元ネスレ日本代表をつとめ、現在はビジネスプロデューサー・マーケターとして多くの企業を成長に導いている高岡浩三さん。近著『イノベーション道場』は、「ネスカフェアンバサダー」「キットカット受験生応援キャンペーン」など、数々の革新的サービスを世に送り出してきた高岡さんの経験から練り上げられた、「イノベーションを生み出す手法」を惜しみなく公開しています。現状打破を考えるビジネスパーソンなら必読の本書より、内容を一部ご紹介します。
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イノベーションはこのようにして起こす
プロジェクトチームは、基本的にもう先に進めないと諦めていました。しかし、私は諦めていませんでした。その根拠は、九州のスーパーでの売り上げが、毎年1月、2月だけ突出して伸びている事実です。
「九州では、受験生にキットカットを贈る習慣がある」
最初にその事実を教えてくれたのは、鹿児島でもっとも大きなリージョナルチェーンの社長でした。その社長が、顧客に直接聞いたというのです。
「キットカットと、きっと勝つ(方言で『きっと勝っとう』)を掛けている」
売り上げと関係なければ、私も一部の地方で流行しているだけの話と聞き流していたでしょう。ところが、実際に普段より売り上げが伸びているのです。そこには何かがあると感じました。
そこで、お客さま相談室に寄せられた声を集めてみました。すると、ちらほらと似たような声が寄せられていたのです。
「甲子園に出場する野球部のマネジャーが、部員全員分買って現地に持っていった」
「名古屋のパチンコ店がキットカットのロゴを使わせてくれと言ってきたが、ネスレ日本が断っていた」
もちろん、そんな声は全体から見ればゼロに近い割合です。でも、これを広めればもっとたくさんの人が買ってくれるのではないか。0.1%の人しか知らないものを5%、10%と広げていくと、すごいことにならないか。だから、やる価値はある。
とはいえ、方法論が浮かびません。
手っ取り早いのは、もちろん広告です。でもそれは使えません。そこで目をつけたのがインターネットです。まだSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)はなく、ブロードバンドの登場とともに、ブログを書く人が徐々に増えてきた時代でした。
インターネット時代になったこと、そして個人のブログが情報源としてマスコミにもウォッチされるようになったこと。まだ期間はそれほど経っていませんでしたが、世の中の趨勢から、新しい現実になりそうな雰囲気は感じられました。
ちょうど今でいう、コロナ禍におけるリモートワークのような存在でしょうか。インターネット時代は不可逆的に進むという予測は、誰の眼にも明らかだったからです。
この新しい現実から、私たちの諦めていた問題が明らかになりました。
「テレビコマーシャル以外に、効果的な広告手段なんてあるのだろうか」
そこから、次のような発想が生まれました。
「お金を使ってテレビで広告を流して売れた例しがない。だったら、インターネット上で口コミを拡散してもらえないか」
これが問題に対するソリューションです。では、どのような口コミを拡散してもらうのが効果的か。ブロガーは、ただの宣伝を書いてくれるはずがありません。彼らが書きたくなるような「ネタ」を提供しなければならない。私たちは考えに考えました。浮かんだのは「ニュース」です。
「受験生のお守り」になったキットカット
自分は面白いネタを知っている。そのことを自慢したい。自分だけが知っているのはもったいない。みんなにも知ってもらいたい。
これがブロガーの心理だと思ったのです。だとしたら、キットカットと「きっと勝つ」というムーブメントを、どのようにしたらニュースに仕立てられるか。このテーマについて、さらに深く考えました。とくにこだわったのが、インターネットで拡散されやすいかどうかという視点です。
さまざまな仕掛けを試みました。
合格電報になぞらえ「キット、サクラサクよ」というメッセージを入れたパネルをつくって店頭に置きました。受験と言えば予備校。予備校の売店にキットカットを置いてもらいました。いずれも失敗です。
新たに生まれたアイデアは、ホテルとのコラボレーションでした。当時、地方に住む受験生は、居住地から離れた大学を受験する場合、ホテルに宿泊して複数の大学の入試に臨むのが普通でした。今のように、地方で受験できる環境はまだありませんでした。そこで次のような取り組みを考えたのです。
「宿泊している受験生が試験に行く前に、ホテルの人からキットカットと『キット、サクラサクよ』のメッセージが入ったポストカードを手渡してもらう。そのとき、ホテルの人には『がんばってくださいね』とひと言添えてもらう」
ほとんどのホテルに断られますが、新宿の京王プラザホテルとワシントンホテルだけが引き受けてくださった。結果は好評。引き受けてくださるホテルは年々増加し、ひとつのニュースをつくることができました。
しかし、まだインパクトに欠ける。もっと強いニュースをつくろうとしていたとき、私の知らないところで光明となる現象が生まれていました。
1月中旬に行われるセンター試験(現在の大学入学共通テスト)。受験生が最初に取り組む難関です。全国各地で行われますが、東京のいくつかの試験会場のゴミ箱に、キットカットの空箱が多く見られたそうです。
その現象が、ブログでささやかれます。
「受験生は試験会場にキットカットを持っていく」
はじめはそれほど反響がなかったものの、そのブログを読んだ朝日新聞の記者が、コラム「青鉛筆」に取り上げてから一気に広がりました。
そのコラムを、翌朝の情報番組が取り上げます。当時の新聞とテレビの影響力は絶大でした。すぐにセブン-イレブンの担当者から「品ぞろえしたいからキットカットを入れてくれ」という電話がかかってきたほどです。
このニュースが広まることで、キットカットは「受験生のお守り」というブランドイメージを確立していくことになります。
イノベーション道場
元ネスレ日本代表をつとめ、現在はビジネスプロデューサー・マーケターとして多くの企業を成長に導いている高岡浩三さん。近著『イノベーション道場』は、「ネスカフェアンバサダー」「キットカット受験生応援キャンペーン」など、数々の革新的サービスを世に送り出してきた高岡さんの経験から練り上げられた、「イノベーションを生み出す手法」を惜しみなく公開しています。現状打破を考えるビジネスパーソンなら必読の本書より、内容を一部ご紹介します。