフィー (ウルトラシリーズ) oldid=90382695)
などと、あります。
さてこれは本当なのでしょうか。そういわれてみると、単なるガス雲よりも、超巨大ブラック・ホールを有しジェットを噴射する特異な銀河の方が、ウルトラマンの故郷としてふさわしい気もしてきます。
しかし、「M78星雲はM87の誤記だった」という説は、証明がかなり難しいでしょう。台本のさらに元となった原稿か企画書が見つかるか、あるいは関係者の発言が見つかれば、証明できるかもしれませんが、関係者の多くはすでに故人です。
そう考えると、ウィキペディアの記述も、一体何を根拠としているのか、怪しく思えてきます。
「M78星雲はM87の誤記だった」説は魅力的ではありますが、今のところは単なる憶測にすぎないでしょう。
「M八七」で如何でしょうか
ウルトラ・シリーズの最新作(2022年)、庵野秀明氏企画・脚本、樋口真嗣氏監督の映画『シン・ウルトラマン』は御覧になったでしょうか。もしも未見でしたら、視聴されてから以下をお読みになることをお薦めします。
***以下、映画のネタバレを含みます***
『シン・ウルトラマン』において、ウルトラマンの故郷は明示されませんが、ウルトラマンたちや「外星人」たちは「マルチバース」から来たと説明されます。(マルチバースについては次回に解説します。)
では故郷がM78星雲という設定は(いくつかのウルトラ・シリーズ作品で採用されなかったように)、この作品では採用されなかったのかというと、最後に流れる主題歌が『M八七』(作詞・作曲: 米津玄師氏)というので、ここで観客は解釈に頭を悩ますことになります。
この主題歌はウルトラマンの出身を暗に示しているのでしょうか。それが『M七八』ではなく、『M八七』と題されているのはなぜでしょう。
実はこれについては、庵野氏による解説コメントがあります。
因みに、本編では意図してウルトラマンの出身地を明確に出していませんが、主題歌のタイトルが「M八七」と出ています。これは米津玄師氏から曲のタイトルを『M78』にしたいというお話が来たので、「M八七」で如何でしょうか、という話を返して快諾された流れからです。現実のM87の方が設定的に魅力的なのと本来の台本はM87だったのが印刷台本時に間違ってM七八になったというエピソードを汲んでます。『ウルトラマンA』の好きな回での台詞にもM87とあるし、ゾフィーの光線技もM87となっているので、初代と少しズレた世界観としても面白いかなと思い、提案してます。
(庵野秀明、株式会社カラー監修『シン・ウルトラマン デザインワークス』グラウンドワークス刊、2022)
これは重要なコメントです。いささかチート気味ですが、これで、M87という天体と『シン・ウルトラマン』の、無いようである関係は、ほぼ解明です。整理すると次のようになるでしょう。
- 初代ウルトラマン(1966)の故郷「M78星雲」は、特筆すべき理由なく命名された。
- 特に理由がないためもあって、表記にぶれが生じ、「M87光線」「M87星雲」などのバリエーションが派生。
- やがて「M78星雲はM87の誤記だった」説が発生。ウィキペディア日本語版などで流布される。
- 庵野氏がこの説を「面白いかなと思い」、『シン・ウルトラマン』に取り入れる。
ただし以上は私の解釈です。シン証言やシン証拠が見つかったならば、御一報いただければ幸いです。
さて次回は、ウルトラマンや外星人がしばしば口にする「マルチバース」と、「プランクブレーン」を介した変身の原理について、物理学的に考察を加えます。
●後編は9/7水曜日の公開予定です。
* * *
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物理の4大定数
光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。この4つの物理定数は、宇宙のどこでいつ測っても変わらない。宇宙を今ある姿にしているのは物理の4大定数なのである。
宇宙を支配する数字の秘密を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説する。
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