体のどこかに痛みがあって、仕事に集中できないことはありませんか? 麻酔科専門医である柏木邦友氏の著書『とれない「痛み」はない』は痛みの取り除き方を網羅。ここでは本書の一部を紹介し、痛みの原因がある部位から離れた、別の部位に痛みを感じる理由を解説します。
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痛みというのは不快なものであり、私たちをイライラさせたり怒りっぽくさせたりもします。「痛いのだからイライラするのは当たり前だろう」と思われるかもしれませんが、実はイライラするのは「痛いから」ではありません。
痛みの信号が脊髄を伝わって脳に向かい、痛みを感知する部位に到達すると、私たちは「痛い」と感じます。一方で、この痛みの信号は大脳辺縁系という感情を司る部位にも届くことがわかっています。この大脳辺縁系への刺激が、人をイライラさせるのです。
つまり「痛みの信号によって痛みを感じると同時に、不快感を引き起こす」という脳の仕組みがあるわけです。
痛みで不快感を覚える仕組みを知ると、痛みを抑えることなくしてイライラや怒りを鎮めるのは難しいことがわかります。もちろん、漢方薬や一部の薬には不安感や不快感を抑えるものもありますが、「痛みがあってイライラする」という場合、まず痛みをとることを主眼に置いて治療を進めるのが理にかなっているといえます。
痛みは、身体が私たちに異常を知らせてくれる重要なサインです。放っておくと痛みが増幅するだけでなく、痛みの原因となっている疾病が悪化していくおそれもありますから、決して我慢すべきではないのです。
痛みを放置すると、重篤な病気を見逃してしまうおそれもあります。みなさんは「関連痛」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
関連痛とは、痛みの原因がある部位から離れたところに感じる痛みのことです。心筋梗塞(心臓に酸素を供給する冠動脈が詰まる病気)になると首やあごに痛みを感じることがあるのですが、これは関連痛の中でも特によく知られているものの一つです。
関連痛が起きるのは、神経が「勘違い」をするからだといわれます。
私たちの身体の中では、背骨(脊椎)の中を通る脊髄を通じて痛みの信号が脳に送られます。
骨格模型などで背骨の様子を見たことがある人はイメージしやすいと思いますが、脊椎というのはたくさんの「椎骨」が連結してS字カーブを描いており、詳しくいうと、頭側から7つの「頸椎」、12の「胸椎」、5つの「腰椎」、そして5つの「仙椎」がくっついた「仙骨」で構成されています。
頸椎、胸椎、腰椎、仙骨を構成する一つ一つの骨の中の脊髄からは脊髄神経が伸びており、内臓や、皮膚や筋肉など身体の表面で痛みの信号が出ると、それぞれの部位に応じた脊髄神経を通じて、脳に信号が届きます。
関連痛が起きるのは、内臓から痛みの信号が脊髄に届いたとき、信号の「混線」のような状態が起き、内臓の痛みなのに、あたかも皮膚や骨から来た痛みのように、脳が「勘違い」するためです。
たとえば心筋梗塞で心臓が痛みの信号を発し、それが脊髄から脳へと伝わるときに「混線」が起きると、脳は首やあごのあたりの皮膚や筋肉が痛いと感じます。心臓からの痛みの信号と、首やあごのあたりの身体の表面部分が発する痛みの信号は、背骨の同じ部分を通って脳に到達するからです。
このように、関連痛は「背骨のどの部分から痛みの信号が脳に届くか」によって決まるため、内臓や身体の表面部分との間で対応関係が決まっています。
心筋梗塞のほかには、虫垂炎を発症したとき、虫垂のある右下腹部よりも先にお腹の上のほうが痛くなり、さらに臍の周囲に痛みが移動することが知られています。
くも膜下出血(脳とくも膜の間に起こる出血)の場合は首の後ろが痛むことがありますし、婦人科疾患では腰に痛みを感じる場合があります。「生理のときに腰痛がつらい」という女性は少なくないと思いますが、これも関連痛の一つです。
重篤な病気を見逃さないためにも、身体に強い痛みを感じたときや、繰り返す痛みを感じたときは自己判断せず、病院で診察を受けたほうがいいでしょう。
とれない「痛み」はない
人の身体は50歳を過ぎると、あちこちに痛みが出てくるもの。日本人は「我慢は美徳」とばかりに耐えようとするが、痛みは生活の質を落とすだけでなく、我慢するほどに強まる仕組みになっているから無意味だ。痛みは深刻な病気のサインのこともあるため、放っておくのは禁物である。そこで本書では、痛みが生じるそもそもの仕組みから、部位別の痛みのとり方、薬や病院の選び方、終末期の苦しみのとり除き方まで、痛みに関するあらゆる疑問を解説。痛みや苦しみの恐怖から解放されること間違いなしの一冊。