幼稚園にも保育園にも通っていない子ども、「無園児」。国の2018年度の推計によると、3~5歳の「無園児」は全国に9.5万人いるとされています。虐待、貧困、発達障害などの問題があってもその実態が表面化しづらい「無園児」家庭。全国4万人を対象とした研究成果と、無園児の家庭や支援団体への取材がまとめられた新書『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』より、一部を抜粋してご紹介します。
無園児を幼児教育につなぐ
無園児は貧困などの社会的に不利な家庭に多いことがわかりました。次に、貧困とはどのような状態なのか、貧困は子どもたちにどのような影響をもたらすのかを考えてみたいと思います。
ここで、皆さんに質問したいと思います。小学校30人のクラスで貧困の子は日本全国の平均で何人いると思いますか? およそでかまいません。
――答えは4人です。
この数値を見て、どのように感じましたか?「そんなに多くの子どもが貧困なんて、信じられない、何かの間違いじゃないか」と感じた方もいらっしゃるかと思います。
貧困には2種類の定義があって、1つは「絶対的貧困」です。これは、生命を維持するために最低限必要な衣食住が満ち足りていない状態のことを指します。たとえば、開発途上国で飢餓に苦しんでいる子どもや、ストリートチルドレンがこれにあたるといえます。4人を多いと考えた方は、絶対的貧困をイメージされたのかもしれません。
もう1つの定義は、「相対的貧困」です。これは、その地域や社会において「普通」とされる生活を享受することができない状態のことを言います。ただ生きられれば良いのではなく、恥を感じずに社会に参加できる、最低限の生活を想定した考え方です。たとえば、足にあった靴を履く、年に1度は家族旅行をするといったその社会では普通の生活ができない場合に、貧困と判断されます。政府統計では相対的貧困率を、所得が相対的に少ない人の割合で簡便に定義しています。
子どもの相対的貧困率は、1980年代から上昇傾向にあります(図1-5)。2015年では13.9%、7人に1人の子どもが貧困状態で暮らしています。これが30人に4人の根拠です。手取り収入の目安で言えば、2人家族では約173万円未満、3人家族では約211万円未満、4人家族では約244万円未満で暮らす子どもたちが、これだけの割合いるということです。
私が大学の講義や地域での講演で「相対的貧困」の話をすると、「貧困と言っても、飢えて死んでしまうほどではないんですね」とおっしゃる方が時々いらっしゃいます。確かに、日本で飢え死にする子どもは、ごく少数です。でも、「普通と違う」ということは、発達の諸段階におけるさまざまな機会を奪い、人生全体に影響をもたらします。
貧困は子どもの「今」と「将来」を脅かす
私は10年前、小学校でスクールカウンセラーとして働いていました。小学校には、母子家庭のお子さんがちらほらいました。日本のひとり親家庭の相対的貧困率(2015年で)は約51%(図1-5)。2人に1人が貧困状態にあります。
私が関わった事例をご紹介しましょう。母子家庭で暮らす太郎君(仮名)、5年生です。自分たちの生活を支えるために一生懸命働いている母親の役に立とうと、太郎君は自分の勉強はそっちのけで、家事を担ったり、きょうだいの世話をしたりしていました。一方で、母親に甘えられない寂しさも抱えていて、ストレスでお菓子を食べ過ぎて少し太っていましたし、何日もお風呂に入らないままで学校に来ることもありました。
都内の小学校だったので、私立受験のために塾通いをする子や、習い事をする子がたくさんいました。太郎君は経済的な理由で、塾や習い事に行くことができませんでした。太郎君は勉強にだんだんついていけなくなりました。「どうせ、ぼくなんて」が太郎君の口癖でした。「みんなと違う」ことは、太郎君の希望や意欲を失わせていきました。
「お金がない」という問題は、単純にモノが買えないということだけでなく、不適切な生活習慣や、勉強やさまざまな体験の不足、親子の交流の不足、仲間外れ、自己肯定感の低さなどにつながっていきます。
そうした不利の蓄積が、進学や就職における可能性や選択肢を制約することにもつながります。実際、両親の年収が高いほど、4年制大学の進学率が高いことや(図1-6)、最終学歴が高いほど、正社員として雇用されやすいことが知られています。その結果、おとなになってからも貧困が継続するおそれがあります。さらに、結婚して子どもを持った後も貧困だった場合、自分の子どもに貧困が受け継がれていきます(貧困の世代間連鎖)。
乳幼児期の「貧困」が最も有害
近年のアメリカでの研究から、子ども時代の中でも特に「乳幼児期」の貧困体験が、成人期での貧困や社会的不利に与える影響が大きいことが指摘されています(*9)。
アメリカの経済学者であるグレッグ・J・ダンカンらの研究グループは、大規模な縦断調査のデータを用いて、1968年から1975年の間に生まれた子どもたちを対象に、妊娠中から15歳までの家庭の所得と、成人期(30~37歳時点)での生活状況との関連を調べました。
実に興味深い影響が見られたのですが、妊娠中から5歳まで貧困家庭で育ったグループは、中流家庭で育ったグループと比べ、成人期での教育年数が2年少なく、収入が半分以下、年間の労働時間が451時間少なく、フードスタンプと呼ばれる公的扶助費を826ドル多く受給し、自分を不健康だと感じる人が3倍近く多くなっていました(表1-6)。
また、子ども時代の貧困体験の中で成人期の収入に最も影響する時期を推計したところ、妊娠中から5歳までの貧困体験が、6~10歳、11~15歳での貧困体験と比べ、成人期での収入への影響が最も大きいことが明らかになりました。
物心がつく前の成育環境は、本人にはどうすることもできません。この研究は、政策的な介入の必要性を示しています。
*9 Kalil A, Duncan G, Ziol-Guest K. Early childhood poverty: Short and long-run consequences over the lifespan. In
M Shanahan, J Mortimer, M Kirkpatrick Johnson (Eds.) Handbook of the life course: Vol. II, 2016, 341-354.
* * *
この続きはちくま新書『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』をご覧ください。
保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇の記事をもっと読む
保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇
幼稚園にも保育園にも通っていない子ども、「無園児」。国の2018年度の推計によると、3~5歳の「無園児」は全国に9.5万人いるとされています。虐待、貧困、発達障害などの問題があってもその実態が表面化しづらい「無園児」家庭。全国4万人を対象とした研究成果と、無園児の家庭や支援団体への取材がまとめられた新書『保育園に通えない子どもたち 「無園児」という闇』より、一部を抜粋してご紹介します。