9月21日、プーチン大統領は「部分的な動員令」に署名、予備役からの動員が行われる見通しです。同時に、核兵器使用の可能性にも言及しています。ロシアはそこまで追い込まれているということなのでしょうか。米中関係に精通するジャーナリスト・峯村健司さんが国際政治のエキスパート5人と激論を戦わせた『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』から、ロシアの軍事・安全保障を専門とする小泉悠さんとの対談を抜粋してお届けします。
(本対談の内容は、2022年8月末時点の状況に基づいたものです)
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峯村 国力の差を考えれば、長期戦に持ち込まれると、ウクライナは明らかに不利です。すでに経済的には苦しい状態に追い込まれています。たしかに、プーチンはそのあたりを考慮して、持久戦に戦略変更したのでしょうね。
小泉 このダラダラした戦いを2~3年続けて、ウクライナ軍が足腰の立たない状態になったら、あらためてキーウを狙いに行く。そう考えると、今の戦況だけで一喜一憂はできません。もともとロシアは世界最大の国土を持つ巨大な国ですから、その基礎体力を舐めてはいけないですね。
なるべく早く、ウクライナが停戦を受け入れられる程度まで勝たせなければいけないと思います。ゼレンスキーが求めているように、2月24日のラインまで戦線を戻す。ウクライナ軍の足腰が立っているうちに、そして国際社会の関心があるうちに、それをやらなければいけないでしょう。それができないと、何年も紛争が続いてしまう。
峯村 そのためには、ロシアに対抗できる武器供与がウクライナにとって不可欠でしょう。どのような兵器がとくに必要ですか。
小泉 榴弾砲(りゅうだんほう)とロケット砲です。
峯村 ウクライナの火力は明らかに足りていませんよね。
小泉 ロケット砲については、アメリカからハイマースが供与され、大きな戦果を上げつつあります。それでも持っている装備の物量は、ロシアのほうが何倍も多いわけです。今ロシア軍の前線では1960年代の古い装備がしばしば見られるのですが、これは昔から倉庫に貯めてあるんですよね。それを引っ張り出してきて戦力化する訓練も、毎年の大演習のときに合わせてやっている。その訓練では兵隊も予備役を召集して、予備の装備と兵隊だけで1個戦車連隊をつくりあげたりしています。2021年の予備役動員訓練は、過去最大規模でした。
峯村 その時点では、ウクライナへの全面侵攻を想定していたのでしょうね。
小泉 おそらくそうでしょう。だから、ウクライナでの緒戦は兵力が不足していたとはいえ、予備役を呼んでくれば兵力は増強できるんです。ロシアで5年以内に兵役を終えた人の数は推定200万人。その気になれば、まだ鉄砲の撃ち方を覚えている人たちを200万人も動員できるということです。国民の不満を買うのは間違いないので、プーチンもまだそれはできていませんけど。
峯村 いわゆる今の「特別軍事作戦」から「戦争」に切り替えれば、大動員ができるわけです。ただ、その場合はプーチンにとってリスクがあります。可能性はどのぐらいあると見ていますか。
小泉 ロシアが純粋に軍事的に勝つとしたら、「戦争」に切り替えて大動員を行うか、核を使うかのどちらかだと思います。今のままのロシア軍では、勝てない。しかし核のほうは、あれほど苦戦しても使いませんよね。開戦当初からしばらくは本当に使うのではないかと真剣に心配していましたが、やはりプーチンとしても、いったん使用すれば戦争がどこまでエスカレートするか分からないという気持ちがあるのでしょう。
峯村 当初、プーチンは、核の脅しを使って、マッドマン・セオリー(狂人理論)を仕掛けているという見立てがありました。しかし現段階で、核兵器はおろか化学兵器も使っていません。
小泉 生物兵器の使用もイギリスが警告していましたが、現時点では使っていませんね。ロシアはソ連時代から、穀物用の生物兵器をつくっていました。人間ではなく、植物を狙う生物兵器。それでウクライナの小麦を狙うかもしれないと思っていましたが、単純に海上封鎖で小麦の輸出を止めるというやり方でしたね。やはりプーチンは大量破壊兵器の使用は危険すぎると考えているのでしょう。
だとすれば、プーチンはどこかで大動員を決断しなければいけないと思います。現状では国民の理解が得られないでしょうが、ウクライナ軍がロシア軍を国境の外に追い出し始めたときが、決断のタイミングかもしれません。西側としては、そこでプーチンに動員をかけさせずに戦争を終結させられるかどうか。そこがもっとも職人芸が求められるところでしょうね。
峯村 そんな「神業」ができる人が、今の西側諸国の中にいますかね?
小泉 難しいですね。たぶん、アメリカが何らかの形でエスカレーションの脅しをかける必要があるでしょう。ウクライナの勝利が見えた段階で、「ここでプーチンがさらに反撃したら、アメリカは何をするか分からないぞ」と言わなければいけない。ただ、バイデンにそういう繊細な職人芸ができるかというと……。
峯村 なかなか厳しいと思います。そもそもバイデンは、開戦に踏み切る約2カ月前の2021年12月、プーチンと電話会談をした2日後に、「ロシアがウクライナに侵攻しても米軍の派遣は行わない」と明言していました。
小泉 あれは、まさに第2の「アチソン発言」だと思います。
峯 私もそれを思い出しました。朝鮮戦争勃発の約半年前の1950年1月に、アメリカのアチソン国防長官が語ったアメリカの防衛ラインに、台湾と朝鮮半島が入っていなかった。その演説を聞いた北朝鮮の金日成らが韓国に侵攻した。それと同じぐらい、今回のバイデン発言は内容もタイミングも最悪だったと思います。
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◆続きは『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』でお読みください。
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ウクライナ戦争と米中対立
2010年代後半以降、米中対立が激化するなか、2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。世界情勢はますます混迷を極めている。プーチン大統領はロシア帝国の復活を掲げて侵攻を正当化し、習近平国家主席も「中国の夢」を掲げ、かつての帝国を取り戻すように軍事・経済両面で拡大を図っている。世界は、国家が力を剥き出しにして争う19世紀的帝国主義に回帰するのか? 台湾有事は起こるのか? 米中関係に精通するジャーナリストが、国際政治のエキスパート5人と激論を戦わせ、これからの世界の勢力図を描き出す。