オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。
机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。
* * *
そう思っていたが、めぐみは翌日も朝から登校してきた。──冴子と一緒に。
二人が職員室を訪ねてきたのは、美咲が職場に着いてすぐのことだった。めぐみの姿を見て安堵したのも束の間、隣に立つ冴子の表情は怒りを露わにしていた。
「立野先生にお話があります」
扉を開けるなり発された声には、中村真奈にも劣らない凄みが満ちていた。
もうすぐ『朝の会』が始まる時間だったが、別の教師が美咲の代役を務め、美咲は冴子を応接室に連れていった。めぐみは教室に向かった。白井もまた、同席を申し出なかった。暖房がまだ効いていない応接室で、二人は向かい合った。
「めぐみの頭にコブができていました。犯人は中村天妃愛ですね」
犯人という単語を強調して、冴子は言った。
「コブ……ですか」
「はい。問い詰めたら、昨日、中村天妃愛に馬乗りになって暴力を振るわれたと。……その場には、先生もいらっしゃったそうですね」
冴子は、キッと美咲の顔を睨みつけた。
「昨日の朝、あの子がいきなり『学校に行く』と言い出したときは驚きました。立野先生がちゃんと導いてくださったんだと思い、不安でしたが行かせることにしたんです。その結果が、馬乗りで頭にコブでしたが」
「待ってください、あれは──」
「警戒しようと思わなかったんですか。あの子を守ろうとしなかったんですか」
ドスの利いた声が、応接室に響いた。
「立野先生ならと思っていたところなのに……非常に残念です。どうやらこの学校には、子供を預けるに値する先生はいないようですね」
「そんな……」
違う。自分はちゃんと警戒していた。授業中も休み時間も、極力めぐみから目を離さないように努めていた。一教師の立場でできる限りの配慮はしたつもりだ。最後の最後のあれは、どうしようもなかったことだ。
「あの子がどんなに辛い想いをしても、所詮あなた方には他人事でしかないのですね。対策を練っているふりをして時間を稼いで、何か起きてもクビにはならない。一人の人間の人格形成を左右する立場なのに」
白かった冴子の顔がみるみる紅潮していく。マズいと思いながらも、何も言葉が出てこない。ママに言いつけるから──たかが九歳の少女の言葉に引き下がってしまったのは事実なのだから。
扉がノックされて、教師の戸田夏子がお茶を運んできた。机に置かれた茶碗を見て、冴子は「結構です。すぐ失礼しますので」と言った。険悪な雰囲気を察した戸田は、逃げるように応接室から出ていった。
「……あの、小紫さん。私は何も、警戒してなかったわけではないんです。止めるのが遅れたのはこちらの落ち度です。どうかもう一度、めぐみさんのために協力して……」
ふ、と冴子は短いため息を漏らした。
「では、接近禁止命令を出してください。あのいじめっ子三人に」
「い、いや……裁判所でもないのに、そういうことは……」
「なら、今すぐにクラスを替えてください。あの三人から一番遠い教室に」
「今すぐはちょっと……あの、四年生のクラス分けの際は最大限考慮して」
「もう結構です」
立ち上がり部屋を出ようとする冴子の背中に、美咲はつい言葉を投げつけてしまう。
「が──学校だけに責任があるとは……思えないんです」
「……何ですか?」
ブラウンの瞳には、はっきりとした敵意がこもっていた。
「中村さんのお宅に呼ばれるがまま行っているようですが……その行為がどれだけめぐみちゃんにさみしい想いをさせているか、おわかりですか? あんな、静かな森の家に、ひ……一人きりで置かれて」
「あれは、あの子のためにやっていることです」
「う……嘘です。逆らえないだけじゃないんですか? 学校が辛い場所になっているとわかっているなら、せめて家でくらい、いっぱい甘えさせてあげてくださいよ」
「私がめぐみのために何もしていないとお思いですか!」
冴子は叫んだ。その目はやはり真っ赤に充血していた。
「あんなのに、私だって、でも、こうするしか。ああなったからには、利用しないと……弱いんだから、群れるしかないでしょ……たとえ、最後にどうなっても……」
肩で息をしながら、冴子はわけのわからないことをつぶやいている。その姿は、正常とは言い難かった。美咲が呼びかけると、冴子はすっと冷めた表情に戻った。
「……もう学校には頼りません。私は私の方法で、めぐみを守りますので」
そう宣言すると、冴子は今度こそ扉を開けて部屋を出ていった。追いかける気になれず、美咲はしばらく閉じた扉を見つめていた。
ようやく、部屋の中に暖かな空気が満ちてきたところだった。
めぐみの家には、小人がいる。
滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の情報をお届けします。
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- 14話 突然、めぐみが学校に登校してきた...
- 13話 身体にしみついているのは「いじめ...
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- 11話 悪魔の館に入った途端、無数の何か...
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