単行本発売時から、その大胆不敵さから話題騒然だった下村敦史さんの大傑作『同姓同名』が文庫化いたしました。本編に加えて、書き下ろし短編「もうひとりの同姓同名」も収録。発売直後に重版! と早くも大反響の本作、ぜひ、お楽しみくださいませ。
文庫発売を記念して下村敦史さんからのメッセージをお届けします。
文庫化に際して 下村敦史
“登場人物全員、同姓同名”
このアイデアは元々、「帯のキャッチコピーからアイデアを考えてみるのはどうですか」という編集者の提案で、閃いた発想の一つです。
名前を持って登場するのは、猟奇殺人犯と同姓同名になってしまった人々――10人以上の大山正紀――だけ、というミステリーで、その試みに関しては様々な媒体のインタビューで語ってきました。
せっかくなので、今回は、単行本刊行時には語ったことがない試みについて、明かしたいと思います。
昨今はSNSなどによる誹謗中傷が社会問題化しています。僕が以前より関心を持っていたテーマです。
たとえば、山岳ミステリーの『生還者』(講談社)では、雪崩事故の生還者が語った一方の証言だけで善悪を決めつけ、行方不明の登山家を攻撃する人々の問題――その登山家が生還して正反対の証言をすると、善悪が入れ替わり、世論が手のひらを返す――をサブテーマとして描いています。
本作『同姓同名』では、猟奇殺人犯の“大山正紀”への誹謗中傷が、無関係の大山正紀たちの人生に影響を与えるシーンが繰り返し出てきます。それは分かりやすいSNS問題の描き方ではありますが、もう一つ、密かに仕掛けた試みがありました。
それは、“ツイッター上で他者に対して行われている言動を現実世界で具現化したらどう見えるのか”という試みでした。
作中の大山正紀の周囲には、SNSのアカウントと同じく“名前がない様々な登場人物”が現れます。
たとえば――。
コンビニバイトの同僚女性と事件について話していたら、その会話を隣で耳にした第三者のおじさんが“正論”で割って入ってきて意見を押しつけてくるシーン。
社会復帰した大山正紀を許せず、社会から排除するため、“注意喚起”として街中でビラを撒く赤の他人のおばさん。
教室の片隅で女の子のイラストを描いていたアニメーター志望の少年を取り囲み、“絵への感想”と称して画風を全否定し、人格否定の攻撃的発言を繰り返し、悪びれもしないクラスメイトの男女グループ。
全てはツイッター上で“正しい行い”として、何の接点もない他者に対して頻繁に行われている言動です。
20年近く前から、『ネットの画面の向こうにいるのはバーチャルな存在ではなく、あなたと同じ人間です』と言われてきましたが、SNSが当たり前の時代になった昨今、誰もがもう一度、改めて認識すべきことではないかと思います。
ツイッター上で当たり前に行われていることを現実でも他者に対してしてみたら、果たしてどのように見えるのか――。いじめや加害行為に見えるとすれば(“SNSのアカウントの向こう側にも人間がいる”“本人を前にして言えないことはSNSでも言わないようにしよう”という前提が正しいとすれば)、そのような言動は加害行為として控え、価値観を改めるべきではないでしょうか。
小説のテーマとしては、死刑問題、暴力問題、被害者加害者問題等々、大きな社会問題が注目されがちですが、SNSの問題も決して軽いテーマではありません。
作品のミステリーとしての面白さを楽しみつつ、その辺りのテーマにも関心を持ってほしいと願っています。
渾身の勝負作『同姓同名』をどうぞよろしくお願いします!