元ネスレ日本代表をつとめ、現在はビジネスプロデューサー・マーケターとして多くの企業を成長に導いている高岡浩三さん。近著『イノベーション道場』では、「ネスカフェアンバサダー」「キットカット受験生応援キャンペーン」など、数々の革新的サービスを世に送り出してきた高岡さんの経験から練り上げられた、「イノベーションを生み出す手法」を惜しみなく公開しています。現状打破を考えるビジネスパーソンなら必読の本書より、内容を一部ご紹介します。
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そもそも「マーケティング」とは何か?
先ほどから、私は問題を諦めている人を「消費者」と言ってきました。
ここで、消費者を「顧客」と言い換えます。
つまり、イノベーションは「顧客の諦めている問題」を解決することです。なぜ消費者を顧客と言い換えたか。それを理解しなければ、イノベーションを理解することもできません。
その前提として、マーケティングを理解することが不可欠です。
私はネスレ日本の社長に就任したとき、3000人ほどの社員に対して声高に叫びました。
「マーケティングの会社になろう」
「そして新しいイノベーションをつくっていこう」
しかし、当時の社員の反応は芳しいものではありませんでした。私がマーケティングやイノベーションの知識をわかりやすく伝える術を持っていなかったからです。
会社をリードする私自身が、イノベーションやマーケティングの定義を部下に説明できなければ、社員を変えることはできません。そのような背景から、マーケティングとイノベーションについて深く、真剣に考えてきた経緯があります。
とはいえ、マーケティングの大家であるフィリップ・コトラーさんの本に書いてあるような学術的な説明をしても、大学で専門的にマーケティングを学んできた社員はごくわずかなので、社員全員にわかってはもらえません。誰にでも理解でき、腑に落ちる説明を考えに考えた挙げ句、至った結論が、顧客の問題に焦点を当てることでした。
マーケティングは、顧客の問題を解決することによって市場で付加価値を生み出すプロセスの総称です。市場調査や広告など、狭義のマーケティングをマーケティングと理解している人が少なくないようですが、それは違います。
このように説明すると、マーケティングに携わったことのない人でも理解できると思いますが、本書で重視したいのは顧客の定義です。
顧客とは、BtoCの企業にとっては自社製品や自社サービスを買っていただくお客さまで、BtoBの企業にとっては自社製品や自社サービスの販売先のお客さまです。
ここまでは、ほとんどの人が把握していると思います。盲点になるのは、間接部門にもそれぞれの顧客が存在する点です。
どんな部署でもイノベーションは生み出せる
企業に所属するビジネスパーソンが必ず関わる間接部門は人事部でしょう。おそらくどのような会社でも、人事部の仕事内容はだいたいわかると思います。
それは、人事部にとっての顧客がその企業の社員、つまりあなた自身だからです。意識的か無意識的かの違いはありますが、人事部の職員は顧客である社員に対してサービスを提供する立場にあるため、よりわかりやすく説明する習慣が身についているのです。
ただ、人事部でも部門によって若干の違いがあります。採用部門の顧客は、自社の社員よりも新卒の学生や他企業で転職を考えている人などが考えられます。
サプライチェーンにも同様の構造が存在します。購買部門の顧客はメーカーであり、配送部門の顧客は倉庫会社や運輸業になります。このように、ひとつの部署でも部門ごとに顧客が違うこともあるのです。
ただひとつ断言できるのは、顧客を持たない間接部門は絶対に存在しないということです。だからこそ、顧客が諦めている問題を解決し、イノベーションを生み出すことは、どの部門でも考えることができるはずなのです。私があえて消費者を顧客と言い換えたのは、ここに狙いがあります。
マーケティングは、こうした多種多様な顧客の問題に焦点を当てることです。
この顧客の問題は、二通りあります。ひとつは、顧客が認識している問題です。顧客が認識している問題は消費者調査を行うと出てくるもので、その問題解決は先ほどお話ししたリノベーションに該当します。
もうひとつがイノベーションに相当しますが、では、イノベーションはどのような顧客の問題の解決なのでしょうか。それは、主に次の三種類の問題と考えられます。
- 聞かれても答えられない問題
- 頭に浮かんでこない問題
- こんな問題は解決できるはずがないと諦めている問題
これら三種類の問題を、本書では「顧客の諦めている問題」と総称します。
この顧客の諦めている問題は、当の顧客本人は問題として認識していません。だから顧客の口から出てくることは一切ありません。
しかしながら、この表面化していない顧客の諦めている問題をあぶり出し、絶対に解決しなければならない問題として捉え、解決に導く。このプロセスから生まれる成果が、イノベーションになるケースが多いのです。
なかでも重要なのが、表面化せず、あやふやで、潜在的に眠っている、顧客が諦めている問題をあぶり出して整え、問題として定着させるプロセスです。私は、このプロセスがイノベーションの成否を決定づける極めて重要なポイントになると考えています。
ビジネス界では、問題解決を重視する風潮が続いています。もちろん、問題解決が重要であることは疑う余地のない事実です。
ただ、ことイノベーションに関しては、問題解決能力よりも問題発見能力に優れた人のほうが成果を出している。それが現場にいる人間の実感です。
イノベーション道場
元ネスレ日本代表をつとめ、現在はビジネスプロデューサー・マーケターとして多くの企業を成長に導いている高岡浩三さん。近著『イノベーション道場』は、「ネスカフェアンバサダー」「キットカット受験生応援キャンペーン」など、数々の革新的サービスを世に送り出してきた高岡さんの経験から練り上げられた、「イノベーションを生み出す手法」を惜しみなく公開しています。現状打破を考えるビジネスパーソンなら必読の本書より、内容を一部ご紹介します。