『チャタレイ夫人の恋人』『華麗なるギャツビー』『あぁ無情』など、一度は聞いたことのある世界の名作文学。その登場人物をネコにしちゃった! という、奇妙でかわいらしい作品、『ニャタレー夫人の恋人 世界文学ネコ翻案全集』が発売となりました。
菊池良さんが「小説幻冬」で約2年間連載していたこちらの作品に伴走してくださったのが、挿絵を担当した五島夕夏さんです。刊行にあたり、菊池さんと五島さんの特別対談を実施しました。五島さんに依頼したきっかけなどをお話しする前編をお届けします。
撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)
五島さんにぜひネコを描いていただきたかった
――『ニャタレー夫人の恋人』の挿絵イラストレーターをどなたにするかお打ち合わせした際、菊池さんから五島さんをご提案いただきました。もともとお二人はお知り合いだったのですか?
菊池 共通の知り合いが何人かいて、元から五島さんのことは知っていました。かわいらしいイラストですし、ぜひお願いしたいなってことで名前を挙げさせていただきました。
――五島さんは、最初、この連載の依頼を受けたときはどう思われましたか。
五島 私も菊池さんのことは存じ上げていたので、お話をいただいてうれしかったです。あと、ちょうどそのころ、私自身、じっくりと絵の仕事をしたいと思っていたタイミングでした。SNSを通してのライトな絵の仕事などいくつか仕事をする中で、絵だけに重きを置いたこともしたいなと思っているときだったんです。いただいたタイミングが自分の中ですごく嬉しかったので、そういう意味でもすごく印象に残っています。
菊池 初めてお会いしたのは、2年前の夏ぐらいですかね。
五島 コロナ禍真っ只中から、少し明けた夏にお会いして、今日はそれ以来ですね。イラストのやり取りも編集さんを通してでしたし。
――初めのラフをあげていただく際、主人公のコニーが、どういうネコなのかを丁寧に聞いていただいた覚えがあります。
五島 お洋服とか、毛の色味とかご相談しましたよね。文芸誌なのでモノクロとは思ってたんですけど、それでもなんとなく赤いワンピースを着た白いネコを想定してみたりとか。キャラクターがこれからいっぱい出てくる上で、主人公として一番際立たせるものがあったらいいなと思って、衣装案とかもいくつかお送りしましたね。
初めて見た原画に感動
――連載の扉のラフ案も、何案もいただきました。
五島 結局、タイトルを囲むような絵がいいんじゃないかっていうことになりましたよね。懐かしい。
――懐かしいですよね。連載の扉絵は、単行本でも本扉の部分に使用させていただいています。菊池さんは最初に五島さんのイラストを見たとき、いかがでしたか。
菊池 いやもう、すばらしいの一言です。
――今日は単行本のデザイン用にお借りしていた原画を持ってきました。
菊池 原画は今日、初めて見させていただきました。なるほど、こんな風に鉛筆で描いていたんですね……。
五島 そうなんです。ラフも鉛筆で描いて送っていました。初めに扉絵をこの粗めの紙で描いたので、統一しなきゃと思って、永久にこの紙に縛られながら(笑)。たぶん、紙を変えると多少色味とか変わってしまうので、それだと困るかなと思って。
――そんなお気遣いも! ありがとうございます。
菊池 扉絵のラフもたくさんパターンを出していただいて、気が早いけれど、単行本のカバーになってもいいねって物もたくさんありました。
五島 扉絵は毎号ずっと出てくる絵だったので、私も毎号見本誌を見ながら嬉しく思っていました。
菊池 鉛筆のみでこんなに繊細なイラストを描くことができるなんて驚きます。
五島 鉛筆のみで、固さを3色ぐらい変えて描いていました。モノクロなので、印刷に起こすとき、明暗はっきりしてた方がいいかなと思いながら描いていました。掲載されるときには小さくもなるし、そこまで描きこみすぎない方がいいかなと思って。例えば2話目のイラストでは、机は真っ白の方が際立つかなとか、毎回わりと抜けたところを作らないと、と思いながら描いていました。
あと、私が文学に疎かったので、時代背景的にこの時はロウソクの光がいいのか、それともランプがいいのか、電気は通っていたのかとか、その辺も結構気にしながら描いてましたね。
ネコの国ってどんなところか、空想しながら描いた
――五島さんからいただいたラフに関して、菊池さんから「変えてください」っていうことは本当にほとんどなかったですもんね。
菊池 そうだったと思います。こういう小物の装飾品も毎回すばらしいですよね。
五島 嬉しい……。「ニャタレー」の舞台はイギリスだと思うのですが、ネコの世界でもあるから、雰囲気はヨーロッパっぽくても、どこか無国籍というか、新しい国の感じもあった方がいいだろうなとか、常に「ネコの国だったらどうなるんだろう」って架空しながら描くのは、楽しくもあり、難しくもありました。
――主人公のコニーから始まって、いろんなキャラクターを描いていただきました。
五島 そうですよね。
菊池 1話目はコニーとオリバー(コニーと逢引するニャタレー邸の森番)のふたり、2話目はクリフォード(コニーの夫でニャタレー邸の主人)もふくめた3人。
――改めて見ると、なんだか懐かしい気持ちになります。
五島 ね、懐かしい。毎月1枚と思うと、この一冊だけでも1年分ぐらいありますからね。
――菊池さん、初原画はいかがですか?
菊池 触って大丈夫ですか……? これとかも……。
五島 全員ネコっていう。
菊池 こういう濃淡を鉛筆だけで描いてるってすごいなってやっぱり思いますね。ちなみに制作日数ってどれぐらいなんですか?
五島 最初の扉絵は、固まるまで、何週間かかけてすり合わせをしました。でも、描くの自体は1日2日で描けちゃうんです。
いつも原稿と一緒に「このシーンでどうですか」っていう指定がわりと明確だったので、1から自分でラフを描いてっていうよりはすごくやりや酸かったです。なので原画に取り掛かってしまえばわりとすぐで、2時間とかでばーって描いちゃうこともあれば、2,3日に分けてちょっとずつ描き進めることもありました。
虎、ネズミ……。ネコの他にも魅力的なキャラがたくさん
――五島さんはどのキャラクターが描いていて一番楽しかったですか?
五島 私が個人的に好きなのは、アイヴィ(ニャタレー邸のハウスキーパー)。イワン・ツルゲーネフの『片恋』をモチーフにした「アイヴィの片恋」で、この子が昔の回想してる時の、踊っているシーンがかわいいくて。今の時代には珍しい寡黙な女の子で、でも芯のある感じで、すごく好きでした。あとは、『ペスト』をモチーフにした「ニャタレー夫人とペスト」などで登場するネズミの子もすごく好きでした。けっこう何回も出てくるので、トレードマークのリボン描くたびに嬉しくなる感じがあって。
虎(『山月記』をモチーフにした「ニャン月記」で登場)とか、思ってもいない生き物が出てくると、結構苦戦しましたね。豚の長老(『動物農場』をモチーフにした「ニャタレー夫人と動物農場」に登場)って人生で描いたことないなと思ったり。椅子に座る虎ってどんなだろうって思いながら(笑)。
――たしかに、描いたことないですよね。
五島 参考資料もあんまりないので、想像しながら描きました。獰猛なだけじゃなくて、知的な感じじゃなきゃいけなし、と思いながら。
――菊池さんは、このキャラクターがすごく良かったとか、ありますか?
菊池 李徴(「ニャン月記」の虎のキャラクター)はすごく思い入れがありますし、自分的にも共感するキャラクターでした。あとはネズミもいろんなところで活躍してくれて。
――いろんなお話の中に出てきますもんね。
菊池 「ペスト」で活躍したり、動物農場に行ったり、「月世界旅行」で月にも行ったり、他にもいろんな冒険をさせるのがすごく楽しかったです。
五島 イラストには描かないまでも、コニーにお手紙とかでちょこちょこ報告してくれたりしてたから、一番行動力のあったキャラクターな気がします。
菊池 そうなんですよ。実はネコ以外も結構いろいろ出てるんですよね。
――最初菊池さんに『ニャタレー夫人の恋人』で世界文学をネコに変えるという企画をいただいたときは、不思議な企画だけど面白そう、と思っていたのですが、五島さんのイラストのおかげでかわいらしさが担保されましたよね。
菊池 そうですね、すごく世界観が生まれました。
五島 ありがとうございます。ちょっとした小物がネコ仕様になってたりとか、マタタビが出てきたりとか、そういう変換がかわいくて私も楽しかったです。原文を知っていればもっと面白かったんだろうなっていうお話もあったし、知ってるお話は、より楽しめました。名前のもじりもかわいかった!
(続きは11月13日に公開予定です)
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