今夏に刊行された『ライムスター宇多丸のお悩み相談室』。本書は「女子部JAPAN」で長年行われてきた人気連載を1冊にまとめたもの。今回は刊行記念として、精神科医の星野概念さんをお招きし「悩みを聞くってどういうこと?」をテーマにした対談が実現!ロングシリーズとしてお届けします。第3回のテーマは「日本の精神医療の現場とは」です。<構成・文:森田雄飛(桃山商事)>
※こちらの記事は、2022年10月16日に本屋B&Bにて行われた対談を元に構成しています。
→第1回「悩みって、相談って、なんだ」
→第2回「こ人の気持ちを分かろうとすることを諦めないために」
時間は、あればあるほどいい
宇多丸 ところで、精神医療の現場で実際に話を聞いたりする時間って、本当はこのくらい必要で、でも実際はこれぐらいしかとれない、みたいなギャップはあったりするものですか?
星野 そこはかなりありますね。これも大御所の精神科の先生からしたら、「お前の技術の問題だ」ってなると思うんですけど、時間はあればあるほどいいと思っています。少なくとも初めのうちは、信頼感というか、人としてのグルーヴ感みたいなものが生まれるまでは、ある程度の時間が必要だと考えています。
宇多丸 確かに、いきなり核心に迫ることを自分からペラペラ言えるようなら、別に大丈夫でしょあなたっていう感じもしますよね。
星野 そうですね。ただ、逆にガーッとお話しされすぎていると、ちょっといきなり「開きすぎ」で心配かも、みたいなパターンもあるはありますね。
宇多丸 ああ、それこそ何かを守ろうとしてるのかな、みたいな。
星野 はい。そういう防衛の仕方もあると思います。だからやっぱり、初診は1~1時間半くらいは必要だと僕は思いますし、時間でははかれないところもあるんですけど、その後もしばらくは毎回20~30分くらいは欲しいですね。
段々ツーカーになってきてたら「ああ、今日は大丈夫そうですね」「そうなんです、今日は大丈夫なんですよ」みたいな感じであっさり終わることもありますけど、そういう信頼関係ができるまでは、いきなり「大丈夫です」と言われても、大丈夫なわけないじゃないかってなる気がします。ただそうは言っても実際のところ、保険診療の枠でやれるのは長くて15分ぐらいなんです。
宇多丸 病院での診療サイクルを考えると、そうですよね。
星野 年々短くなっていて、数年前の統計を見たら、平均で6~7分ってなっていました。今はわからないですけど、もっと短くなっているかもしれない。
宇多丸 短くなる傾向にあるんだ。
星野 患者さんが増えていて、例えば1日に50人とか60人という人数を診なきゃいけないときもざらにあります。それを8時から17時までの間にやらなきゃいけないとなると、すべての人に30分とかは難しいっていうジレンマがあって。患者さんを待たせちゃいけないから、構造的に焦ってくるんですよ。
病院にディスコを作った精神科医
宇多丸 そのシステムだと、焦ってしまうのも仕方ないですよね……。
僕の父は少し前に亡くなったんですが、精神科医で、一日に診ている人数を聞いたらやっぱりすごく多かったです。父の場合はかなりのベテランで、彼を慕って来る患者さんが多かったから、さっき星野さんがおっしゃっていた信頼関係が既にできているところがある程度あったとは思います。でもやっぱり、分量として大変そうだなというのは、話を聞いていて感じました。父が引退したのは、だいぶ前ではあるんですけど。
星野 宇多丸さんのお父様の石川信義先生はカリスマ的存在の精神科医で、僕の憧れなんです。
宇多丸 そうですか。確かに、精神医療界ではある種のスーパースターみたいですね。
星野 あまりにスーパースターすぎて後継者と言える人がいないくらい、スーパースターです。
宇多丸 父は日本の精神医療を改革しようとしたんですが、現状となかなかそぐわず、理想通りとはいかずに終わったところもある人なんですけど。
星野 何しろ、精神科病院の中にディスコを作った人ですから。
宇多丸 父なりの「開かれた精神医療」の実践として、最も有名な話ですね。そのディスコの中で、父が一番やばい感じで踊り狂ってたみたいです(笑)それこそDJをやったりとか。
星野 これは現在でも変わらない部分もあるんですが、当時の精神科病院が地域にあるということがどれぐらい難しいことだったか……その状況の中で、病院の中にディスコを作るって、地域の人たちと一体どれだけ闘ったんだろうと思いますね。石川先生は地域の方々とすごいやりとりをされて、患者さんの立場の人と一緒に生きていくという形を、本当に死にもの狂いでやられた方だと思っています。
宇多丸 ありがとうございます。そう言っていただいて、父も喜んでいると思います。彼は、最終的には精神科病院そのものを解体して、コミュニティみんなで受け入れてケアしていくことを目指していたんですね。それはイタリアのバザーリアという精神科医が実現させたシステムなんですが、実際のところ日本ではなかなかうまくいかないところも多かったようです。病院の経営形態の問題であるとか、色々な要素が原因としてあったみたいですが……後年は「日本は難しいよなあ」って、よくぼやいてましたね。
星野 いやでも、本当にすごい方だと思います。
宇多丸 僕も別に父と精神医療の話を普段から密にしていたわけじゃないんですが、ある日食事をしているときに、想田和弘監督のドキュメンタリー映画『精神』を観て感じたことを話す機会がありました。
想田監督の映画は字幕や説明が一切つかないスタイルなので、『精神』を観ていると、誰が患者さんで誰がそれ以外の立場の人かが、わからなくなってくるんですね。
それで父に、「改めて当たり前のことを聞くけど、いわゆる精神疾患と言われるものって、頭の中を切り開いて見るわけではないから、全部“類推”なんだよね?『この歯が悪いから抜いとこう』みたいなことはできないわけで、話を聞いて『こうじゃないか』と推し量るしかないし、しかも何をもって異常/正常とするかを判断するには人間の心はなかなか複雑で……ということなんだよね?」と聞いたところ、そのとおりだと言っていました。
だから星野さんがおっしゃっている、「診断をズバリと言うことはできない」とか「診療には時間がかかる」といったことは、たぶん父も100%同意すると思います。
診断はすべて「心因反応」
星野 今お話に出てきた映画『精神』で被写体となっている山本昌知先生は、患者さんと一緒に「居場所」としての診療所を作るという、まさに石川先生のようなことを岡山で実践されてきた方です。僕は個人的に想田監督と仲良くさせてもらっていて、山本先生にもすごくお世話になっているんです。
宇多丸 ああ、そうだったんですね。
星野 山本先生に色々お話をうかがったときに、診断の話もしたんですね。そしたら山本先生は……これ、言ってもいいのかどうかわからないんですけど、診断を全部「心因反応」って書いていたらしくて。
宇多丸 心因反応?
星野 「心」に、原因の「因」に、反応ですね。要するに、何かが起こるから心が反応して、この人は今辛くなっている。山本先生は、診断を全部それにしていた。「診断はなぁ、難しいんじゃ。どうしたもんかと思うてなぁ」と言ってました。
宇多丸 心に何かが起こった。それはそうだろう、みたいな(笑)でも、そうとしかいいようがない。
星野 だからいろんな病名とかつけなくて、心因反応っていう病名にして、「みんなでも、がんばってるんじゃ」とかおっしゃっていて。最高だなと思ったんですけど。
宇多丸 例えば、精神科で診断されたことで、「病気だから」とどんどんそちらに振れてしまうケースもありますよね。もちろんそれでラクになる場合も多いとは思うので、ケース・バイ・ケースだと思いますけど。
これは僕の知人の話なんですが、とある精神疾患だと診断されて、ガンガン薬を渡されたんですが、飲んでいるうちに調子が悪くなってしまったんです。それで別の病院に行ったら実はバセドウ病だとわかった、ということがありました。これ、めちゃ怖いなと思って。
星野 怖いですね。バセドウ病は甲状腺の機能が亢進されてしまう病気で、メンタルにすごく影響が出るんです。そこはでも普通に考えとかなきゃいけないところではあるので……。
宇多丸 まずその医者がいくらなんでもダメすぎたと。
星野 ただ、これは当たり前のことですが、体と心は相関しているんですね。体のことも考えながら、心のことを考えなきゃいけない。メンタルヘルス自体は市民権を得始めていると思いますが、メンタルヘルスってメンタルだけのことじゃなくて、体もそうだし、生活とか環境とか、全部が関係しているんです。その考え方を、診る側はもちろんのこと、一般的にも認知されるように伝えていきたいなと思っています。
心のマッサージとしてのメンタルヘルスケア
宇多丸 体と心の相関っていう話でいうと、マッサージへ行って施術されているときに、「ああ、ここ数週間、闘ってましたね」みたいなことを言われたことがあって。
星野 いいですね!
宇多丸 だから来てんだろっていう話ではあるんですけど(笑)そこは想像つくだろうと思いながらも、「あ、わかってくれた」っていう気持ちもあるんですよね。体をほぐしてもらいつつ、心もほぐれるというか。
星野 はい、はい。
宇多丸 それはそれでいいんですが、一方で、心のマッサージというか、カウンセリングなどで心をほぐすことを気軽にできるシステムや、それをよしとする社会の雰囲気がないのはどうなんだろうと思っています。
だから例えば、熱心に占いに行く人のことも、「話を聞いてもらう」というカウンセリング的な効果を考えると、理解できるんですよね。自殺者数のこととかを考えると、日本にはもっと心をほぐそうという雰囲気があってもいいんじゃないかと感じるんですけどね。
星野 まさにここ最近、僕の中で「体もこるし、心もこる」ということをキーワードとして持っているんです。これは僕が大きく影響を受けた先生が言っていたことなんですけど、「体のコリをほぐすんだったら、心のコリも時々ほぐしてあげたほうがラクになるよね」みたいなシンプルなことです。
だけど、宇多丸さんがおっしゃるとおり、そういう場所があまりにもない。安心して「じゃあ、この60分はあなたの時間です。どうぞ。話しても話さなくてもいいんです。話してみて途中で詰まったっていいし」みたいな場所が、全然ないよなと。
宇多丸 ないですよねえ。
星野 安心して話せる場所があるということ自体が、想像しているよりもずっと心をほぐしてくれる効果があるということを、ここのところすごく実感してます。もちろん、それが絶対にカウンセリングでないといけないというわけではなくて、すごく合うのであれば占い師の人でもいいし、「知り合いのこの人に会うと私はすごくほぐれるんだ」ということがあるのなら、それでも全然いいと思うんですけど。
宇多丸 友達とか。
星野 シンプルに話をすることの力は、とても軽視されているような気がしています。
友達に「相談」するのは難しい
宇多丸 ただ、さっき僕は「友達」と言いましたけど、ある程度フラットな関係でないと話せないこともありますよね。人生相談もそうですが、他人であるが故に話せるし、聞ける距離感がある。「相談事なんて、友達や恋人や親にすればいいじゃないか」と言う人もいるけど、近いからこそ言えないことのほうがむしろ多いんじゃないですかね。
星野 話をするときって、結構色々なものを脱ぐような感覚があると思うんですよ。「ここは脱ぐ場所だから」っていう設定があるから心を裸にできる、みたいな。
宇多丸 風呂やサウナに来てるから、服も平気で脱げるわけで。
星野 そうですそうです。心理的な安全性や安心感みたいなものが担保されてる場所って、実はすごく少なくて。例えば友達だったりすると、それを「絶対言うなよ」と念を押してから話しがちですが、そういうときって、相手はだいたい言うじゃないですか(笑)
宇多丸 友達はセキュリティの問題がありますよね!
星野 絶対言うなよって言われても、他の友達に「これさ、マジで人に言って欲しくないんだけど、あいつ、こういうことらしくて……でも、絶対言わないでね」って、そうなるじゃないですか。
宇多丸 なる(笑)あとそもそも、友達や親という固定的な人間関係があると、その人に対してのいつもの自分が邪魔をする面もありますよね。相手にどう見られているかが自分の内面に刷り込まれているから、それを裏切るようなことってなかなか言えないしできない、みたいなことも多いんじゃないかな。
星野 「この自分は見せないで付き合いたい」っていう場合はたくさんある気がします。友達は友達としていて欲しいですよね。折り入って相談してみたら「あいつ、意外と聞いてくれなかったな」とか思うかもしれないし、相手も「あいつ、めっちゃしゃべってくるな」とか思うかもしれないし。
宇多丸 バランスが崩れちゃう。
星野 だから、それはそれで「吐き出す用の場所」があったほうが絶対いいと思っています。例えばカウンセリングや相談所だと、機密性は絶対に担保されるんですよ。もちろん他に漏れることはないし、そもそも自分と相手の関係性が複雑ではない。そのときに「こうなんですよね」と話して、終わったら「じゃあ、ありがとうございました。次はいついつ来ます」ってなるだけなので。そういうフラットな場所って、他にあまりない気がしています。
(第4回に続く)
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