発売後、思いもしない結末を迎える展開と、出てくる女性たちの強烈な個性と、そして、「目を背けたい」のに「なんとなくわかってしまう」人間の真理に反響続々のミステリ『レッドクローバー』。読み出したら止めることができない一気読みミステリですが試し読みを始めます。
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2 望月ちひろ──14年前・夏1
望月ちひろは坂の途中に立ち、眼下の風景を眺めた。
薄藍色の海とくすんだ町並み。雲が浮かんだ空を数羽のカモメが退屈そうに飛んでいる。
ゆっくりと呼吸するようにうごめく海は、ちひろが知っている海の色に黒を少し混ぜたような色で、夏なのに冷たそうに見えた。小さな港におもちゃみたいな漁船が一艘だけ停まっている。
灰戸町は、ちひろがイメージしていた北海道とはまるでちがった。ラベンダー畑もないし、広大な牧場もない。地平線まで続くさわやかな草原もないし、のんびりと草をはむ牛や馬や羊もいない。
目に映るのは、使い古しの雑巾を連想させるどこかみすぼらしい光景だ。
斜面に広がる町に高い建物はなく、ほとんどが二階建ての小さな家だ。高い場所から見下ろすと、町は海沿いに広がる平地と、山のふもとに広がる高台に二分されているのがわかる。平地のほうが白っぽくて明るく、ちひろが立つ高台のほうが陰鬱に感じるのは陽射しの加減か、それとも単に気のせいだろうか。
ここが母の生まれた町か、と何度も思ったことをまた思った。母がこの町を忌み嫌う理由がわかる気がした。
はぁー。
気がつくと、またため息をついていた。
埼玉で暮らすちひろが、北海道の灰戸町に連れてこられたのは一昨日のことだ。いろいろなことが落ち着くまで両親と離れ、祖母の家で暮らさなければならないらしい。母は詳しい説明を避けたが、すべての厄介ごとの原因がお金であることは小学五年生のちひろから見ても明らかだった。たぶん父と母は離婚することになるのだろうと思ったが、気づかないふりをして口をつぐんでいた。
いつまでこの町にいなければならないのか知らされていない。わかっているのは、夏休みが終わった二学期からこの町の小学校に通うことだけだ。
いつまでここにいなくちゃいけないの? パパとママは別れるの? 別れたらあたしはどうなるの?
最悪の答えが返ってくる気がして、ひとつも聞けなかった。
ちひろは坂に突っ立ったまま、斜めがけにしたポシェットの紐を握りしめた。海のほうから生ぬるい風が吹いている。
ポテトチップスとコーラを買いに行くために祖母の家を出たところだ。
祖母は朝早くに仕事に出かけ、家にはちひろしかいなかった。いちばん近い店は、坂を下って三つ目の道を右に曲がった小学校の斜め前、と祖母から聞いていた。コンビニは? とちひろが聞くと、遠い、と祖母は簡潔に答えた。海沿いの国道まで下りなければならず、歩くと一時間くらいかかるらしい。しかも、そのコンビニは全国チェーン店ではなく、ちひろの知らない店名だった。
正午を過ぎたばかりなのに人の姿がない。どこからかテレビの音が漏れ聞こえ、家々の庭には洗濯物がかかっているのに奇妙に静かだ。
ふと、町全体が大きな罠のように感じられた。みんなで息をひそめてあたしのことを監視しているのかもしれない。そう思うと、足がすくんだ。
〈いつもにこにこ笑っていますが、少し臆病なところが気になります。〉
通知表に書かれた先生のコメントを思い出した。
五年生になるまでは、〈いつも笑顔〉〈優しい〉〈穏やか〉〈お友達に譲る〉などと書かれることが多かった。はじめて目にした〈臆病〉という言葉はちひろを否定するものに感じられ、自分を形づくる柱に一本の亀裂が入った気がした。
背後から足音が聞こえ、ちひろは身を固くして振り返った。
「あんた、どこの子?」
声をかけてきたのは、痩せた女の子だった。
ちひろより三、四歳上の中学生に見える。紺色のTシャツとえんじ色のジャージズボン。ラズベリー色のリップクリームがくちびるをてらてらと光らせていた。
ちひろはとっさに笑顔をつくり、「望月ちひろです」と答えた。悪いことをした覚えはないのに、怒られるのではないかと緊張した。
「望月?」
女の子は不服そうな顔で、ちひろの顔から祖母の家へ、そしてまたちひろへと視線を戻した。祖母の家には〈塩尻〉と書かれた表札が出ている。
「あんた、ここんちの子じゃないよね?」
文句をつけるような口調に、ちひろの心臓がきゅっと縮んだ。それでも頰に力を入れて笑顔を保った。
「ここはおばあちゃんのうちです。しばらくおばあちゃんのうちで暮らすことになりました」
用意しておいた台詞のひとつを口にした。
「親は?」
女の子はずけずけと聞いてきたが、その答えも用意してある。
「両親は埼玉にいます。いろいろ事情があって、あたしだけおばあちゃんのうちに来ました」
「事情ってなにさ」
「詳しいことはわからないけど、仕事が忙しいみたいです」
親に捨てられたんじゃないの? あんたが邪魔なんじゃないの? そんな言葉が返ってくる気がして身構えたが、女の子はなにか考えるような表情になった。
「じゃあ、親は生きてるってこと?」
「はい」
「父さんも母さんも?」
「はい」
ちひろは笑顔のまま何度もうなずいた。
親が生きているのに子供だけ祖母の家で暮らすなんて、やっぱりおかしなことなのだろう。
「あの、母はこの町で生まれたんです」
「ふうん。母さんの名前、なんていうのさ」
「望月久仁子、旧姓は塩尻久仁子です。母のこと知ってますか?」
「知るわけないしょ」
女の子は不機嫌そうに吐き捨てた。
「あ、ですよね」
ちひろは笑みを広げ、さっきよりも激しくこくこくうなずいた。
「ちひろちゃん」
「はい」
「だよね」
「はい。望月ちひろです」
「あたし、赤井三葉。三葉のクローバーの三葉」
「あ、はい」
「三葉ちゃん、って呼んでいいよ」
女の子からさっきの不機嫌さは消えている。怒っているのではなく、少し乱暴な人なのかもしれない。
「ちひろちゃんは何年生?」
「五年生です」
「あたしは中二。おねえさんだね」
「あ、はい」
「友達できた?」
「まだです。一昨日、来たばかりだから」
友達どころか、この町に来てからまだ祖母以外の人と言葉を交わしたことがなかった。
「このへん、年寄りしかいないもんね」
「そうなんですか?」
「友達になってあげるよ。嬉しい?」
「はい。嬉しいです」
くちびるをさらにつり上げ、こくこくうなずく。
「これからどっか行くの?」
三葉は、ちひろのピンク色のポシェットにじろっと目をやって聞いてきた。
「いえ。特には」
そう答えたのは、ポシェットのなかの財布を取られたらどうしようと思ったからだ。
じゃあさ、と三葉はもったいぶった口調になった。
「特別に秘密の場所に連れてってあげようか」
ちひろは、秘密の場所、と復唱することで時間を稼いだ。行きたいのか行きたくないのか、自分でもわからなかった。
とっさに頭に浮かんだのは、連れていかれた先でひどい目に遭うんじゃないかということだった。その一方で、「特別に」「秘密の」という単語に心をつかまれてもいた。ちひろはまだこの町の退屈で陰気な表情しか見ていなかった。
ちひろの答えを待たずに三葉は歩きだした。「早く。こっちこっち」と手招きをする。
三葉は坂の上へと向かっている。
──ここより上のほうには行かないように。
祖母に言われたことを思い出した。どうして? と聞いたちひろに、家が少なくて物騒だから、と祖母は答えた。
祖母の言いつけを破って大丈夫だろうか、と不安がちひろの鼓動を速くさせた。しかし、いまさら断ったら嫌われてしまうだろう。迷いながらも三葉についていくことにした。
坂の上のほうにも家はあるが、雑草が生い茂った空き地が目立ち、その先はうっそうとした山につながっている。この町は上へ行くほど暗くなっていくように感じられた。
「ちひろちゃん。早く、こっち」
体ごと振り返り、三葉がまた手招きをした。黒い瞳を輝かせて笑っている。その顔にも声にも親密さが感じられた。不安は一瞬でかき消え、ちひろは泣きたい気持ちになった。ほんとうに「特別に」連れていってもらえるのだと足取りが軽くなった。
山の少し手前の十字路を左に曲がった。その脇道に民家はなく、右側には木々が茂り、左側には雑草が伸び放題の空き地が続いていた。ちひろの耳のなかで、蟬のヒステリックな鳴き声が膨らんでいく。
「ここ」と、三葉が右側を指さした。
木々のあいだに長い石段が延びている。てっぺんには鳥居らしきものが見える。
「神社、ですか?」
三葉は答えず、含み笑いを見せてから背後をうかがった。そのしぐさから、人に見られてはいけないらしいとちひろは察した。だから秘密の場所なのだろう。
三葉は、「しーっ」と人差し指をくちびるに当ててから石段を上っていく。ちひろも続いた。両側の木々が濃い影を落とし、空気はひんやり湿っている。何段あるのか数えていたのに、四十を過ぎたあたりでわからなくなってやめてしまった。
古そうな木の鳥居をくぐると、体育館くらいの開けた空間があった。地面には灰色の砂利が敷きつめられている。
正面に小さな拝殿。右側には崩れかけた小屋。手前には石柱のようなものがふたつ立っている。あるのはそれだけで、ちひろの目には捨て置かれた場所に見えた。
「よし。誰もいないね」
三葉がやっと声を出した。
「ここって神社ですよね?」
「そうだよ。闇神神社。ここに来たこと誰にも言わないほうがいいよ」
「どうしてですか?」
「まあ、そのうちわかるよ」
三葉は意味ありげににやついた。
ここが秘密の場所なのか。ちひろは落胆した。神社なんて地図に載っているのだからみんな知っているはずだし、誰でも行ける場所じゃないか。
そう思ったのを見透かしたように三葉は、「秘密はここからだよ。おいで」と拝殿の右にある小屋へ向かった。三葉の歩調に合わせて、ざ、ざ、ざ、と砂利が鳴った。
小屋は廃墟のたたずまいだが、かつては納屋として使われていたようだ。建物全体が傾いているせいで板の合わせ目は隙間だらけで、高いところにひとつだけある小さな窓はガラスが割れ落ちている。
木製の引き戸には頑丈そうな南京錠がかかっていた。どうやってなかに入るのかと思っていたら、「絶対に秘密だよ」と三葉は念を押すようにささやき、小屋の裏にまわった。裏は笹藪になっていたが、人が踏みしめた跡があった。
「ここだけ外れてるんだよね」
そう言って三葉は一枚の壁板を外し、細い隙間に体をねじ込んだ。
ちひろは三葉に続いてなかに入った。
湿った空気と、黴と土と緑のにおい。八畳くらいの広さで、なにもない。腐った床板を突き破って雑草が生えている。板の合わせ目から、凝縮された夏の光が細いビームのように何本も射し込んでいる。ただそれだけだ。
あんなにもったいぶっておいて、秘密の場所というのはこの崩れそうな小屋のことだったのか。つまり、秘密基地や隠れ家といった意味なのだろう。
中学生のくせに子供っぽいな。田舎の子だからかな。
そう思ったのを悟られないように、ちひろは首をぐるりとまわして「すごーい」と言った。
「なにがすごいのさ」
突き刺すような声が返ってきた。
え、と三葉に目を戻すと、冷たい視線とぶつかった。
「あたし、まだなにも説明してないけど」
三葉の声はちひろを責めるように聞こえた。
「あ、ちがうんです」
ちひろは慌てて言った。鼓動が速くなり、こめかみのあたりがきゅっと縮んだ。浅くなった呼吸のせいで、空気が体に入っていかない。
「秘密基地みたいだな、と思って。なんだかすごいな、って。だって、こんなところ見たことないから」
声が震えたことは悟られなかったらしい。三葉は真顔でちひろを見据え、やがて、ふうん、と乾いた声を出した。
「子供みたいだね」
そう言って少し笑うと、「あ、そっか。まだ子供だもんね」と目を細め、急に大人っぽい表情になった。
「はい。五年生です」
あははは、と笑いながら、ちひろは子供っぽく見えるように顔の横で五本の指を広げてみせた。
「しーっ。声大きいって」
三葉が人差し指をくちびるに当てた。
また失敗したかと緊張したが、三葉は怒っていないようだった。
「さっきも言ったけど、ここ秘密の場所だから誰にも見つからないようにね。人が来たら砂利の音がするからわかるけど、なるべく小声でね。いい? わかった?」
ちひろは、はい、と小声で答えた。
「ここからが秘密だよ」
三葉のささやきが儀式めいた響きに聞こえ、ちひろは無意識のうちに唾をのみ込んだ。
三葉はゆっくりとした動作で、ジャージのポケットに手を入れた。取り出したのは赤いお守り袋だった。ちひろに見せつけるように紐をほどき、なかに入っていたものを手のひらの上に転がした。
小指の爪ほどの薄灰色のものがのっている。
「は」
三葉が言った。
「は?」
「はだよ」
「この歯ですか?」
ちひろが自分の口もとを指さすと、三葉は重々しくうなずいた。
ちひろはちょうど歯の生え変わりの時期で、このあいだ下の犬歯が抜けたばかりだった。それなのに、三葉の手のひらにのったそれがすぐに歯だとわからなかったのは色と質感がまるでちがうからだ。ちひろの抜けた歯が白くてつやがあったのに対し、それは灰色にくすんでいた。
どう反応すればいいのか困った。この歯がなんなの? というのが正直な気持ちだったが、そのまま言葉にすれば三葉は気を悪くするだろう。すごーい、でもないし、わかるわかる、でもないし、もちろん、かわいい、でもない。正解を見つけられず、とりあえず思いついた質問を投げかけることにした。
「これ、み、三葉……ちゃん、の歯なんですか?」
三葉の表情をうかがいながら慎重に声にした。
さっき、三葉ちゃんって呼んでいいよ、と言われたが、年下のくせに生意気、とか、なれなれしい、とか思われないだろうか。かといって、三葉さんと呼んだら、なんで言われたとおり三葉ちゃんと呼ばないのか怒られるような気もした。
「ううん。あたしのじゃない」
三葉は、ちひろの混乱と緊張に気づかずあっさりと答えた。それきり沈黙をつくる。
「じゃあ、誰のですか?」
ちひろは、三葉が求めていると思われる質問をした。
「ここで見つけたんだ」
質問と嚙み合わない答えだった。
三葉の手のひらは赤みがあって少し汗ばみ、田舎の子の手という感じがした。手相がくっきりと刻まれ、縦にまっすぐ走る線は手首に届きそうなほど長い。これは生命線だからこの子はすごく長生きしそうだ、と思った。
「この町の人たちを信じないほうがいいよ」
三葉はそう言って、ちひろの視線から守るように歯をそっと握った。そのままお守り袋に戻し、えんじ色のジャージのポケットに入れた。
この町の人たちを信じないほうがいい──。
その言葉がちひろの胸にゆっくりと染み渡り、うっすらとした恐怖が呼び起こされた。
「どういうことですか?」
「みんなでグルになって殺したからだよ」
意味がわからないのに、ちひろの背中に鳥肌が立った。唾をのみ込もうとしたが、筋肉が固まって喉がぴくっとしただけだった。
「ちひろちゃんはこの町の子じゃないから、特別に教えてあげる」
三葉は体をかがめてちひろと目の高さを合わせた。黒く輝く瞳が迫ってくるように感じられた。なにかとんでもないことを聞かされる予感に、ちひろの体に力が入った。
「あたしが持ってる歯は、ここで殺された人の歯なんだよ」
え? と聞いたつもりなのに、空気が漏れた音になった。
「そう、ここ。ここに歯が埋まってたんだ」と三葉は地面を指さし、「あんたのおばあちゃんから聞いてない?」と続けた。
「聞いてないです」
からからの口から上ずった声が出た。
「まあ、聞いてもとぼけるだろうけどね。だってこの町の人たちが殺したんだから」
ちひろをまっすぐ見つめる黒い瞳は、おまえの祖母もその一員だと責めるようだった。
「死体もここに埋まってるはずだよ。でも、もうとっくに骨になってると思う。かなり深く埋めたみたいだから掘り起こすのは大変だろうね」
三葉は腐った床板を踏み鳴らした。
「誰が殺されたんですか?」
口のなかがますます渇いて声が掠れた。
「女の人。きれいな人だよ」
まるでその人をよく知っているような口ぶりだ。
「その人はどうして殺されたんですか?」
「この町に合わない人だったから」
「合わない、って?」
「あんたはこの町の子じゃないからわかんないよ」
三葉の答えはふたりのあいだに線を引くようだった。
「でもっ」と、ちひろは勢い込んだ。いままで頭から追い払っていたこと、絶対に口にしたくなかったことが、喉もとまでせり上がっていた。
三葉はこの町ではじめて声をかけてくれた人だ。秘密を教えてくれた。秘密の場所にも連れてきてくれた。だから、自分も秘密を教えないといけない気がした。
息を吸い込むと、喉を塞いでいたものがあっさり外れた。でもっ、とちひろは言い直した。
「うちのママとパパ、離婚すると思うんですよね。ふたりともあたしなんかいらないんじゃないかな。あたしのこと邪魔だと思ってるんですよ。だって、普通、子供だけを遠いところに預けたりしないでしょ。あたし、ママにもパパにも嫌われてるんです。ママなんかあたしの手相を見て、あんた生命線が短いから早く死ぬかもね、かわいそう、って笑ったことがあるんですよ。ひどくないですか?」
さっき三葉の長い生命線を見たときに思い出したことだった。意地悪そうに笑う母を見て、保険金目当てに殺されるのではないか、と思ったことだけは言葉にできなかった。
「だから、あたし、いつまでこの町にいるのかわかんないけど、もしかしたらこのままずっとおばあちゃんのうちにいるかもしれないんですよね」
「ほんとの子じゃないんじゃない?」三葉はあっさりと言った。「ちひろちゃんさ、きっとほんとの子じゃないんだよ」
「いや、それは……」
そんな子供じみた考えはとっくに捨てていた。
「わかるよ。だって、あたしもほんとの子じゃないから」
「え?」
三葉は真顔だが、その言葉を信じていいのかどうか判断できなかった。
「特別に教えてあげる。ちひろちゃんだけに教えてあげる。誰にも言っちゃだめだよ。いい?」
まばたきをやめた目がちひろを捕らえた。
巨大な舌に背中を舐め上げられたようにぞくっとし、理由の知れない恐怖が毛穴をざわざわさせた。
「あたしはここで殺された女の人の子供なの。だから、あたしにはやり返す権利があるの」
三葉はそう言って、お守り袋をしまったポケットを手で押さえた。
目には目を、という言葉がちひろの頭に浮かんだ。三葉はそういうことを言っているのだろうか。
「いつかみんなまとめて殺してやるんだ」
ちひろの心を読み取ったように三葉が言い切った。気負いも迷いもない澄んだ声だった。
(つづく)
特集『レッドクローバー』
シリーズ累計40万部突破『あの日、君は何をした』の著者、まさきとしかさん書き下ろし長編『レッドクローバー』特集記事です。
北海道の灰色に濁ったゴミ屋敷で、一体何があったのか。
極上ミステリ!