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イノベーション道場

2022.10.24 公開 ポスト

ソニーのウォークマン開発秘話に「イノベーションの神髄」が詰まっている高岡浩三(元ネスレ日本社長)

元ネスレ日本代表をつとめ、現在はビジネスプロデューサー・マーケターとして多くの企業を成長に導いている高岡浩三さん。近著『イノベーション道場』は、「ネスカフェアンバサダー」「キットカット受験生応援キャンペーン」など、数々の革新的サービスを世に送り出してきた高岡さんの経験から練り上げられた、「イノベーションを生み出す手法」を惜しみなく公開しています。現状打破を考えるビジネスパーソンなら必読の本書より、内容を一部ご紹介します。

*   *   *

私たちの生活を劇的に変えたイノベーション

公益社団法人発明協会のホームページには「戦後日本のイノベーション100選」と題するコーナーがあります。そのなかにある「イノベーション100選」の冒頭に「アンケート投票トップ10(年代順)」と書かれた一覧が表示されています。

  • 「内視鏡」
  • 「インスタントラーメン」
  • 「マンガ・アニメ」
  • 「新幹線」
  • 「トヨタ生産方式」
  • 「ウォークマン」
  • 「ウォシュレット」
  • 「家庭用ゲーム機・同ソフト」
  • 「発光ダイオード」
  • 「ハイブリッド車」

どれも現在の私たちの生活になじみのある、そして私たちの生活を劇的に変えたイノベーションです。このなかで、とくに日本企業のイノベーションを象徴するのは「ソニーのウォークマン」と「トヨタのカンバン方式」だと考えています。

なかでも、ソニーのウォークマンには、イノベーションの神髄が凝縮されていると見ています。その理由をご説明しましょう。

(写真:iStock.com/Sensay)

ソニーのウォークマンは、1979年に発売されました。

それ以前、音楽を聴くのは静かな部屋の中でしか考えられませんでした。基本的には自分の家に置かれたステレオで、レコードやカセットテープから流れる音楽を楽しんでいました。場合によっては、ジャズ喫茶のような音楽を流している喫茶店などに出向き、コーヒーなどを飲みながら聞き入る人もいました。

そのような現実のなか、ソニーの創業者のひとりである井深大さんは、同じソニーで伝説の技術者と呼ばれた大曽根幸三さんが所属する部署に、あるときふらりとやって来たといいます。

何かおもしろいものはないか?

 

井深さんは、海外出張に行くときの往復の旅客機のなかで、自由に音楽を聴く方法がないか考えていました

1950年代にジェット旅客機が開発され、1960年代以降に安定性と経済性が向上していくなか、企業の海外出張などに旅客機が利用されるようになります。井深さんも、ソニーの創業者として頻繁にアメリカに出張していました。

ただ、当時の旅客機は実用性を高めることにコストがかかっていたため、現在のようにエンターテインメント機能は乏しいものでした。ニューヨークやロサンゼルスへの長いフライトの間、乗客は音楽を楽しむことができず、本や雑誌、新聞などを読んで過ごすしかなかったのです。

ただ、当時の人々はこの問題を諦めていました

「旅客機に乗ったら退屈なのは当たり前。本や雑誌を読むか、寝るしかない」

ところが、井深さんはあまりに退屈な時間に辟易しながらも、何とかならないかとあれこれ考えを巡らせていたのでしょう。それが、大曽根さんに対して発した「何かおもしろいものはないか?」という言葉につながったはずです。

イノベーターとそうではない人の差とは?

一方、テープレコーダーを製作していた大曽根さんら技術者たちは、試作機にも至らない、アイデアを形にした程度のものを作って遊んでいたといいます。

(写真:iStock.com/Thinkhubstudio)

「私たちは現場で、既にソニーが発売していたモノラルタイプの小型テープレコーダーを、ステレオタイプに改造して遊んでいたんだよ。手のひらに載るほど小さな機器だったんだけれど、ヘッドフォンにつなぐといい音が出せたんだよね。

それを井深さんに頼まれて、飛行機に持ち込めるような形にした試作品を作ったんだ。小さくしたままステレオ化するために、スピーカーと録音機能を外して、再生専用機にした。これが初代ウォークマンの試作機だよ」(日経ビジネス電子版 宗像誠之『オレの愛したソニー』2016年5月30日「管理屋の跋扈でソニーからヒットが消えた」より、大曽根さんのコメントを抜粋)

それを携えて、井深さんは海外出張に旅立ちます。帰ってくると、たいへん気に入った様子だったと大曽根さんは語っています。大曽根さんたちがさらに心強く思ったのが、もうひとりの創業者、盛田昭夫さんの全面的な応援です。

 

ところが、大曽根さんの直属の上司や、その後社長になる担当役員の大賀典雄さんは、その再生専用機というコンセプトに反対していました。

録音機能のないものをつくっても売れない

それが理由です。しかし、たまたま大賀さんが長期入院することになり、井深さんと盛田さんが研究の推進をバックアップしてくれたおかげで、ウォークマンというイノベーションは潰されることなく世に出ることができたのです。

まだコンセプトやプロトタイプしかなかったのに、それについて聞いたり、見たりしただけで、その商品のすごさというか本質を見抜いたのが、井深さんと盛田さんの2人だった。そうやって、この世にウォークマンが生まれたんだよ」(同・大曽根さん)

さらに、大曽根さんはこうも語っています。

「昔のソニーは、市場調査なんてものをあまり重視しなかった。だからこそ斬新な製品を生み出せたんだよ。『まだ世の中にないものなんだから、消費者に聞いて調査をしても、欲しいものが出てくるわけがない』っていう考え方だった」(同・大曽根さん)

その環境があったからこそ、大曽根さんらソニーの技術者たちには、さまざまな試作機をつくって遊ぶ余裕と心意気がありました。

 

同時に、井深さんや盛田さんには、ほかの人であれば諦めてしまう問題を、諦めずに解決しようとする姿勢がありました。そのうえ、常識にとらわれず、技術者たちが遊びでつくったものを面白がる姿勢があったのです。

大曽根さんや井深さんや盛田さんの姿勢こそが、イノベーターとそうではない人の大きな差になっています。ウォークマンの開発秘話にイノベーションの神髄が詰まっていると言ったのは、そういう事情からなのです。

関連書籍

高岡浩三『イノベーション道場 極限まで思考し、人を巻き込む極意』

考えよ、行動せよ! 新しい価値を生むのはあなただ! 本田圭佑氏(サッカー選手、実業家) 挑戦を後押しする、最強のメソッド。 入山章栄氏(早大大学院教授) 最高に実践的な一冊! 世界標準の経験と理論が詰まっている。 世界を驚かせるようなイノベーションが生まれなくなって久しい昨今、高岡浩三氏はネスレ日本社長として、「ネスカフェアンバサダー」や「キットカット受験生応援キャンペーン」など革新的なサービスを世の中に展開した。その実績は、マーケティングの権威、フィリップ・コトラー氏らからジャパンミラクルと称賛された。本書では、著者が練り上げ、実践してきた、革新を生み出す手法を惜しみなく公開し、日本でイノベーションを生み出す術を伝授する。 イノベーションは何も技術革新のみを指すものではない。誰でもどんな職種でもイノベーションを起こすことができる、というコンセプトから、イノベーションを再定義し、実際の思考法(NRPS法)を紹介する。NRPS法とは、社会で起きている問題、周囲で起きている出来事に目を配り、「現実がどう変化しているか」を観察することで認識できる、いま私たちが置かれている現実を認識し、問題を炙り出し、その解決法を生み出す手法のこと。 この思考法を獲得し、徹底的に考え抜けば、誰でもイノベーションを起こすことができる、衝撃の1冊! はじめに イノベーションを諦めていないか 第1章 イノベーションを再定義する 第2章 イノベーションを生み出すNRPS法 第3章 なぜ日本でイノベーションが起こらないのか 第4章 イノベーションの目覚めは「外圧」だった 第5章 イノベーションの具体例をNRPS法で読み解く 第6章 イノベーションは「考え抜く」ことから生まれる おわりに 上司に期待するな。極限まで自分ひとりで考え抜け

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元ネスレ日本代表をつとめ、現在はビジネスプロデューサー・マーケターとして多くの企業を成長に導いている高岡浩三さん。近著『イノベーション道場』は、「ネスカフェアンバサダー」「キットカット受験生応援キャンペーン」など、数々の革新的サービスを世に送り出してきた高岡さんの経験から練り上げられた、「イノベーションを生み出す手法」を惜しみなく公開しています。現状打破を考えるビジネスパーソンなら必読の本書より、内容を一部ご紹介します。

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高岡浩三 元ネスレ日本社長

ケイアンドカンパニー代表取締役、元ネスレ日本代表取締役社長兼CEO。1983年、神戸大学経営学部卒。同年ネスレ日本入社。各種ブランドマネジャー等を経て、「キットカット」受験生応援キャンペーンや、新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを提案・構築し、利益率の低い日本の食品業界において、新しいビジネスモデルを追求しながら超高収益企業の土台をつくる。2010~2020年までネスレ日本CEO。2020年4月より現職。
現在は、DXを通じたイノベーション創出のビジネスプロデューサーとして「高岡イノベーション道場」を主催し、自ら後進の育成に取り組む。
マーケティングの世界的権威のフィリップ・コトラー氏が日本人で最高のマーケターと絶賛する。
著書に『ゲームのルールを変えろ――ネスレ日本トップが明かす新・日本的経営』(ダイヤモンド社)、『逆算力』(日経BP社)、コトラー氏との共著で『Marketing in the 21st century』他多数。

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