アメリカ主導による有人月面着陸計画「アルテミス計画」、民間ベンチャーによる月面探査機打ち上げなど、宇宙開発の中でも特に注目度の高い「月開拓」。なぜ国や企業は「月」に注目しているのでしょうか。
最前線の月探査プロジェクトに携わる佐伯和人さんの著書『月はすごい 資源・開発・移住』(中公新書)から、各国・各企業の取り合いになるであろう「場所」という資源について抜粋してお届けします。
日中の日なたは120度、夜はマイナス170度 寒暖の差が激しい月面
月面には大気がないので、寒暖の差が激しい。例えば日中の日なたの地面は120度Cであるのに対し、日陰の地面はマイナス80度Cという低温だ。地球は大気が熱を運んで平均化してくれているが、月面ではその効果が働かないので、このような極端な寒暖差ができる。
日なたの地面では目玉焼きが焼けるほどの熱さなのに、日陰の地面は、あらゆるものが凍り付き、地球用の機械や装置はほとんどが動作不能になる極低温の世界なのである。
アポロ宇宙飛行士が月面で活動できたのには、宇宙服に秘密があった。宇宙服の中に水を循環させるパイプが仕込んであり、日が当たる側で温められた水が陰の側で冷えることで、寒暖の差を平均化していたのである。また。宇宙服の顔面のガラスも太陽からの光のほとんどを反射するようにできている。大気で弱められることなく降り注ぐ強い太陽光は、宇宙飛行士の目や顔を火傷させてしまうのである。
月の夜の寒さも厳しい。地面の温度はマイナス170度C前後となる。月の夜は2週間も続くので、月に着陸した探査機は特別な保温対策をしないと、夜の間の低温環境で壊れてしまう。太陽が当たらないので太陽電池で発電して電気で暖めることもできない。いかに月の夜を乗り切るかという技術には特別な名前がついていて、「越夜技術」と呼ばれている。大切な装置をレゴリスに埋めたり、断熱材で囲ったりして、冷えにくくする技術や、電池の電力で暖める方法などが含まれる。原子力電池という、放射性物質を使った電池が最も効果が大きい越夜技術であるが、これは日本では使えない。このことについては、後で詳しく述べる。
月の北極や南極周辺にある「高日照率地域」
第2章で解説したとおり、月の夜は極寒の世界が2週間も続くので、越夜をすることは技術的にとても高いハードルとなる。第3章で永久影を紹介したが、同じように、「かぐや」探査以前は、永久日なたもあるのではないかと期待されていた。月の北極や南極周辺では、太陽が常に地平線付近にいるために、小高い丘のようなところであれば、ずっと太陽の光が当たり続けるのではないかという予想である。
「かぐや」のレーザー高度計によって、月の地形が詳しく計測され、そのデータをもとに、太陽と月の位置関係をシミュレーションした結果、残念なことにずっと日が当たり続ける永久日なたは存在しないことがわかった。その代わりに、年間を通して80パーセント以上の期間日が当たり続ける高い日照率の地域があることがわかった。これを高日照率地域と呼ぶ。
この地域では、日が当たっているうちに太陽電池で発電してバッテリーに充電しておき、日陰の時期にバッテリーの電気で装置を暖めて極寒の時期をやり過ごすことが容易にできそうだ。探査機を着陸させるにも、有人基地をつくるにも、最適な場所と言える。
しかし、高日照率地域では、太陽は地平線近くにあることになる。つまり地面に平行に太陽電池パネルを置くと、光が斜めから当たることで薄まって、充分な発電量が得られなくなる。そのため、太陽電池を帆船の帆のように上げて、ひまわりのように太陽を向くように動かして発電することになる。図21の極域探査の想像図の太陽電池パネルの位置をもう一度確認していただきたい。
「かぐや」の探査で、ある程度まとまった面積の高日照率地域は、わずかに5ヵ所しかないことがわかった。まとまった面積とは言っても、せいぜい1辺数百メートル四方程度の狭い面積である。このうち月の表側にあるのはたった2ヵ所である。表側は地球が常に見える側、すなわち地球と常に直接電波で交信できるところなので、基地としての価値も上がる。
月の氷を探査する極域探査のための着陸船の着陸地点も、高日照率地域が選ばれやすい。ただし、極域探査の場合は、着陸地点が広い高日照率地域であることも重要だが、そこから無人探査車が永久影に移動する経路に高日照率地域が狭くとも続いていることが優位となる。そのため、前述以外の狭い高日照率地域や、あるいは日照率はやや落ちても広い土地とか、探査する限られた日程の間日照があればよいと割り切って永久影に近いところが着陸地点に選ばれる可能性もある。
高日照率地域がある極域は、太陽高度が常に低いので、ほんのわずかでも場所が逸れると逆にほとんど日光が当たらない場所だ。そのようなところに着陸してしまったら、太陽光発電量が足りなくなって探査計画そのものが失敗に終わるおそれもある。第3章で紹介した日本とインドとの共同月極域探査計画の場合、着陸精度として、目標地点に対して半径50メートル以内が求められている。日本は2021年度の小型月着陸実証機SLIMで半径100メートル精度の着陸実証を世界で初めて行う予定である(編集部注:2023年度に延期されました)。高日照率地域の探査や開発のためには、高精度着陸技術が必須なのだ。
取り合いになる「場所資源」
ここで、取り合いになる資源と、取り合いにならない資源を整理しておきたい。取り合いになるのは、限られた場所に存在するものだ。先に開発をはじめた国や企業に独占される可能性がある。取り合いにならない資源というのは、広範囲に存在し、取り合う必要がないものである。
ここで断っておくが、独占という言葉にあまり悪い意味を込めるつもりはない。宇宙開発はコストが極端に高いだけでなく、リターンがある保証はない。ハイリスクに挑んだ国や企業が、ある程度独占的に利益を得られる仕組みをつくらなければ、宇宙開発は先へ進まない。
虎穴に入ったものが虎児を得るのは、ある意味平等なシステムであると私は考えている。どこに虎児がいるのかは、これから説明しよう。
まず、あきらかに取り合いになるのは、繰り返し述べた高日照率地域である。北極もしくは南極地域の小高い丘のような地形で、数百メートル四方といったわずかにまとまった区画が全月面で5ヵ所ほどしかない。一度探査機が降りてしまうと、別の探査機が近くに着陸することは困難なので、最初の探査機を降ろした国や企業が事実上その地域を独占することになる。2020年代にはさまざまな国が極域をめざした探査を計画しているので、高日照率地域はさっそく取り合いの状況を呈するであろう。
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この続きは中公新書『月はすごい 資源・開発・移住』をご覧ください。
月はすごい 資源・開発・移住
アメリカ主導による有人月面着陸計画「アルテミス計画」、民間ベンチャーによる月面探査機打ち上げなど、宇宙開発の中でも特に注目度の高い「月開拓」。なぜ国や企業は「月」に注目しているのでしょうか。
最前線の月探査プロジェクトに携わる佐伯和人さんの著書『月はすごい 資源・開発・移住』(中公新書)は月の基礎知識から月がもたらすであろう資源やエネルギー、そして宇宙開発の未来まで解説した一冊。
月の大きな可能性が垣間見えるこの本から、一部を抜粋してお届けします。