「法相というのは、朝、死刑のハンコを押しまして、それで昼のニュースのトップになるというのはそういう時だけ、という地味な役職なんですが」
こう発言した葉梨康弘法相が11月11日辞表を提出し、事実上更迭された。
死刑囚の命を絶つ決定は、どのような手続きを経て下されるのだろうか。
死刑囚、刑務官、被害者遺族、元法相などへのインタビューで死刑制度の全貌に迫る書籍『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(佐藤大介著、幻冬舎新書)より、「執行までの法的手続き」を掲載する。
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黒塗りの機密文書を読み解く
判決の確定した死刑囚たちは、その生殺与奪(せいさつよだつ)を法務省および法相の決裁に委ねられる。死刑執行施設のある拘置所に収容された死刑囚たちは、外部との交流を極端に制限されるなか、死刑執行に向けた法務当局の手続きと向き合うことになる。
現行の刑事訴訟法では、死刑執行の手続きに関して主に以下のような記述がある。
死刑の執行は、法務大臣の命令による。(475条1項)
前項の命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。(同条2項)
法務大臣が死刑の執行を命じたときは、5日以内にその執行をしなければならない。(476条)
こうした定めの一方で、死刑執行までの法務省内の具体的な手続きは、大部分が非公開とされてきた。過去に弁護士が死刑執行に関する文書の公開を求めて提訴したことがあるが、判決では請求を棄却された。
2008年3月28日の東京地裁判決では「(死刑囚)自身がいずれ執行される態様を具体的に知れば、精神的安定を保てず、執行に支障を来(きた)すおそれがある」とし、不開示が妥当としている。
死刑執行に関する公文書は、機密文書として扱われてきたのだ。
だが、こうした状況は神奈川県などで女子高生ら5人を殺害した藤間静波(せいは)元死刑囚(東京拘置所)ら3人の死刑が執行された2007年12月、法務省が執行場所と氏名を初めて公開したことをきっかけに、すこしずつ変化が現れる。
鳩山邦夫法相(当時)は衆院法務委員会で、公表理由について「適正に執行されていることを、被害者遺族や国民に理解してもらう必要がある」と答弁しているが、こうした流れが定着するに従い、法務省側も文書の全面的な非開示は「実質的な意味を持たなくなった」(元幹部)との判断に傾いていった。
過去に非開示とされた文書は、現在は限定的ながらも法務省が情報を開示するようになっている。
今回、情報公開などによって2007年から2012年までに執行された確定死刑囚の一部について、死刑執行命令書などの関連文書を入手することができた。
部分非開示となった黒塗りの部分が目立つものの、一連の文書からは、死刑確定から死刑執行後までの流れが、おぼろげながら浮かび上がってくる。
執行期限は事実上無視されている
死刑判決が確定すると、確定判決を出した裁判所に対応する検察庁に対し、裁判所から判決謄本と公判記録が送られる。
一審判決で確定した場合は、その判決を言い渡した地方裁判所に対応する地方検察庁に、高裁や最高裁で確定した場合は、二審の高等裁判所に対応する高等検察庁に送付される仕組みだ。
書類を受け取った地方検察庁の検事正、または高等検察庁の検事長は、その確定死刑囚に対する死刑執行の伺いを立てる「死刑執行上申書」を法相に提出する。
死刑執行上申書はA4サイズの用紙1枚で、宛先の法相名と差出人の検事長または検事正の名前および印鑑が示されたのに続き、「次の者に対し、下記のとおり死刑の判決が確定したから、死刑執行命令を発せられたく上申します」との文字が続いている。
さらに、8項目の事項があり、まずは「死刑確定者」として、氏名と生年月日、年齢、職業、本籍、住所が記載されている。外国人の場合は、ここに国籍も加わる。
次に「罪名」、さらに「裁判」として、認定された罪名と、一審からの言渡し日、裁判所名、判決内容が順を追って示され、確定の日が書かれている。
次に、収容されている拘置所へ送られた「移送の日」「収容されている刑事施設」「共犯者の氏名およびその処分結果」「訴訟記録の冊数」が記され、最後に「備考」があり、〈勾留関係〉や〈事案の概要および捜査の経過〉について触れているが、その内容はいずれも黒塗りで非開示となっていた。
上申書の提出は、判決の確定から約1~5カ月後と幅があるが、いずれも「(死刑執行の)命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない」とする刑事訴訟法の期間内に行われている。
だが、実際に死刑執行は刑事訴訟法で定められた「判決確定の日から6箇月以内」には行われていない。
これについて法務省は、この規定は守らなかったとしても処罰の対象にならない「訓示規定」であるとし、死刑執行の命令がなされなくても違法ではないと説明している。
法律に規定されてはいるものの、必ず守らなければいけないというものではないという考え方で、刑事訴訟法の規定は事実上無視されていると言える。
執行を決裁する2つのルート
上申書が提出されると、法務省刑事局は提出元の検察庁から、確定した裁判の記録を取り寄せる。
資料を含めた一式は膨大な量に及ぶが、死刑執行を判断する唯一の書類だけに、民間の宅配業者などに依頼することは決してなく、法務省の係官が直接運ぶという。
届いた書類は、刑事局内で点検され、刑事局付きの検事が1人選任されて精査に当たる。
担当検事は捜査から起訴、公判、判決にいたる膨大な記録を読みにかかるが、刑の執行停止、非常上告、再審や恩赦の申請などの結論が出ているか、裁判所が有罪と認定した証拠が完全に整っているかなどの確認が任務だ。判決文の真偽を確かめる権限はいっさい与えられていない。
そのうえで、問題点が見つかれば、ただちに死刑執行の対象から外される。
1979年に確定死刑囚として初の再審開始となり、1984年に無罪となった「財田川事件」の谷口繁義さん(2005年に死去)は、精査の際に高松地検が記録を紛失していたことが判明して死刑執行の手続きがとれなくなり、執行が事実上できない状態になったとされている。
上申書の提出から数年後、刑事局の起案に基づき、執行に向けた審査や決裁が行われる。担当検事から参事官、総務課長、刑事局長のルートで決裁された起案は、さらに2つのルートによって決裁が進んでいく。
一つは「死刑執行について」と題された文書で、区分には「秘密」の文字が入っている。
対象となる死刑確定者の名前の下には、矯正局の矯正局長、総務課長、成人矯正課長、さらに保護局の保護局長、総務課長、恩赦管理官の計6人の印が押されている。別紙には対象となる死刑確定者の氏名や罪名のほか、犯罪事実の概要の記載がある。
その後、10枚前後にわたって文書が続くが、いずれも黒塗りとなっており、どのような理由によって執行対象者を選んだかを知ることはできなくなっている。
関係者によると、死刑確定までの裁判の経緯や再審請求の有無、執行を停止すべき理由がないことなどが記されているという。
2008年6月17日に死刑執行された東京・埼玉連続幼女誘拐殺人の宮崎勤元死刑囚の場合、黒塗りのページが約20枚にわたっていた。
犯行時の責任能力をめぐって弁護人が再審請求を行う構えをみせていたほか、精神状態に問題があるとの指摘もなされ、執行に対する反発も予想されたことから、確定判決の内容や執行の妥当性などについて詳しく記述されていたことがうかがえる。
もう一つは「死刑事件審査結果(執行相当)」と書かれた文書で、対象となる確定死刑囚の名前が書かれた下に7つの決裁枠があり、法相と法務副大臣のサイン、法務事務次官、官房長、秘書課長、刑事局長、刑事局総務課長の印が押されている。
法務省幹部と副大臣が決裁を終えると、最後に法相のサインを得る。
ここに至るまでには、法務省幹部が事前に法相に十分な説明と資料提供をするなどの「根回し」を終えており、最終段階で法相がサインを拒むことは「あり得ない」(法務省元幹部)という。
法相がサインをすると、その日のうちに「死刑執行命令書」が作成されて、管轄する検察庁の検事正または検事長宛に送られる。
命令書には、死刑執行上申書が作成された日と確定死刑囚の名前とともに「○○(確定死刑囚の名前)に対する死刑執行の件は、裁判言渡しのとおり執行せよ。」と、わずか2行の一文が記載され、日付とともに法相の名前と公印が押されている。
法相によるサインはここにはなく、関係者によると、押印も秘書課長の命を受けた職員が行っているという。死刑事件審査結果で法相のサインをもらえば、自動的に死刑執行命令書ができあがる仕組みになっているのだ。
死刑執行命令書の一文をもって、対象となった確定死刑囚は数日の後に、その命を国家によって合法的に絶たれることになる。
死刑執行命令書を受け取った検察庁は、数日以内に対象となる死刑確定者が収容されている拘置所長に「死刑執行指揮書」を送り、死刑執行の期日を指定する。
実際には、死刑執行指揮書を送った翌日か翌々日が執行期日とされており、法相の決裁から4日ほどで死刑が執行されていることがわかる。
死刑執行始末書
死刑執行を終えると、その日のうちに「死刑執行始末書」が作成される。
そこには執行に立ち会った検察官と事務官(いずれも氏名は黒塗り)、拘置所長の名前で「下記死刑執行の次第につき、○○拘置所(執行先の拘置所名)において刑事訴訟法第478条によりこの執行始末書を作り、執行立会者とともに署名押印する。」と書かれている。
刑事訴訟法478条には「死刑の執行に立ち会つた検察事務官は、執行始末書を作り、検察官及び刑事施設の長又はその代理者とともに、これに署名押印しなければならない。」との記載がなされており、それに沿った内容だ。
2010年7月28日に東京拘置所で2人の死刑が執行された際には、千葉景子法相(当時)が自ら立ち会っており、このときの死刑執行始末書には「本執行には千葉景子法務大臣及び西川克行刑事局長(同局長は検察官○○〔黒塗り〕及び東京拘置所長佐藤吉仁の許可を受けて刑場に入った)が立ち会った」との記載が手書きでなされている。
死刑執行始末書は2枚目に「執行経過」の欄があるが、すべて黒塗りとなっていた。
関係者によると、確定死刑囚の遺言や、執行から絶命までの所要時間など、執行時の詳しい模様が書かれているという。
入手した死刑執行始末書の一部には「秘 無期限」との印が押されたものもあり、法務当局がとくに厳重な情報管理を要する文書として位置づけていたことがうかがえる。
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