モノを創作する全ての人、必読!! 講談社内の“伝説の私家版”『漫画編集者のための教科書』をアップデートした完全版――『「少年マガジン」編集部で伝説の マンガ最強の教科書 感情を揺さぶる表現は、こう描け!』(石井徹著、幻冬舎刊)。秘伝満載の本書から、一部を抜粋してご紹介します。(毎週火曜更新/全5回)
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漫画好きでない人にヒット作あり
私が知る天才的な編集者たちは、初めは漫画が好きではなかった人が意外に多い。講談社にもすごい天才が2人いたが、両人とも漫画編集部志望ではなかった。「童話を作りたい」「文芸書をやりたい」と言って入社した。
そのうちの1人、Tさんは「ヤングマガジン」の編集者だった。「ヤングマガジン」は、かつて私が所属した「月刊少年マガジン」の隣に編集部があり、Tさんとは時々、話をした。
ある時、Tさんが私に「これは絶対ヒットする」と言った作品があった。その作品を読んだ私は首を傾げました。私だけではない、他の多くの人もそうだった。バストショットが多く、しかも主人公が三白眼だった。今でこそ瞳が小さく三白眼の主人公がけっこういるが、その当時はあり得なかった。
しかし、「ヤングマガジン」のアンケートを覗いたらびっくりし、さらに1年後、ぶったまげた。この作品が、きうちかずひろ『ビー・バップ・ハイスクール』(1983~2003年連載)。講談社の漫画単行本の売り上げ新記録を樹立した。諌山創『進撃の巨人』が出てくるまで、20年以上記録は破られなかった。その後もTさんは「えっ!?」と驚く作品を世に出し、ヒットを飛ばした。常識外の嗅覚があるとしか思えない。Tさんは生涯で漫画の単行本を3冊しか買わなかったという。
もう一人の天才Kさんは、ラブコメを少年誌で初めて始めた人です。一大ブームを起こした。それが、柳沢きみお『翔んだカップル』(「週刊少年マガジン」1978~1981年連載)。少女誌でラブコメがずっとウケているのだから、少年誌でもウケると思ったのだ。先入観がまったくない。小林まこと(1958年~、代表作『1・2の三四郎』『ホワッツ マイケル』『柔道部物語』など)を見出したのもKさんで、ジャンル的に偏りがない。
Kさんは「週刊少年マガジン」編集部の在籍が長かったが、後に「BE・LOVE(ビー・ラブ)」の編集長になった。彼が編集長になってすぐに驚いたことがあった。ある時、「週刊少年マガジン」にいる私をこっそり呼び出し、絵コンテの束を差し出して言った。
「お前は『泣かせ』が得意だろ。これを読んで感想聞かせろ」
大先輩の命令なので、私はその絵コンテを一所懸命に読んだ。驚いた。第1話から直球の「泣かせ」だった。事故で失明した女性と盲導犬の話で、よくできてはいるが、大人の女性漫画誌で、これほど直球の「泣かせ」ドラマがウケるか疑問に感じた。
翌日、Kさんから、また呼び出され、それとなく感想を訊かれた。私は正直に言った。するとKさんは鋭い眼差しで「絶対ウケる!」と断言。この作品が波間信子『ハッピー!』(「BE・LOVE」1995~2010年連載)で、結果、大ヒット。女性誌としては長い連載だったのでご存じの方も多いでしょう。
女性漫画誌の編集部に行って、いきなりヒットを飛ばすのもすごいが、私が驚いたのはその制作態度です。編集長なので自分の意見を押し通すことだって可能だったと思う。でも、それをしない。
おそらく「BE・LOVE」編集部の部下にも読ませたでしょう。それでも、なお自分の感覚に疑いを持っていた。そこで他部署の、私のような若造にも感想を訊きに来た。これはなかなかできない。自分の中で確信が生まれるまで、とことん他人に訊き、考える先輩の態度に心底、感動した。
2人とも普段は人間的に面白い人と言われていた。それこそ漫画に出てくるキャラクターのようにエピソード満載。しかしそれだけの人ではない。日常生活はかなりいい加減そうに見えたが、作品づくりのスイッチが入ると別人になる。「これは絶対ヒットする」とか「絶対ウケる」と言う時の顔には凄味があり、ザ・プロフェッショナルの顔になった。
TさんもKさんも、漫画市場においてはマスのメンタリティを持っていたと思う。選挙でいうところの浮動票層です。支持政党はないが選挙に行くこともある。つまり、コアな漫画ファンではないが、漫画が嫌いでもない。まあまあ好き。
浮動票層であるこの2人が面白いと思ったら、漫画全般に好意的で評論家じみたファン層も、だいたいは面白いと思う。なにしろ浮動票層はちょっと面白いくらいじゃ買ってくれない。すごく面白くないと反応しない。そもそも漫画の読者の多くが浮動票層で、面白ければ雑誌を買う、つまらなければ買わない。「マガジン」なら「マガジン」をずっと買い続けるコアなファンではない。
「週刊少年ジャンプ」は『北斗の拳』が出て2年ほどで300万部から450万部になり、『ドラゴンボール』が出て5年で450万部から600万部に部数が増加した。つまり、そういうずば抜けて面白い作品が載れば買うが、終わったらさっさと購買を止める。こういう人が圧倒的に多い。
事実、650万部になった「ジャンプ」は、『ドラゴンボール』など主力作品が終了した1995年から部数は激減して、2年後には250万部も落として400万部になった。さっと逃げたのは間違いなく浮動票。浮動票層は怖い。衆議院選挙での民主党の、2009年の歴史的勝利、そして2012年の歴史的大敗を見てもわかるとおりです。
しかしこの浮動票層、つまりコアな漫画ファンではなく「まあまあ漫画が好きな人々」を取り込まないと大部数は望めない。
漫画をあまり知らずに漫画部署に配属された人は、浮動票層の気持ちがわかる。今までの作品に縛られない。こういう映画があったなとか、こういう小説もあったな、と発想が多岐にわたる。今までになかったタイプの漫画だっていい、と思える。
一方、漫画を熟知する人は、漫画とはこういうものだという固定観念を持ちやすい。過去の作品で頭がいっぱいで、自分が新しい作品を作ることを忘れる。今までの漫画から発想するので、出来上がってもどこかしら見たことのある作品になる。今までにあった漫画の焼き直しなら縮小再生産に陥る可能性が高い。漫画は歌舞伎や文楽じゃない。いつしか誰も読んでくれなくなる。
もちろん漫画に精通しつつ多くのヒット作を作った人も大勢いる。しかし、よく話を聞くと、すさまじく映画を観たり小説を読んだりしている。
すでに紹介した私の後輩にN君という天才がいた。彼の知識量はすごかった。漫画もひじょうにたくさん読んでいて知らないものがない。しかし、もっとすごいのは映画に関する知識だった。映画はアカデミー賞受賞作品はもちろんB級ポルノ映画やVシネマに至るまで、ありとあらゆる作品を観ていた。戦前の無声映画にまで詳しかった。映画やドラマが心底、好きなんだとわかる人だった。
N君は新入社員で入って、最初の打ち合せで、いきなりアイディアを出してきた。そんな人は後にも先にも見たことがない。引き出しがやたら多かった。
漫画を知らない人だろうが、よく知っている人だろうが、漫画だけを読んでいてヒット作を作った人というのはあまり聞いたことがない。
※血肉となる実践だらけの本書、続きはぜひお手にとってお楽しみください。
「少年マガジン」編集部で伝説の マンガ最強の教科書
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