今夏に刊行された『ライムスター宇多丸のお悩み相談室』。本書は「女子部JAPAN」で長年行われてきた人気連載を1冊にまとめたもの。今回は刊行記念として、精神科医の星野概念さんをお招きし「悩みを聞くってどういうこと?」をテーマにした対談が実現! ロングシリーズとしてお届けします。第4回のテーマは「相談される側に求められることって何だろう」です。<構成・文:森田雄飛(桃山商事)>
※こちらの記事は、2022年10月16日に本屋B&Bにて行われた対談を元に構成しています。
→第1回「悩みって、相談って、なんだ」
→第2回「人の気持ちを分かろうとすることを諦めないために」
→第3回「友達に相談するのが難しい理由とは」
聞く側のエゴが顔を出す瞬間
宇多丸 星野さんが取り組んでらっしゃる精神医療の診療やカウンセリングでは、基本的に相手の話を「聞き続ける」ということでしたが、実際には相手とやりとりしているわけですよね。そこで自分バイアスというか、こちら側のエゴみたいなものが顔を出す瞬間って、ないものなのでしょうか?
というのも今回、『ライムスター宇多丸のお悩み相談室』を出すに当たって改めて過去の人生相談連載を読んで、我ながら「お前のその経験談、偏ってるから!」みたいに思うことが多かったんです。
僕の連載はある意味タレント連載でもあるから、経験談や独断的な要素も必要だと割り切ってはいるんですけど、とはいえ僕が「宇多丸」として回答することで、すごいバイアスかけちゃってないかなとか、なんだかんだでおじさんの俺語りになってしまっているのではないか、といった危惧を感じる時があって。
そのあたり、実際の診療ではどうなんでしょう? もちろん、プロとしてそういうエゴは出さないのが前提なのかもしれないですけど。
星野 いやいやでも、それはやっぱりありますね。フィードバックするときには、「このように理解しているけど、大丈夫ですか?」みたいに、相手の状態を確認することのほうがずっと多いとはいえ、自分の中で違う気持ちや声が湧いてくるときもあります。それはそれで、「今、話を聞いていてこういった気持ちになりました」とか「こういう考えが浮かんできたんですよね」って、伝えることもあります。それを伝えるのはあくまで僕のやり方なので、一般的なものとは言い切れないんですけど、そこはやっぱりコミュニケーションでもあるので。
宇多丸 機械がやりとりしているわけではない以上は、そうなりますよね。
星野 だから相性はあるとは思いますね。
宇多丸 そうですよね!
星野 僕が合わない方には、もっと合う人が絶対いると思うし。
宇多丸 そこは診療やカウンセリングを受ける側がチョイスしていいことなんでしょうか?
星野 もちろんです。それは絶対にそうすべきですね。なので、「他の先生にかかりたいです」みたいなことは、できるだけ教えて欲しいと思っています。
宇多丸 そのこと自体、別に失礼ということではなく、そうした方が積極的にいいということですね。
星野 ただ、怒る先生もいるんです。別のところにかかりたいと言ったら、「え!?」みたいになる人は、結構いるみたいで。
宇多丸 それはちょっとイヤですね。
星野 めちゃめちゃイヤですよね。だって、お前がダメだから言ってるのにっていう。
宇多丸 ダメっていうか、合わないというね。
星野 あ、すいません(笑)。そうですね、合わないから言ってるのに。
宇多丸 ただ単に合わなかっただけの件が、たぶんそれによってはっきり「ダメ」になりますよね。「そういう感じだからイヤなんだよ」みたいな。
星野 「そういうとこだよ」って。
「ツッコミやすさ」で関係が深まる
宇多丸 あと、さっきのバイアスの話とも通じる話で、この『ライムスター宇多丸のお悩み相談室』を読んでいただくとたぶんわかると思うんですけど、僕が相談者さんにイラッとしてる瞬間とかもあるわけですよ。「何言ってんのあなた」みたいな。診療をされていて、ぶっちゃけそういう瞬間はあるんですか?
星野 いや、それも全然ありますよ。
宇多丸 そうなんですね! これ、あんまり聞きすぎると業務妨害になっちゃうかもしれないけど。
星野 全然ありますし、関係性ができてくると、逆に相手からツッコミを入れられることもあります。「なんか怒らせちゃってごめんなさい」とこちらの未熟さを突かれたり。
宇多丸 こっちがよく見てるということは、向こうも見てるってことですもんね。
星野 「あれ先生、昨日寝てないんですか?」「はい、寝れてないんです」とか。
宇多丸 やりとりの中でお互いの柔らかい部分に接していれば、逆にこっちのコンディションも手にとるようにわかっちゃうってことでしょうか。
星野 そういうときに、昔は「いや、そんなことないですよ」とか「え、なんでそんなこと言うんですか?」とか反応してたんですけど……実際は本当に全部ドンピシャなんですよね。だからとにかく「すいません」って言うようになりました。
宇多丸 ふふふ。
星野 でもそれによって信頼感が深まっていくような気が、僕はしているんです。
宇多丸 いや、間違いないですよ。
星野 この書籍でも最後の方に、「そもそもこの『女子部JAPAN』という女性向け媒体の人生相談連載を、男性である宇多丸さんがやっていること自体を受け入れがたい気持ちがあります」みたいな相談が紹介されているじゃないですか。
宇多丸 はい。
星野 それを読んだ時に、読者の方がそういう相談を送れるような関係性を築かれているんだなと思いました。例えば「これは採用されないだろう」とか、「送ったら謎に一刀両断されて傷つくだろうな」とか思ったら、送れないじゃないですか。
宇多丸 確かにそうですね。
星野 その信頼関係と開き具合は大事だと思うんです。
宇多丸 さっきの相談が届いた時に、「こういうのを送ってくれるっていうことは、その程度には悪くない場だってことでもあるよな」とは思いましたね。相談を受ける側がむしろツッコまれやすいって、たぶんいいことですよね。
星野 それは絶対に、いいと思います。
苦しんでいる人の感情に「共感」すること
宇多丸 これまでのお話を踏まえると、星野さんの診療のスタイルは、寄り添って聴いて、深部に入っていくというものですよね。そこで「食らっちゃう」ことってないんですか?
星野 受けるものは確かに大きいですね。特に新人の頃はものすごく受けてたんですよ。振り回されていた……って言うと、相手が悪いみたいですけど、そういう意味ではなくて、こちらがよくわからずに不用意なことを言ったら罵声を浴びせられた、みたいな感じですね。それでずたずたになって、そうなるとずっと頭から離れなくなるんですね。もう病院行くのやだなとか、やめたいなと思ってたときもありました。
宇多丸 ああ、そこまで。
星野 でもそういうのって、割と多くの人が通ってる道だと思うんです。逆にそういうのがまったくなくて、はじめっからスマートにやれちゃうのは……
宇多丸 平気でーす、みたいな。
星野 それもある意味でちょっと危険というか。「ほんとに平気?」みたいに思ってしまいます。
宇多丸 距離を置いて、安全圏から「はいはい」とやるだけではよくない、ということですか?
星野 安全圏からやるっていうのは、同じ場所に立っていないんですよね。ただ観察して「こういう薬を出します」みたいなのは違うんじゃないかなと。でも、安全圏じゃないところに入っていくと、ぐるんぐるんになるんですね。
宇多丸 それ、どうするんですか?
星野 食らっていた時期に、先輩から「ちゃんと距離を置いたほうがいい」というアドバイスをもらって、そうしてみた時期もあったんです。そしたら安全にはなるんですけど、相手との距離が縮まらないんですね。相手のことがわからないから、それはそれでうまくいかない感じになってしまって。
宇多丸 ままならないですね。
星野 結局のところ、中に入っていって体感しないと、その人の辛さには共感できないと思っています。
共感って、すごく難しい。理解は割とすぐにできると思うんです。理解=共感っていう捉え方もありますが、僕が考える共感はそうじゃなくて、「ああ、この人はこういうことで辛いんだ」とか、「これを言って怒り出しちゃうぐらいの敏感さがあるんだ」みたいなことを、自分で体感して初めて生まれるものです。
「うぅ~」ってなっている相手に対して、自分も同じように「うぅ~」となって、こちらにも感情が生まれる。逆転移とかっていうんですけど、この感情がこの人を苦しめてきたのかもしれない、みたいな。そこでその感情に任せて怒ったりしたらダメで、その感情を体感で知って「あぁ、なるほど」と思ってやっていく。
宇多丸 それはすごい、いかにも食らってしまいそうですね。
話を聞く側のメンテナンス問題
星野 そこは経験で、ダメージを受けるんだけど、そのダメージを深くまで行かせないスーツを着ておくみたいなイメージですね。
宇多丸 最後の一枚にちゃんと防弾チョッキを着ているような感じでしょうか。
星野 そうですそうです。段々その状態になっていっているような気はしています。だからあんまり受けまくらなくはなったんですけど、やっぱり蓄積していくものはあります。定期的に体がすごく重くなったりとか。
宇多丸 やばいですね。
星野 背中が痛くなるんですよ。
宇多丸 フィジカルの方に来るようになっちゃってるんだ。素朴な疑問として、じゃあ星野さん自身には、コリにこった心をほぐす場というのはあるんですか?
星野 それがなかなかなくて……。
宇多丸 同業者のところへカウンセリングに行けばいいとか、そんな簡単なことではないんですか?
星野 行こうと思ってもどこに行ったらいいかわからないんです。だから、みなさんと一緒なんですよ。
宇多丸 そこは、まさに僕もそうですね。人の悩みに答えといて、じゃあ自分はどうしてるんだっていうと「いや、自分で考えて……」みたいな。僕みたいなのが一番危ないなと自分でも思います。そもそも自己開示がうまいタイプじゃないし。
星野 自己開示は僕もあまりできないんですけど、一時期、自覚はあんまりなかったんですが、こういうイベントとかでも、急に「僕、ちょっと家族との問題があって」とか言い始めちゃって。聞きに来た人に「最近自己開示がすごいですね」って言われて。
宇多丸 それはある種のSOS状態ですね。
星野 その通りです。自分では気づいていなかったんですけど、SOSを出してたんでしょうね。自分では面白おかしく話してるつもりでしたが、きっとそうやって出さざるをえなかったんだと思います。結構溜まってたなあ、みたいな。その時は、たまたまいいアドバイスをしてくれる同僚に恵まれたりとか、あとは、カウンセリングのトレーニングの一環で、自分の話をじっくりするという合宿に参加したりして、徐々に和らいでいきました。
宇多丸 それぐらい、ご家族のことは大きかったんですね。
星野 その時の僕にとっては大きな問題でした。でも、そういう場所はなかなかないですし、見つけるのも大変ですよね。
宇多丸 特に、星野さんのようなプロがどうするか問題っていうのは大きそうですね。
星野 だから本当に、月に一回話を聞いてくれる人とか欲しいですよ。
宇多丸 医者の不養生とか言いますけど、同業者同士でなんとかできるようなシステムもあればいいですよね。
(最終回に続く)
* * *
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