体のどこかに痛みがあって、仕事に集中できないことはありませんか? 麻酔科専門医である柏木邦友氏の著書『とれない「痛み」はない』は痛みの取り除き方を網羅。ここでは本書の一部を紹介し、注射や採血のときに感じる痛みについて注意したほうがいい理由を解説します。
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いくら強い痛みを感じるからといって、痛みそのもので人が亡くなることはありません。しかし、痛みが重篤な病気を引き起こすことはあります。
たとえば手術の後の強い痛みなどで患者さんの血圧が上昇すると、脳にある動脈瘤が破れたり大動脈解離を起こしたりするケースがあります。
また、強い痛みを感じると心臓がバクバクすることがありますが、心臓に酸素を供給する冠動脈が細くなってしまっている人の場合、狭心症(冠動脈が狭くなり、血流不足になる状態)や心筋梗塞につながるおそれもあるのです。
術後の痛みをとることは、患者さんの苦しみを軽減するためだけでなく、命を守るためにも重要なのです。
私が過去に耳にした話では、麻酔をかけるための点滴を始めるとき、点滴の太い針が刺さる痛みと恐怖心から、患者さんが大動脈解離になったというケースがありました。
「たかが痛み」とあなどってはなりません。
読者のみなさんの中には、健康診断などで採血をされるときに、ひどい痛みを感じたことがあるという人もいるかもしれません。
実際、針を刺してもスムーズに採血できないことはあり、中には「針を刺した後、血管を探るように針先を動かされた」という経験を持つ人もいるのではないでしょうか。
採血するとき、血管は皮膚の向こうにある程度は見て取ることができますが、神経は目視で確認することができません。ですから針を刺したときに神経に当たってしまうかどうかは「運」の要素もあるのですが、神経の損傷をできるだけ防ぐという観点から「避けるべき場所」があることもわかっています。
献血時に神経の損傷が起きてしまったケースの報告からは、たとえば肘のあたりに3本並んでいる血管のうち、上に向けた手のひらの小指側を走る血管は、神経を損傷しやすいため、できるだけ狙わないほうがよいといわれています。
しかし、この血管はほかのものと比べて浮き出やすく、どうしてもほかの血管が見えづらい場合もありますから、「絶対に避けるべきだ」とまではいえないのが実情です。
採血による神経損傷のリスクはどの血管から採血するかによって変わりますし、針の太さや探る動作の有無でも違ってきますが、数千件に1件ほどの確率で起こりうると考えられます。
厚生労働省の平成29年度の資料「献血者の健康被害」によると、献血による健康被害の中で神経損傷は473万人中541人(約0・0114%)と、非常に稀です。
もしも自分が採血されているときに「神経に当たっているかもしれない」と感じたら、躊躇せず「痛いので、いったんやめてください」と伝えましょう。
痛みを我慢できずに「採血をやめてほしい」とはなかなか言い出しにくいかもしれませんが、強い痛みを感じたときにすぐにやめれば、神経損傷の程度がひどくなるリスクは減らせます。
損傷がひどい場合は1年など長期にわたって痛みが続くこともありますから、神経に当たってしまったとしても、なるべく損傷の程度を抑えることは重要です。
ちなみに、注射や採血で神経を損傷したことがあるという患者さんから私がお話を聞いたときは、注射の針をさされている間に「圧迫されるような痛みがあった」「爆発したような痛みを感じた」「強いしびれが持続した」「熱くて痛い感覚があった」と表現していました。これまでに経験したことがないような違和感や痛みをおぼえたら、直ちにそのことを伝えるようにしてください。
なお点滴の場合も、刺した後ずっと痛みが続く場合は、神経を傷つけているおそれがあります。また、手の甲など血管が細い部位では静脈炎が起きやすく、それが痛みの原因になることもありますし、点滴が漏れている場合も、痛みを感じます。
そもそも血管の内側には痛みを感じる神経はありませんから、点滴をしていて痛みがある場合は、周辺の神経に何らかの影響が及んでいる可能性が考えられるのです。
いずれにしても、痛いときは我慢せず、スタッフに伝えて対処をお願いすべきです。
痛みをとることは有意義な人生を送るためにも大切なことです。
イギリスで50歳以上の人を対象に7304人を調査した研究によれば、「自分の人生が有意義だ」と評価する人は慢性的な痛みが少ないという結果が出ています。
年を重ねれば身体のどこかが痛むようになることが多いものですが、長く抱え続ける痛みは人生に暗い影を落とすでしょう。
人生における時間は有限です。大切な時間を有意義に過ごすためには、つらい痛みを我慢せず、適切な処置によって軽減していくことが必要ではないかと思います。
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とれない「痛み」はない
人の身体は50歳を過ぎると、あちこちに痛みが出てくるもの。日本人は「我慢は美徳」とばかりに耐えようとするが、痛みは生活の質を落とすだけでなく、我慢するほどに強まる仕組みになっているから無意味だ。痛みは深刻な病気のサインのこともあるため、放っておくのは禁物である。そこで本書では、痛みが生じるそもそもの仕組みから、部位別の痛みのとり方、薬や病院の選び方、終末期の苦しみのとり除き方まで、痛みに関するあらゆる疑問を解説。痛みや苦しみの恐怖から解放されること間違いなしの一冊。