オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。
机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。
第二章 逆襲
今日は、小人たちと、おままごとをした。
小人は、いっぱいいるから、お母さん役も、お父さん役も、いっぱいになった。
わたしの家には、お父さんはいないけど、おままごとの中では、お父さんがいっぱいいた。
おままごとの中で、小人たちと、学校に行った。クラスメイトも、小人ばっかり。みんな友だちで、みんな、わたしにやさしくしてくれるし、テレビ番組の話をしたり、休み時間に、いっしょにトイレに行ったり、お昼休みには、つくえをくっつけてごはんを食べる。
わたしは、小人たちがかよう学校があったら、そっちに行きたいなぁと思った。めぐみ
今日も、小人たちと、おかしを食べた。
今日のおかしは、あめ玉だった。ふくろにいっぱい入っているあめ玉をもって、小人をよぶと、みんな、いろいろなところから出てくる。
ベッドの下とか、本だなのすきまとか、おもちゃの後ろとかから出てくる。
あめ玉のふくろをひっくりかえすと、小人たちは、きぃきぃ、ってよろこんで、ぜんぶの手で、あめ玉をもって、部屋中を走る。どこかにもっていく子もいれば、そこで食べる子もいた。
ごりごりと、小人たちは、あめ玉を、小さなはでくだきながら食べる。
その音が、わたしは、ちょっとこわい。めぐみ
ダンボールばこがあったから、小人のおうちを、作ってあげた。
ダンボールばこを、おうちのかたちにして、色えんぴつでぬった。
かわいく作れたけど、小人たちは、すんでくれなかった。
小人たちのおうちは、このいえなんだと思った。めぐみ
あの日──小人の絵を見せられて以来、めぐみの日記は毎回この調子だった。
文章だけで小人の絵が描かれていないのは、美咲に対する配慮だろう。「怖い」とは伝えたが、「描くな」とは言っていない。他人の気持ちを汲み取れる子なのだ。
しかし、めぐみのそうした常識的な部分が、小人を当然存在しているかのように書く異常さを際立たせているのも事実だった。
もちろん、小人は空想上の存在であり、実在はしない。しないが、あまりにも書き方が自然で、まるでファンタジー小説を読んでいるようだ。嘘をつこうとか、こちらの反応を面白がってやろうという感じでもない。
書いている本人が小人の存在を信じ切っている──そういう文章なのだ。
手作りのおうち! すてきだね。
今度、おうちに行ったときに、先生にも見せてね。
きっと、かわいいおうちができたと思うけど、小人さんたちには、もう旧ゲオルグ邸というりっぱなおうちがあるものね。先生も、あんなに大きなおうちがあって、めぐみちゃんがうらやましいなぁと思うよ。
でも、おうちばっかりにいてもあきちゃうと思うから、めぐみちゃんもたまには外に出てみてね。もし、学校に来る気になったら、いつでも教えてね。
さいしょは、先生といっしょにいこう。みさき
書き終えてから、美咲はこんな返事でよいのか、頭を抱えた。
めぐみくらいの年齢なら、こうした奇抜なことを言って周囲の気を引こうとする子は珍しくない。大事なのは「なぜそんな嘘をつくのか」を考えることだ。
やはりめぐみは、友達がいないことがさみしいのかもしれない。
日中も家に籠りきりなのだろう。唯一話し相手になれる母親は外に出ている。
一人ぼっちのさみしさを、空想上の友達と遊ぶことで紛らわせているのだ。
ならば「小人なんていない」と頭ごなしに否定するべきではない。今はとにかく、めぐみとできるだけコミュニケーションを取り、孤独感を解消することが先決だ。
そう考え──美咲は交換日記を続けることにした。
だが、数日後の日記が、さらに彼女を悩ませることになる。
今日、いたずらねこを、小人がころしてくれた。
そのねこは、前にも書いた、いつもにわや家に入ってきて、わるさをする黒いねこだ。
だけど、ねこはしんだ。小人がころした。
家の中に入ってきたねこを、小人たちは、あつまってころした。
ねこは、ぎゃあとか、ふぎぃとか、言っていた。
にげようとしたけど、小人は、にがさなかった。
どんどん、まっ赤になって、さいごは、家の前でしんだ。
小人は、おこると、すごくこわい。めぐみ
その日の日記には、赤と黒で塗られた猫のイラストが添えられていた。
口を大きく開き、叫んでいるように見える猫の姿。めちゃくちゃに走らせた周囲の赤い線は、血飛沫のつもりだろうか。少し離れた位置には、めぐみと思しき少女が描かれている。
少女は、にんまりと笑っていた。
「うわ、何その絵」
休み時間の職員室。美咲の後ろを通った芝田が、非難がましい声をあげた。美咲は声を潜めて、事の経緯を簡単に説明した。
「そーとうストレス溜まってるかもね、その子」
芝田は、ひどく熱そうにコーヒーを口に含んだ。
「やっぱりそう思いますか?」
「今は子供もストレスフルだからね。でも、子供が残酷な絵を描いたりするのは、自我が確立し始めてる証拠だから、健全とも言えるよ。続くようなら、カウンセリングとか受けた方がいいけど」
「それは確かに……本で読みました」
通常、親が子供に見せるのは可愛いキャラクターや道徳的なものだ。血や死体といったグロテスクなものは、子供から遠ざけられる。だから、子供がそういう一見不道徳なものに魅せられるのは、親以外から情報を得るようになって、新たな価値観が芽生え始めている証でもあるという。
「うちの子も小学校高学年くらいにやたらエグイ言葉使うようになってさ。『目玉抉る』とか『切り刻んでやる』とかね。一時期は心配したけど、単に漫画の影響だったよ。心配することないって」
美咲にも覚えがあった。小学生の頃に悪魔が出てくる漫画が流行ったとき、ノートにずっと自作の悪魔のイラストを描いていた。その悪魔に、いじめっ子を残虐に殺させるのだ。思い返せば歪んだ行為だと思うが、教育心理学的にはそう問題視するような行動ではないらしい。自分が健全に育ったかどうかは、判断に困るところだが。
めぐみも同じだ。小人がいると思い込み、嫌いな猫を殺させた。
「……ありがとうございます、芝田先生。もう少し様子を見てみます」
「そう。……それよりね、立野先生」
芝田は美咲の方へ身体を傾けると、小声で言った。
「交換日記、続けるなら他の子とか、親にバレないようにね。特定の子を贔屓してるって思われるから」
白井にも言われたことだ。そう言えば以前、教師が担任クラスの児童と、スマホゲーム内でつながったことが問題になったと聞く。ゲーム内のアイテムのやりとりがあり、それが贈収賄にあたる、不適切だと騒いだ親がいたのだ。個人的にはそれくらい問題ないと思うが、大事なのはそれをよしとしない保護者がいることだ。
気をつけます、と美咲が言うと、芝田は「まーがんばれ」と言いながら、抽斗の中をごそごそと漁った。それから「あれ?」と声に出して、
「ビスケット売り切れてた。まだあると思ってたんだけど……おかしいな」
謝る芝田に、美咲は「いえいえそんな」と手を振った。芝田はデスクの抽斗に大量のお菓子を備蓄していて、よく他の教師たちにも配っている。いつももらってばかりの美咲は、そろそろお返ししなくてはと思っていた。
正直、ビスケットをもらわなくてホッとした。ストレスのせいか、最近は甘いものをよく食べてしまっている。ここ二週間は、怖くて体重計にも乗っていない。
子供も大人も、ストレスフルな時代なのだ。
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