限られたパイを奪い合うゼロサムゲームに疲れ始めている現実世界。メタバースの仮想空間が実現し、世界が「自ら創るもの」へと変わるとき、今の現実とあなたはどう変わるのか――。壮大なパラダイムシフトの具体例と、その思想と哲学が詰まった『世界2.0 メタバースの歩き方と創り方』(佐藤航陽著)。話題の本書から、変容しつつある世界の入口をご紹介します。
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「メタバースなんて(笑)」とバカにする人がいます。
2022年1月現在、日本社会にはメタバースに関する3種類の誤解が渦巻いています。
第1に「コンテンツがない状態でメタバースを創ったところで失敗する」という誤解。
かつて『セカンドライフ』に興奮してアカウントを作ってはみたものの、そこでやることが見つからず撤収していった『セカンドライフ』をめぐる苦い記憶がある人たちは「どうせあのときの二の舞でしょう」と冷笑的です。
第2に「『FF(ファイナルファンタジー)』が昔からあったじゃん。メタバースなんて、それの名前を変えただけでしょう」「ソーシャルゲームなんて、結局メーカーがカネを稼ぎたいだけのものでしょう。そんなものはくだらないよね」という誤解。
第3に「VRの端末を頭にかぶってウロウロするなんて、重いし疲れるから流行らないよ」という誤解。VRは視覚情報も聴覚情報も多いので、30分も連続で使っていたら酔ってしまうと危惧する人もいるかもしれません。
さてmixiやFacebookが誕生したころ、日本の中高年がなんと言ったかご記憶でしょうか。彼らは「これってダイヤルQ2と同類だよね」と非難しました。
今の若い人は「ダイヤルQ2」なんて言われても知らないかもしれません。1980年代終わりから90年代初めにかけて、NTTが「0990」から始まる有料電話番号を開設していました。ここに電話をかけると、テレクラや出会い系・アダルト系のサービスにアクセスできるのです。
もちろんmixiやFacebookを、出会い系やナンパの草刈り場として活用した不届き者もいるかもしれません。でも99・99%以上の大多数は、mixiやFacebookを新たなコミュニケーション・ツールとして有効活用していったのです。
第1と第2の誤解は後述する「ゲーム」に対する認識の違いが大きな要因になっています。人は新しく出てくるものを常に、すでにある何かを引き合いに出して強引に考えて本質を見誤ります。
第3の誤解についても、「VR端末が普及しない限りメタバースが普及しない」という認識が原因です。後述しますが、メタバースの本質は「インターネットが扱うコンテンツが2次元から3次元に進化すること」であって、VRデバイスの普及が遅れたとしても問題なく進みます。
また、VRデバイスが重い・使いづらいという課題も、慣れと技術革新によって克服される可能性が高いです。
「VRのデバイスを頭にかぶるなんて面倒くさい」と言う人もいるでしょうけれども、3~4歳のころからそれをかぶるのが当たり前の生活を送っていれば、違和感なんてありません。
昔の人たちにとってみれば「スマホを片手にもって首を曲げている」「あんなに小さな画面をずっと指でこすっている」「コンピュータの前に何時間もずっと座っている」「ヘッドフォンをつけている」といった行動がすべて不自然です。
でもこれからの世界を担っていく若い人たちにとって、これらの行動様式に違和感なんてありません。生まれた瞬間から当たり前であれば、人間にとってスマホやコンピュータは肉体の一部になるのです。
早すぎた『セカンドライフ』の功罪
2003年にアメリカのリンデンラボがリリースした『セカンドライフ』については、すでに本書でも言及しました。
2005年に『セカンドライフ』は一世を風靡し、世界中の企業が参入して社会現象を引き起こしています。日本企業の中ではトヨタ自動車や日産自動車が参入し、バーチャル空間に自動車の自動販売機までセッティングされたものです。
ただしハイスペックのPCを使い、高速通信でログインしなければ、アバターがカクカク動いたりフリーズしたりしてしまいます。みんながこぞってログインすると、『セカンドライフ』全体の動きが重くなりました。
時代を先取りしすぎたせいで、『セカンドライフ』はインフラにまで成長することなく廃れています。
この一事をもって「『セカンドライフ』は悪い見本だ」と結論づけるのは早計です。その後『セカンドライフ』は「リンデンドル」という仮想通貨を作りました。
『セカンドライフ』の中で通用するこの仮想通貨は、固定制ではなく変動制です。しかも面白いことに、『セカンドライフ』内でリンデンドルと本物のアメリカドルを交換できます。このサービスによって、『セカンドライフ』はマネタイズしてちゃんと儲かっているのです。
『セカンドライフ』では、ユーザーが家や服を自分でデザインして、誰かに売ることもできました。個人がデザインした3Dアセットの著作権がサービス内で保障されていて、販売額に応じて報酬が自動的に分配される仕組みが存在していました。このテクノロジーは、仮想通貨が後年導入したブロックチェーンやNFTの原型そのものです。
もし『セカンドライフ』が今のタイミングでサービスをリリースしていれば、メタバース業界をいち早く席巻していたでしょう。登場するのがあと20年遅ければ、『セカンドライフ』は巨万の富を生み出していたはずです。
その『セカンドライフ』の失敗が反面教師となってくれたおかげで、『Fortnite』や『Apex Legends』など3D系のサービスは同じ誤ちを繰り返さずに済みました。
今は端末のスペックも通信速度も、20年前とは比較にならないほど爆上がりしています。テクノロジー環境が変わった今、「メタバースなんて『セカンドライフ』の二番煎じじゃん」と冷笑しないほうがいいと私は思うのです。
革命の本質はインターネットの3次元化
メタバース革命とは、単なるVR技術の革命ではありません。
(1)コンピュータの性能、(2)通信速度、(3)3DCG技術という3つの進化が相まった「インターネットの3次元化」の革命です。
ここで、「VR」「3DCG」「メタバース」とややこしい用語がたくさん出てきているので、言葉の意味を一度整理しておきたいと思います。
「VR」とはVirtual Reality(仮想現実)の略ですが、この言葉が業界やメディアで使われる場合は頭にかぶるゴーグル型の端末や、そのゴーグルを通して見る3次元バーチャル空間を指しています。
基本的にはゴーグルを被って「没入」するかどうかがポイントで、コンテンツも視聴だけではなく動き回ったり見渡したりする「体験」とセットです。おそらく皆さんが考えるVRのイメージとずれていないと思います。
一方で、「3DCG」は、3D(3次元)とCG(Computer Graphics)を掛け合わせた造語で、よく似ていますがVRとは意味が異なります。
3DCGという単語は、コンピュータ上で3次元のコンテンツを描写する「技術」そのものを指すことが大半です。
そして、3DCGの技術は、VRゴーグルや体験型コンテンツにその用途が限定されません。
私たちがよく観るドラマ・映画・アニメなどにも昔から使われていますし、最近のゲームでは3DCG技術を使っていないゲームを見つけるほうが難しくなっています。
3DCGはテレビのような平面のものにも映像という形で差しこむことができますし、ゲームのようにユーザーが操作して画面上を動き回る場面でも活用できます。
もちろん、VRゴーグルをかぶって入りこむ没入感のあるコンテンツでも活用されています。つまり、3DCGはコンピュータ上で3次元のデータを扱う技術ですが、出力されるインターフェイスやスクリーンが2次元でも構わないのです。
そして、「メタバース」という言葉は、VRと3DCGのちょうど中間の意味として今後は使われていくと予想しています。
つまり、3DCGのように奥行きのある3次元のデータではあるが、出力される画面は2次元でも3次元でもよいバーチャル空間という意味で使われていくでしょう。
実際に、『Fortnite』や『Minecraft』『Roblox』のようなメタバースと呼ばれているゲームは、スマホ・PC・ゲーム機がメインで使われていて、VR端末に対応していないコンテンツが多数です。
また、国産のClusterのようなプラットフォームもVR端末・スマホ・PCのマルチデバイスに対応したプラットフォームです。
現在はまだVR端末の普及台数が少ないので当分はマルチデバイスが前提になります。
「メタバース=VRのゴーグルが必須」とイメージしてしまう人が多いですが、10代の子どもたちは、VRの端末なんてなくてもインターネットの3D空間で自在に動き回っています。
世界2.0 メタバースの歩き方と創り方
インターネット以来の大革命。メタバースとは「神」の民主化だ――。
メタバース、web3、NFT、AI、宇宙開発……「新しい世界」を私たちはどう生きるか! メタバース事業の最先端をいく起業家が全てを書き尽くした決定版。