テクノロジーの発展や、「人生100年時代」の到来によって激変している私たちの働く環境。ロバート・フェルドマンさん、加藤晃さんの共著『盾と矛 2030年大失業時代に備える「学び直し」の新常識』は、DX、AI、SDGs、MOTなど、理解しているようでしていない新しい概念をはじめ、ビジネスパーソンが身につけておくべきテーマをまとめた一冊。激動の時代をサバイブするために、ぜひ目を通しておきたい本書から、内容の一部をご紹介します。
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技術の進歩がもたらすもの
DXの問題については、1850年代のアメリカの事例から多くの教訓を得られるのではないかと思います。
カリフォルニアが正式にアメリカ合衆国の州になったのは、1850年のことでした。当時のアメリカには、東海岸と西海岸の間の情報伝達が極めて悪いという大きな問題がありました。
船で行く場合、東海岸のニューヨーク、ボストンなどから、西海岸のサンフランシスコまでは、南アメリカ大陸を回る必要があり、早くても110日間かかっていました。ただし、船の方が無事に到着する確率は高かったようです。
一方、大陸横断鉄道が完成するのは20年も先のことです。陸上で情報を送る場合、東海岸から中西部のミズーリ州まではそう長い時間はかからなかったのですが、中西部からサンフランシスコまでは不確実性が高い、24日間におよぶ極めて危険な旅でした。
そこで、3人のアントレプレナーがチャンスをつかみました。
ラッセル、メージャーズ、ワデルら3氏が考え出したアイデアは、「ポニー特急(Pony Express)」でした。ミズーリ州のセント・ジョーゼフ市から手紙をポーチに入れて、十数キロごとに馬を乗り替えて3200キロのルートを辿ります。
1860年4月3日に出発し、4月14日にサンフランシスコに到着しました。ミズーリ州からサンフランシスコまで24日間かかっていたのを、たった11日間に短縮したのですから、画期的な速さです。
ところが、1861年10月26日、ポニー特急の会社は開業からたった1年半で倒産を発表しました。南北戦争が始まったからではありません。先住民との戦争でもありません。その要因は、技術革新でした。
倒産発表の2日前の10月24日、大陸横断の電信網が完成したのです。中西部のネブラスカ州のオマハ市から、ユタ州のソルトレークシティー経由でカリフォルニア州のサクラメントまで電報が届くようになったのです。ニーズがなくなったポニー特急は、消え去りました。
過渡期の雇用をどうするか?
さて、ポニー特急の従業員はどうなってしまったのでしょうか。路頭に迷うことはありませんでした。技術の進歩によって成長するアメリカ経済の下、新たな職業に就くことができたのです。
電報作業員ではないにせよ、電報という新しくできた産業において高収入を得る人が出現し、その人が消費する商品やサービスを提供する産業に転職できたことはまちがいありません。
技術の進歩が従来型産業を破壊する例は、経済史において数多く見ることができます。アメリカで「ポニー特急」が倒産したのと同様に、日本では、江戸時代の「早駕籠」が汽車によって消え去りました。「人力車」は、タクシーによって消え去りました。事例を挙げれば、きりがありません。
それでも、経済成長が止まったわけではありません。むしろ、新しい技術を取り入れた結果、生活水準は上昇したのです。問題は、技術革新によって産業が入れ替わる過渡期の雇用をどうするかです。
AIとDXで悩む日本にとって、この歴史的教訓は意味深いと思います。マッキンゼー社の調査によれば、2030年までに日本ではAIなどが1600万人の雇用を破壊するそうですが、同じ技術は1000万人から1100万人の転職ニーズをもたらすと予測しています。
これまでの技術、雇用、社会の相互関係にはどのような事例があったのか、どのような理論があるのか。そこには、次の日本をどのように作るべきか、多くのヒントがあります。
1861年のアメリカにおいて、ポニー特急で情報を伝えるコストが電報のコストを大きく上回った結果、電報を利用するプロセス・イノベーションだけでなく、プロダクト・イノベーションも起こりました。
その後の150年間も情報コストは低下傾向でしたが、近年はさらに情報コストが低下しています。IT、ML、DLを利用したプロセス・イノベーションもプロダクト・イノベーションも合理的になっています。
盾と矛
テクノロジーの発展や、「人生100年時代」の到来によって激変している私たちの働く環境。ロバート・フェルドマンさん、加藤晃さんの共著『盾と矛 2030年大失業時代に備える「学び直し」の新常識』は、DX、AI、SDGs、MOTなど、理解しているようでしていない新しい概念をはじめ、ビジネスパーソンが身につけておくべきテーマをまとめた一冊。激動の時代をサバイブするために、ぜひ目を通しておきたい本書から、内容の一部をご紹介します。