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今宵も、夢追い酒場にて

2022.09.16 公開 ポスト

「納言」薄幸 のんべえ人生の始まりは、あの本がきっかけ!?薄幸(納言)(芸人)

9月10日に発売された、お笑い男女コンビ「納言」薄幸さんの初著書『今宵も、夢追い酒場にて』。大酒飲みで知られる薄幸さんの笑いに満ち溢れた酒エピソードを収録した1冊から、「乾杯の挨拶 我がのんべえ人生のはじまりは」の一部を特別公開! のんべえの人はもちろん、下戸の人も酔ったみたいに楽しくなれるおつまみ話を、ぜひご賞味ください。

*   *   *

私には、忘れられない恋がある。8万の恋とでも呼ぼうか。

それは、18歳頃の事。私は当時付き合っていた人と、同棲をしていた。

年上で頼り甲斐(がい)のある大好きな彼が元々住んでいたアパートに、私が後から転がり込む形で同棲がスタートした。家賃12万との事なので、半分の6万円を彼に渡す様な生活が2年程続いた。

ある日、家の更新の案内の書類が届いた。

その時彼が家に居なかったので、先に私が封を開けた。彼宛に届いた郵便物を先に開けるなんて事、普段した事ないのに、何故かその時だけは開けたい衝動に駆られ、開けてしまった。

封筒を開け、書類に目を通す。膝から崩れ落ちるかと思った。

その家の家賃、8万だった。めちゃくちゃ8万だった。

“80,000!!!!!”って書いてあった。

私の記憶では、80,000の後に!!!!! びっくりマーク5個書いてあった。威風堂々とした8万だった。

あいつ、2万しか払ってねえじゃねえか。

後から転がり込んだ私が家賃を知らないのを良い事に、大胆に家賃をぼったくっていたのだ。ちなみに、それに気付いた当時の私は20歳。彼は32歳。12歳上の野郎が20歳そこそこの小娘から金ぼったくるとは、大したもんだ。

まあ、今になって冷静に考えると、荻窪駅から徒歩20 分、和室のワンルーム、築40年。家賃12万の訳がねえや。荻窪駅徒歩20分て。荻窪でもねえや。

他にも色々原因はあったけど、この事がきっかけで、もう限界だと思った私は家を飛び出し、一人暮らしを始めた。

埼玉の朝霞という所だった。

芸人仲間からは、何ちゅう所に引っ越してんだと罵詈雑言を浴びせられた。

侮辱される度に私は、「まあね! 池袋まで16分ですけどね!」。

この1本で乗り切った。

今なら分かる。ちっとも乗り切れていない。池袋まで16分だなんていう激弱手札1枚持ってた所で、手札を持ってないのと一緒。何故埼玉の人間は、勝手に池袋を東京の拠点とする癖があるのだろうか。

オシャレ無知飲酒

毎日の様に飲む様になったのは、この時からだった。

一人暮らしが始まり、最初はやけ酒の様な飲み方をしていた。美味しいだなんて思わなかったし、3~4杯位でベロベロになる。酒であれば何でも良く、好きな酒とかも特に無かった。ただただ元彼の事を忘れたくて飲んでいた。

2ヶ月位経たつと元彼の事もほとんど忘れ、シンプルに、あれ? 酒って旨い! 楽しい! と感じる様になっていった。

それからの私は、めちゃくちゃオシャレだった。

今の私は一人飲みする時、ビール1、2本飲んだ後は、焼酎と烏龍茶を床に直置きして、居酒屋でボトルを入れた時に出てくる氷を入れる容器に、氷をパンパンに入れて、なるべく動かないで済む様セッティングして、ウーロンハイを永遠に飲んでいる。ちなみに氷を入れる容器の名前は知らないので、「氷のお部屋」って呼んでいる。

アテも適当。ウーロンハイなんて、焼き鳥でも揚げ出し豆腐でもナッツでも、何だって合う。最悪、ティッシュにも合う。

でも、今の飲み方からは想像つかない位、酒の旨さを知ったばかりの私は、まあ~オシャレだった。オシャレ飲酒。正確に言うとオシャレ無知飲酒だった。

酒を知った朝霞の家で、鮮明に覚えている一人飲みの出来事が2つある。

 

1つは、15時頃にフジテレビで仕事が終わった後の事。

完全なる余談だが、この時の仕事はシミュレーション。

シミュレーションというのは、本番でカメラのミスが無い様に、若手芸人達が本当の出演者になりきって、その人のネームプレートを首からぶら下げて、本番さながらの動きをする、いわゆるリハーサルの事。

様々な芸人達がシミュレーションに参加し、君は◯◯さん役で。君は◯◯ちゃん役で。誰の代わりを担当するのかを、スタッフさんに割り振られる。

「えー、みゆきさんは。じゃ加藤一二三さん役で」

加藤一二三さん? ひふみん? ひふみんの代わり、私か?

男芸人、女芸人。背の高い人、低い人。痩せてる人、太ってる人。若手芸人は沢山居る。沢山居る中での、ひふみんだった。

ひふみんの真似をしながら『VS嵐』のシミュレーションに参加し終わり、朝霞に着いたのが16時過ぎ。まだまだ夜は長い。

“小洒落大人飲みやってやろう”

そう思い立った私は、近所のスーパーでアロマキャンドルと、安い赤ワイン、チーズ、チーズおかきを買って、パン屋さんでチーズのパンを買った。

チーズ=小洒落。そう思っていた私は、流石にチーズが過ぎる買い物をした。アロマキャンドルを焚いて、チーズつまみにワインを嗜たしなむ。

大人過ぎる。なんて大人なんだ。これから始まるワインパーティーに胸を躍らせながら帰路についていると、本屋さんが目に入る。

“おいおい! 良い事を思いついたぞ! 小説も追加しよう!”

小説片手にチーズをつまみ、ワインを嗜むんだ!

ウヒャー!! 絶好調!! なんて頭が冴えているんだ!!

分からないけど、こういう時の相場は恋愛小説とかなのだろうか。しかし私が選んだ小説は、『リカ』という五十嵐貴久先生の書いたホラー小説。

ホラー小説はちょっとワインとチーズには合わなそうだけど、ま、恋愛よりお化け屋敷が好きだし! という大人じゃない言い訳をして『リカ』を購入。

家に着き、ルンルンで準備を始める。

チーズ達もちゃんとお皿に盛って、アロマキャンドルに火を付けて、少し前に100均で買ったワイングラスにワインを注ぐ。直径70センチにも満たない丸いローテーブルが賑やかになる。素敵だ。いくらなんでも素敵過ぎる。実際、「いくらなんでも素敵過ぎる!」と声に出して言ったと思う。

座椅子に腰掛け、ワインをゴクリと一口飲んで、小説を開く。

ゴク、ゴクゴク、ゴクゴクゴクゴク。

ワインの飲み方を知らない私は、水の様に安いワインを飲み進めていった。今でもそんなに詳しい訳じゃないけど、多分、ワインってゴクゴクと飲むものじゃあない。

この小説は、リカという女が、平凡に暮らしているサラリーマンの男に、ストーカーなんて言葉では片付けられない程しつこく付き纏い、心身共に追い詰めていくというサスペンスホラー。リカが怖過ぎる。付き纏うというより、リカが取り憑くに近い。とにかくリカがヤバ過ぎる。

酔いも回って元々面白い小説が、更に面白く感じられる。

リカという女は何ていう奴だ。常軌を逸した行動をとるリカに対し、関係ない私も憎悪を抱く程不気味な女。こんなにも小説を面白いと感じた事は初めてだった。

ペラペラと小説のページを捲めくるペースも上がる。

ペラペラ、ゴクゴク、ペラペラ、ゴクゴクゴク、ペラペラ、ゴクゴクゴクゴクゴク……。

 

目覚めると、そこは血の海だった。

ひどく頭が痛い。

事態を把握するのに、そう時間はかからなかった。

“リカだ。リカにやられたんだ”

頭の横に転がっていた小説を横目に、ゆっくりと体を起こす。

ここに住む決め手となった、綺麗で真っ白なフローリングが、真っ赤に染まっている。先程まで心地好いと思って見ていた、ゆらゆらと揺れるアロマキャンドルの炎が、今は薄気味悪く感じた。テーブルに置いてある二口程かじったチーズのパンも赤く染まっている。これ以上食べるのは無理そうだ。なんてことだ。

まだリカは家に潜んでいるかもしれない。油断は禁物だ。

ふと、チーズパンの横に目をやる。赤ワインのボトルと、ワイングラスが倒れていた。そこから夥おびただしい量の赤ワインが溢あふれ、床を真っ赤に汚していた。

“犯人は、リカじゃねえ”

本当の事態を把握するのに、少し時間がかかり過ぎた。

完全に、犯人は安いワインだ。いいえ。私だ。

安いワインを水の様にゴクゴクと飲んだせいで、大いに酔っ払いへべれけになってしまったのだ。

完全に状況を把握した私が一番に発した言葉は「もったいな!」だった。貧乏って怖い。

悪い飲み方をした自分を反省する訳でもなく、まだ飲めたはずだったワインを無駄にしてしまった事をただただ悔やんだ。

思いあまってテーブルにこぼしたワインを、小さじ1程グラスに戻した所で、流石にこれはいかんと正気を取り戻し、素直に掃除した。貧乏って、本当に怖い。

関連書籍

薄幸(納言)『今宵も、夢追い酒場にて』

オズワルドや空気階段ら同じ第7世代の愛すべきのんべえ姿から、カズレーザー、尼神インター渚らとの先輩芸人たちとの抱腹絶倒酒エピソードを収録。その一方、夢を挫折した過去、今は会えないあの人への思いも綴っている。

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今宵も、夢追い酒場にて

やさぐれ女芸人、初の著書は「芸人×お酒」の笑いに満ちた酔いどれエッセイ!
酒好きはもちろん、下戸でも愉快に。おつまみ気分で楽しめる1冊、ぜひお召し上がりを。

大酒飲み、ヘビースモーカーなやさぐれキャラとして大注目の、お笑い男女コンビ『納言』のみゆき。味のある文章を書くことでも話題をよび、このたび満を持して初の著書を上梓!  本書は、みゆきの日常に欠かせない「芸人×お酒」の2つを合わせた酔いどれエピソードを収録。オズワルド、インディアンス、ジェラードン、空気階段といった同じ第7世代との酒場交流。さらに、カズレーザー、尼神インター渚、バイク川崎バイク、トレンディエンジェルたかしら愛すべき先輩芸人との抱腹絶倒飲みエピソードも。一方で、かつて挫折した役者の夢、今は会えないあの人への想い、普段は口にしない相方への思いなど、酔いにまかせた意外な本音も綴っている。

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薄幸(納言) 芸人

1993年生まれ、千葉県出身のお笑い芸人。小学5年生から子役養成事務所に入るも、16歳のときに女優の夢を断念。以後、芸人を目指し、2015年テレビ番組内でビートたけしより現在の芸名を拝受。2017年に安部紀克と『納言』を結成。「三茶の女は返事が小せえな」「渋谷はもうバイオハザードみてえな街だな」など、街のディスりネタで人気に。令和の時代に珍しいほどのヘビースモーカーな様子や大酒飲みのやさぐれキャラクターでも注目を集める。『今宵も、夢酒場にて』が初の著書。

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