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ウクライナ戦争と米中対立

2022.10.29 公開 ポスト

中国・ロシアの脅威以上に懸念されるのは、「グローバル・サウス」の国々が中ロと連携すること細谷雄一(慶應義塾大学教授)/峯村健司(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員・ジャーナリスト)

米中関係に精通するジャーナリスト峯村健司さんが、国際政治のエキスパート5人と、これからの世界の勢力図を描き出した『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』。慶應義塾大学教授・細谷雄一さんと議論を戦わせた第5章「パワーポリティクスに回帰する世界」から一部抜粋してお届けします。

2022年11月11日19時からは、峯村さんと細谷さんの刊行記念トークイベントがあります。

*   *  *

(写真:iStock.com/cooperr007)

民主主義国はすでに世界のマイノリティー

峯村 戦争が長期化すると、将来の世界がどうなるかという見通しも難しくなるでしょう。仮にロシアが優勢な状態でこの戦争が終わった場合、国際秩序はどのようなものになるでしょう。大国中心主義の19世紀的な世界に戻るのかどうか。

細谷 すでに今の段階で、冷戦後に欧米中心に進めてきたルールに基づく国際秩序が根底から崩れてきていますね。すると当然ながら、赤裸々なパワーポリティクスというものが国際政治の原理としてますます明瞭となってくるでしょう。

その結果として起きるのは何かというと、世界的な軍拡です。技術競争と軍拡が連動していく。実際、すでに日本もドイツも軍事費をGDP比2%、つまり2倍近くまで増額するという議論をしていますし、中国もこのまま軍備増強を続けるでしょう。この傾向が続いていくことで、これから20~30年というスパンで大国主導のパワーポリティクスの時代になっていくと思います。

すると必然的に、国連安保理が平和を維持する組織としては機能不全を起こし、各国が自らの安全を守る上で同盟が重要な位置を占めるようになる。その兆候があるからこそ、スウェーデンとフィンランドは中立を捨ててNATO加盟を申請したわけです。

もちろん、NATOが拡大することで、ヨーロッパのパワーバランスや安全保障秩序が不安定化するかもしれないという懸念もあるでしょう。しかしそれよりも、スウェーデンやフィンランドにとってはまず自国の安全保障が大事。そのためには、ほかのオプションがなかったわけです。

もともとスウェーデンとフィンランドは、国連のPKOなどに積極的に関与していました。しかしその両国でさえ、国連による平和維持に限界を感じている。それを見ても、やはりNATOのような価値を共有する民主主義国同士の同盟が、これからの国際社会では重要になるんですね。NATOだけでなく、日米同盟、日米豪印のQUAD、あるいは英米豪のAUKUSといった民主主義の連合が強化されていくでしょう。

その一方でロシアや中国のような権威主義体制が、軍事的な威嚇と経済的なインセンティブ――中国のBRI(一帯一路)やロシアの天然資源など――を組み合わせることによって、自分たちとの提携による利益をアピールするわけです。残念ながら、国際社会においては、価値の共有や正義感よりも軍事的な恐怖心や経済的な自己利益のほうが、国家の行動を決めるインセンティブとしては強いんですね。

峯村 たしかに、一部の途上国にとっては、中国のカネやロシアの資源のほうが魅力的でしょうね。

細谷 そこでもっとも懸念されるのは、ロシアや中国の脅威それ自体よりも、むしろ「グローバル・サウス」と呼ばれる地域の国々が中国やロシアに近づいていくことです。

峯村 アフリカ、アジア、南米など、今のところまだ欧米側にも中露側にも属していない国が、外交的圧力と経済的インセンティブによって中露と連携するわけですね。

細谷 そうやってグローバル・サウスが中国やロシアとの連携を深めていくと、欧米の民主主義諸国は、グローバルな国際社会におけるマイノリティーになります。すると、国連をはじめとする国際機関における議論でも、民主主義諸国は一部の特権的な白人中心の富裕国のように見なされ、その主張への共感が広がらないでしょう。

峯村 アメリカの政治学者、ラリー・ダイアモンド氏の統計では、2019年、冷戦後初めて世界の人口ベースで民主主義国が過半数を割っています。すでに民主主義がマイノリティーとなっており、中国やロシアなど権威主義的な国家が影響力を持つようになるわけですね。

細谷 ええ。それが、ウクライナ危機の下で欧米諸国が議論するときの最大の懸念です。グローバル・サウスが中国、ロシアに取り込まれつつあり、NATOが国際社会でマイノリティーになりつつある。マドリード・サミットでも、そのことが何度も指導者たちの口から出ていました。それによって国際的な不正義がますます拡大し、国際社会がかつてわれわれが経験したことのないようなジャングルになってしまう。まさに19世紀的な国際秩序への回帰であり、剥き出しのパワーポリティクスですよね。

われわれはそれに対して、ウクライナでの戦争によって生じた傷以上に、深刻な懸念を抱くべきだと思います。

*   *   *

2022年11月11日(金)19時より、峯村健司さんと細谷雄一さんの刊行記念トークイベントを開催します。会場参加とオンライン参加の同時開催です。詳細・お申込みは幻冬舎大学のページからどうぞ。

関連書籍

峯村健司/小泉悠/鈴木一人/村野将/小野田治/細谷雄一『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』

2010年代後半以降、米中対立が激化するなか、2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。世界情勢はますます混迷を極めている。プーチン大統領はロシア帝国の復活を掲げて侵攻を正当化し、習近平国家主席も「中国の夢」を掲げ、かつての帝国を取り戻すように軍事・経済両面で拡大を図っている。世界は、国家が力を剥き出しにして争う19世紀的帝国主義に回帰するのか? 台湾有事は起こるのか? 米中関係に精通するジャーナリストが、国際政治のエキスパート5人と激論を戦わせ、これからの世界の勢力図を描き出す。

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ウクライナ戦争と米中対立

​2010年代後半以降、米中対立が激化するなか、2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。世界情勢はますます混迷を極めている。プーチン大統領はロシア帝国の復活を掲げて侵攻を正当化し、習近平国家主席も「中国の夢」を掲げ、かつての帝国を取り戻すように軍事・経済両面で拡大を図っている。世界は、国家が力を剥き出しにして争う19世紀的帝国主義に回帰するのか? 台湾有事は起こるのか? 米中関係に精通するジャーナリストが、国際政治のエキスパート5人と激論を戦わせ、これからの世界の勢力図を描き出す。

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細谷雄一 慶應義塾大学教授

1971年、千葉県生まれ。立教大学法学部卒業。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。北海道大学専任講師などを経て、現在は慶應義塾大学法学部教授。専門はイギリス外交史、国際政治学。著書に、『戦後国際秩序とイギリス外交 戦後ヨーロッパの形成 1945年~1951年』(創文社)、『倫理的な戦争 トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会)、『国際秩序 18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(中公新書)、『戦後史の解放Ⅰ 歴史認識とは何か:日露戦争からアジア太平洋戦争まで』『戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 前編 敗戦から日本国憲法制定まで』『戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 後編 冷戦開始から講和条約まで』(いずれも新潮選書)等がある。

峯村健司 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員・ジャーナリスト

​1974年生まれ。青山学院大学客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。ジャーナリスト。青山学院大学国際政治経済学部卒業。朝日新聞で北京・ワシントン特派員、ハーバード大学フェアバンクセンター中国研究所客員研究員などを歴任。「LINEの個人情報管理問題のスクープと関連報道」で2021年度新聞協会賞受賞。2010年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『宿命 習近平闘争秘史』(『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』を改題、文春文庫)、『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)がある。

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