2022年カタールW杯でベスト16を果たしたサッカー日本代表。その支柱として活躍した長友佑都氏の著書『[メンタルモンスター]になる。』は、日本サッカー史上初めてとなる4大会連続でのW杯出場など数々の偉業達成してきた長友氏が激動のサッカー人生を振り返る、集大成の一冊です。一部を抜粋してお届けします。
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歳を重ねて失ったものと得たもの
でも、本当に全然違った、と思う。
例えば、このとき僕と真司は、ブラジル大会のときとはまったく違う環境にいた。
僕が所属するのはガラタサライ。トルコの名門としてその名を馳せていたが、かつて所属したインテルに比べれば、注目度は低かった。真司はブンデスリーガの名門、ドルトムントへと戻っていたけれど、なかなか思ったような結果を出せずにいた。
お互いキャリアもベテランの域に達していた。
このときの代表を指した「おっさんジャパン」は「おっさん」をネガティブに表現したものだろう。なんだか、未来がないものだ、と言わんばかりに。
確かに、クラブやデータを見れば、徐々に落ちていく何かはあったと思う。
実際、プレーをしていてそれを感じることもあった。
一番は、リカバリー能力だ。同じスピードで走れ、と言われれば36歳になった今でも走れる自信がある。でも、それを何度も繰り返すと、プレーの質が落ちる感覚があった。
疲労がたまりやすくなったり、試合中でも、1回のスプリントをした後は、若い頃より筋肉や脈が戻ってくる速度が遅い。
アスリートは自分の身体と常に向き合っているから、そうした細かい、小さな変化に敏感になる。
そしてつい「体力が衰えた」と考え始める。
いつかは来るアスリートとしての引退。それは、きっとこの「衰えた」という認識からスタートすると思っている。
では、「衰えた」と認識しなければどうだろう。ロシア大会の後に感じた、「また戻ってくる」という、湧き上がるような熱い感情。「衰え」というネガティブな感情ではなく、ポジティブな感情に、本当は自分の中に強く存在する思いに従ってみたら、未来は開けるのではないだろうか。
湧き上がる感情に従って前を向く。
そんな経験を何度も繰り返しているうちに、「歳を重ねるとパフォーマンスが落ちる」という世の中の常識に支配されて努力をやめてしまうことこそが、一番もったいない、と感じるようになった。
常識的な思考が選手の成長を止めてしまうのだ、と。
確かにベテランになればなるほど ―― 例えば先のスプリントを繰り返すことのように――できないことは増えてくる。だけど、それ以上にできることもまた増えている。
かつてはただがむしゃらに走ることで止められた相手を、無駄な力を省き、頭を使いながら効果的に止めることができるようになった。
何より、メンタリティが飛躍的に向上した。
目の前で起きている出来事の見え方、捉え方、考え方。そうしたものをメタ認知して、いろいろな角度からアプローチできるようになった。
きっとこれからも、歳を重ねるごとに僕は成長する。
その自信がある。
僕の人生を変えたワールドカップ
これまで3度のワールドカップを経験した。
日本代表として出場した試合数は11回。ハセさん、永嗣さんに並んで最多らしい。
その3度のワールドカップは、毎回、確実に、僕の人生を変えた。
1度目の南アフリカワールドカップは23歳のとき。右も左もわからない中で、ただがむしゃらにプレーをした。
ずっと背中を追いかけた大先輩・中村俊輔さんに、わからないことがあれば何でも聞いた。自分が下手くそであることを自覚していたから、できるだけ多くのことを吸収したかった。
サミュエル・エトー、ウェズレイ・スナイデル……のちにチームメイトになる、当時すでに世界のトップで戦っていた選手たちとの対戦で「もしかしたらできるかもしれない」「負ける気がしない」、そんな感覚を抱いた。もちろん、そんな簡単なことではなかったのだけど、若い僕に初めて自信を植え付けてくれた時間だった。
それを評価してくれたのが、セリエAのチェゼーナだった。僕は初めて、海外へ移籍することになる。ワールドカップが世界を教えてくれ、世界への扉を開いてくれたわけだ。
2度目、3度目のワールドカップはすでに触れている通り。
ブラジル大会はこれまでで一番、大きな自信を持って臨んだ大会だった。それが単なる過信だったことを知ってサッカーをするのも嫌になった。このときはわからなかったけれど、あの試練を乗り越えたからこそ今がある。
ロシア大会で湧き上がった新たな感情。あの年齢で再び、自分の中に火が付くなんて思ってもみなかった。
あのピッチに立つたびに知らない自分が現れ、「お前はこの試練を乗り越えられるのか?」と問いかけられる感覚。そして、乗り越えれば確実に成長した自分を与えてくれる。
いつからか、こう思うようになった。
「成功は約束されていないけど、成長は約束されている」
ワールドカップで勝てるかどうか、成功を手にできるかどうかは誰にもわからない。勝負の世界、厳しい戦い、トップオブトップスの意地のぶつかり合い。誰もが、ここを目指して努力してきたのだから、誰が勝っても勝者にふさわしい存在である。
だから、いくら考え、悩み、汗をかき、心身をいじめ抜いても「成功する」とは限らない。報われない可能性のほうが高いくらいだ。
でも、その試練に対して向き合うことさえできれば、必ず「成長」は手にできる。考え、悩み、汗をかき、心身をいじめ抜いた経験は、必ずその人を成長させてくれる。
だから、ワールドカップを目指すことをやめられない。
そして今、僕は4度目のワールドカップに向かって走り続けている。
それはとても幸せなことだ。
[メンタルモンスター]になる。
日本史上初めて、4大会連続W杯出場を果たした著者が激動のサッカー人生を振り返る、集大成! 『[メンタルモンスター]になる。』の情報をお届けします。