モノを創作する全ての人、必読!! 講談社内の“伝説の私家版”『漫画編集者のための教科書』をアップデートした完全版――『「少年マガジン」編集部で伝説の マンガ最強の教科書 感情を揺さぶる表現は、こう描け!』(石井徹著、幻冬舎刊)。秘伝満載の本書から、一部を抜粋してご紹介します。(毎週火曜更新/全5回)
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キャラクター設定について
当然ですが、キャラクターの初期設定は、ひじょうに大事です。設定の中でも特に「顔」がいちばん大事です。これには漫画家もかなり頭を悩ませます。主要キャラクターの顔は第1話から出てくるから、その好感度が高くないと致命的。まず漫画家に描いてもらって、その中に個性的な顔があれば、なんの問題もない。漫画家本人の中にイメージが出来上がっているのだから余計なことをしてはいけない。しかし、そうでない場合が、大問題です。
編集者が漫画家に「人物を描いてみて」と言って、どこかで見たような薄っぺらな顔つきが出てくることは少なくない。
例えば「強い人を描いて」と言うと、ただゴツイ顔が出てくるだけで、人物に重みがない。こんな経験は漫画の編集を2、3年経験した人なら何度かあるでしょう。強い人が優しげな顔をしていることもあるはず。目だけで印象を深めることも可能です。しかし、そういう存在感のある人物を描くのは、キャラクターをゼロから作り上げることなので、漫画家にとって、ことのほか難しい。
では具体的にどうすればいいか。最も多く用いられるのは、実在の人物をモデルにすることです。有名なところでは、武論尊[原作]+原哲夫[画]『北斗の拳』(「週刊少年ジャンプ」1983~1988年連載)の主人公のケンシロウ。彼は松田優作とブルース・リーを参考にしたと言われています。
「顔」が決まれば、性格も演出もほとんど決まる。ケンシロウは、闘いの際の「アタタタタタタターッ」の声を発する以外の普通の状態では、言葉も少なく動きも少ない。目で演技をする。画面の中の松田優作とブルース・リーを見れば納得できる。彼らの美学を抽出して漫画用に変換しています。
一方、私には、高森朝雄(梶原一騎)[原作]+ちばてつや[画]『あしたのジョー』(「週刊少年マガジン」1967~1973年連載)の力石徹のモデルが誰なのか昔から不思議でした。『あしたのジョー』で力石だけが他のキャラクターとは顔が違います。やや鷲鼻で、顎が突き出ている。しかも目が大きく、彫りも深く、髪は巻き毛です。西洋人みたいなのです。エラも張っていて直線的な輪郭になっている。
高校の世界史の教科書にナポレオンの肖像画がありました。やけに力石徹に似ている。14年前、ちばてつやさんと仕事する機会があったので訊いてみました。やはりナポレオンがモデルでした。顔に存在感というか、味を持たせるために、ちばさんが試行錯誤していた時に、世界史の教科書のナポレオンを思い出したというのです。これが大成功だった。主人公を食う対立概念になって、ジョーと人気を二分する人物になった。
いいキャラクターは、ひょんなところから生まれる可能性が高い。私の経験でいうと、ある時、よく知る漫画家が漫画を持ってきました。あまり面白くなかったが、そこに数コマしか出てこない中年の脇役には妙に味があった。そこでその脇役を高校生に変えて、主人公にしてみたら大当たりしました。それが所十三『名門! 多古西応援団』(「月刊少年マガジン」1984~1992年連載)です。
いいキャラクターは、どこに隠れているのかわからない。いいキャラクターが見つかれば、それを具体的にどうしたら面白いかといろいろ考えが浮かびます。漫画のどこかに隠れているかもしれないし、ちばさんのように漫画家の記憶の中にナポレオンが隠れていることもある。それを見つけ出すのがヒットの近道です。
私が担当した漫画家には、最初からキャラクターイメージが出来上がっていた人はあまりいませんでした。そこで私は常時、芸能人年鑑、スポーツ年鑑、そして社員アルバム(講談社にはある)を用意しました。その中からモデルを見つけるためです。テレビや映画に出ている人は、だいたい年鑑に載っている。よって漫画家との間に、具体的な共通イメージを容易に持てるわけです。あと昔は映画雑誌のスター俳優たちの写真を切り抜いてスクラップブックにもしていました。
これらの中から主人公やその他の登場人物をよく決めました。言葉だけで顔やら性格やら語っても漫画家に人物造形はなかなか伝わらないものです。例えば阪神タイガースの選手をモデルにすると、年鑑には略歴があるので、およそのバックボーンもわかります。漫画家もその選手がテレビに映るたびに、真面目そうか横柄か、などのイメージが頭の中で固まっていく。そういうトレーニングを経て鉛筆画を描いてもらう。
社員アルバムの中からキャラクターを作った時は、さらに具体的でした。講談社の社員は約1000人もいる。登場人物のイメージにピッタリという人も中にはいた。もちろん私はその人を知っているので、写真を見せながら、彼はこういう人だと説明する。なにしろ、中には社内のそのへんを歩いていたりする人もいる。漫画家にはよく伝わります。
「顔」を決める過程で、この人はこういう顔だからきっと家庭状況はこうだろうとか、女性関係はどんなだろうとか、また勉強はどのくらいできたのだろうとか、いろいろ煮詰めていきます。
よって「顔」ができた暁には、その人物の性格や行動様式もほぼ決まる。つまりキャラクターが設定されるのです。現在はネットで、有名人の写真、略歴は簡単に手に入るので、より楽に資料が集まるはずです。
それでも漫画家が「いい顔」、つまり、いいキャラクターを作れない時は、ほかにあまり道はない。そのまま突っ走ってストーリーで勝負して、その過程でしっくりするキャラクターが熟成されるのを期待するしかありません。
主人公に魅力があることがなんといっても望ましいですが、人物造形がうまくいかなくても、ストーリーさえ面白ければ読者は読んでくれるものです。その場合、編集者はキャラクターには目をつぶりストーリーを面白くすることに努力すべきです。その方針で成功した作品もあります。もちろん強いキャラクターが出来上がったなら、もっと売れたでしょう。あとは漫画家自身の心の中でキャラクターが育つのを待つしかありません。
「少年マガジン」編集部で伝説の マンガ最強の教科書
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