2022年に創業25周年を迎えた、楽天。四半世紀前、たった6人で始まったベンチャーは、今や日本を代表する企業にまで成長しました。そんな楽天と、グループを率いる三木谷浩史氏の25年間に迫った、同氏監修の最新刊『突き抜けろ』は、発売直後にブックファースト新宿店のビジネス部門で1位を獲得するなど、話題となっています。今回は第4章「世界の鏡を見よ」から、一部をご紹介します。
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楽天を「真の世界企業」にするには
その衝撃的なレポートを三木谷が見たのは、2009年11月のことだった。
「この予測は、もはや避けられないだろう」
それは、世界各国のGDPシェアがどのように変化するのか、の予測だった。2008年に世界におけるGDPシェアが8%だった日本は、2050年にはわずか3%に落ち込む。レポートには、そう書かれていた。
「日本は人口減少、少子高齢化問題を抱えている。これは現実だ」
楽天は“日本を元気にする”という信念のもと、世界一のインターネット企業になる、という目標を掲げてきた。三木谷にとっては、ショッキングなデータだった。
「だが、これからは日本企業が世界企業へとシフトして、世界市場を相手にビジネスができたとしたら、どうだろうか。日本は再び、繁栄するのではないか」
となれば、楽天を“真の世界企業”にすればいい。
だが、そのためには大きな壁が潜んでいることに三木谷は気づいていた。言葉の壁である。
2005年、楽天はアメリカの大手オンライン・マーケティング企業リンクシェアを買収していた。2008年には台湾、2009年にはタイに拠点を築き、日本の楽天市場と同じようなインターネット・ショッピングモールを開設した。
事業展開は順調に進んだが、三木谷はもっと効率的に事業を進められるはずだと思っていた。それがどうにもうまく進まず、モヤモヤした思いが頭から離れなかった。やがて、その問題が言語、つまり普段使っている日本語に根ざしていることに思い至った。
海外の社員と日本人社員とは、通訳を介して話をしていた。しかし、通訳を介すると、会話のスピードはどうしても遅くなり、お互いを十分理解するのに時間がかかる。
そればかりではなかった。通訳が入ると、一つのチームで働いているという一体感もわきにくかった。これは、楽天のカルチャーを維持しながら仕事をしていく上で、根幹に関わる大問題だった。
三木谷のメッセージも、海外の社員はわざわざ英語に翻訳して読んでいた。海外から日本へ送られるメッセージも同様だった。翻訳には時間も労力もかかる。瞬時に世界各地に通信できるインフラはあるのに、活用ができていなかった。
三木谷が気づいたのは、言葉の壁が翻訳にかかる手間以上の問題をはらんでいることだった。例えば、採用の問題だ。楽天がこれからも独創的なサービスを世に送り出し続けるためには世界中から最高の頭脳を持った人材を集める必要があった。しかし、日本語が足を引っ張っていた。言葉が通じないのでは、来てもらえない。
「単に日本語ができないというだけで優秀な人材を雇えない。こんなことが受け入れられるか」
こうして三木谷が決断したのが、社内公用語英語化「Englishnization」だった。
衝撃を与えた社内公用語の英語化
「楽天が真の世界企業へとシフトする、その第一歩として、コミュニケーション言語を英語にしたいと思います」
2010年2月、楽天定例の全社員参加による朝会で、三木谷は社内公用語の英語化を宣言した。
この宣言は、多くの社員に大きな衝撃を与えた。当初は、半信半疑の社員も多かった。グローバル化に踏み出していたとはいえ、事業の主軸は当時はまだ国内のショッピングモール事業だった。ドメスティックな業務に就く社員がほとんどだったのだ。
しかも、当時の楽天グループの日本人社員は約7000人。これだけの社員を抱える企業が、社内公用語を英語化するなど日本では前例がなかった。しかし、三木谷にはそんなことは関係がなかった。
「やれば、必ずできる」
実際、日本に来ている楽天の外国人社員たちは、数カ月で日本語をしゃべっていたのだ。どんな日本人でも、英語圏で数カ月暮らせば、ある程度は英語をしゃべれるようになる。それなら始終、英語に触れられるような環境を社内に作り出せばいい。
では、どれだけの時間が必要か。楽天の外国人社員が日本語を習得するのにかかった時間は平均3カ月。ならば、と三木谷は1000時間の勉強時間、という仮説を立てた。1日2時間勉強したとして約2年。社内公用語の英語への完全移行は、2012年4月、と定めた(その後、東日本大震災の影響を鑑みて3カ月延期している)。
楽天の社内公用語英語化には、冷ややかな声もあった。特に日本では、非難の声すら上がった。日本のある大手企業のCEOは、楽天の計画を「愚か」とこき下ろした。日本では企業の幹部が公の場で他社を批判することはまずない。
愚か、という発言がメディアで大きく広がったこともあって、楽天の決断の衝撃は国内に広がった。しかし、三木谷は方針を変えなかった。
それどころか、三木谷はこう確信していた。
「この取り組みが他社にも波及すれば、日本経済を危機から救うに違いない」
グローバル化はもはや止められない。世界中の人々と一丸となってビジネスを進められる企業になることが正しい選択であることは、論をまたないことだった。その真意が伝わらないことが、三木谷には何より残念だった。
突き抜けろ
2022年に創業25周年を迎えた、楽天。四半世紀前、たった6人で始まったベンチャーは、今や日本を代表する企業にまで成長しました。そんな楽天と、グループを率いる三木谷浩史氏の25年間に迫った、同氏監修の最新刊『突き抜けろ』は、発売直後にブックファースト新宿店のビジネス総合ランキングで1位を獲得するなど、話題となっています。