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見つけたいのは、光。

2022.09.24 公開 ポスト

#2 脇腹の衝撃で目を覚ました。すぐには何が起こったのかわからなかった。飛鳥井千砂

『本の雑誌』『日経新聞』『週刊文春』『西日本新聞』など、発売直後から各紙誌で話題沸騰の飛鳥井千砂さん5年ぶりの新刊『見つけたいのは、光。』から一部公開!

(写真:iStock.com/monzenmachi)

一維の年齢、月齢は、そのまま亜希の母親歴だ。その一年四カ月の母親歴で、一維を連れている時にされる、「どれぐらいですか?」という主語のない質問には、すっかり慣れた。一維の年齢、月齢を聞かれているのだ。そして相手も子供連れの時には、こちらも「どれぐらいですか?」と聞き返すのが礼儀ということも、もうしっかり心得ている。

「えー、すごい! さっき『ママ、見て!』って二語文で喋ってましたよね? うちは一歳半になったところですけど、まだママとパパしか言えないんですよ。歩き始めたのも、つい最近だし。女の子なのになあ。あ、下のお子さんですか?」

女性がすがるような表情をするので、何も悪くないのに、亜希は申し訳ない気持ちになった。一般的に男の子より女の子の方が、一人目の子より二人目以降の子の方が、成長が速いと言われている。

「一人目なんですけど、うちは生まれた時から大きかったし、なんだかやたら成長が速いんです。それはそれで大変ですよ。ハイハイと歩くのがほぼ同時だったから、バランスが悪くて、今もよく転ぶし」

ハイハイ時期が長い方が、上半身が鍛えられてバランスが取りやすく、最初から上手に歩けるとも言われる。

「そうなんですね。でもやっぱり早いのはうらやましいなあ。ここ、よく来るんですか? 色んな種類の遊具があっていいですよね。うちの子、ここが大好きなんですよ」

女性はにこにこしながら話し続ける。これはもしや、「友達になりませんか?」という流れだろうかと、亜希は少し身構えた。

「初めて来たんです。このショッピングセンター自体には、よく来てるんですけど」

普段はもっぱら一階下の、ブロッククッションしか遊具がない無料のキッズスペースにいる。でも今日は混んでいたのと、一維があまりにも不機嫌だったので、思い切ってこちらの有料プレイルームに足を踏み入れてみた。

ヤー! と女の子の叫び声がして、女性と二人で顔を上げた。

「あっ! いっくん! ダメ!」

いつの間にかおままごとスペースに移動していた一維が、女の子のリンゴを奪おうとしている。

「ダメ! お友達が使ってるでしょう?」

駆け寄って、一維の手をリンゴから引き剥がそうとした。が、一維も「イヤー!」と叫んで、余計に手に力を入れる。

「いいですよ。ユヅキちゃん、お友達も使いたいんだって。どうぞ、してあげて」

同じく寄ってきた女性が女の子に言う。すると女の子はおとなしくなり、リンゴから手を離した。一方で一維は、リンゴが手に入ったのに、叱られたことで不機嫌スイッチが入ったのか、イヤー! イヤー! と、更に声を大きくする。

「いっくんが悪いのよ! それお友達に返して、ごめんなさいして! すみません。この子、まだ保育園に行ってないので、順番待ちや譲り合いができないんです」

女性と女の子に向かって頭を下げる。女性は「いえいえ」と笑った。

「うちもまだですよ。だって、こんな小さな頃から保育園に預けるなんて、かわいそうですもんね」

イヤァァー! 女性の語尾に被せて、一維が耳を劈(つんざ)くような声で叫び、ついには床に転がって泣き始めた。

何度も「すみません」と言いながら、亜希は自分の体がすうっと冷めていくのを感じていた。

 

脇腹に衝撃があって、目を覚ました。すぐには何が起こったのかわからなかったが、だんだんと、きっと一維に蹴られたのだと理解した。薄暗がりで目を凝らし、掛け布団をめくってみると、やはり。一維の両足が九十度の角度でこちらを向いている。起きて泣いてしまうと面倒なので、直さずそのままにしておく。

ふうっと息を吐いた後、我が子の寝顔をぼんやりと眺めた。長い睫毛(まつ げ)にぷっくりとした頬。すうすうと寝息を立てる、あまりにも無防備なその姿を見ていると、使い古された表現だろうが、「天使だ」と思う。本当に亜希は、一日のうちに何度もこうして一維の寝顔を見つめては、こんなにかわいい子供がいて、私はなんて幸せなんだろうと、感慨にひたっている。子供が欲しいと思いながら、作れない期間が長かったので、今ここにいてくれることへの感謝の気持ちも強く、「ありがとう」「私のところに来てくれて、本当にありがとう」とも、毎日心の中で唱えている。

だけど──。枕元の携帯を取って、時間を見る。23時になるところだった。泣いて嫌がる一維をベッドに入れて、無理やり寝かしつけたのが、確か21時半頃だった。一緒に寝落ちして、一時間半も眠ってしまった。今日は一維をお風呂に入れるのを諦めたので、亜希もまだ入浴を済ませていない。もう自分も諦めてしまおうと思うが、化粧だけは落とさなければ。しかし体が重くて、ベッドから出られる気がしない。

 

関連書籍

飛鳥井千砂『見つけたいのは、光。』

私たち、何を、 どこに向かって、 頑張ればいいの──? 亜希と茗子の唯一の共通点は育児ブログを覗くこと。 一人は、親しみを持って。一人は、憎しみを抱えて。 ある日、ブログ執筆者が失踪したことをきっかけに、 二人の人生は交わり、思いがけない地平へと向かう。 自分だけの光が見つかる、心震える物語。

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見つけたいのは、光。

小説幻冬(2022年8月号 ライター瀧井朝世)、本の雑誌(2022年8月号 文芸評論家 北上次郎)、日経新聞(2022年8月4日 文芸評論家 北上次郎)、週刊文春(2022年9月15日号 作家 小野美由紀)各誌紙で話題!飛鳥井千砂5年ぶり新刊小説のご紹介。

「亜希と茗子の唯一の共通点は育児ブログを覗くこと。一人は、親しみを持って。一人は、憎しみを抱えて。ある日、ブログ執筆者が失踪したことをきっかけに、二人の人生は交わり、思いがけない地平へと向かうーー」

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飛鳥井千砂

1979年生まれ、愛知県出身。2005年、「はるがいったら」で第18回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。'11年に上梓した『タイニー・タイニー・ハッピー』がベストセラーとなり注目を集めた。他に『君は素知らぬ顔で』『女の子は、明日も。』『砂に泳ぐ彼女』『そのバケツでは水がくめない』など著書多数。

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