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2023.02.02 公開 ポスト

400人を「翌日」異動 三木谷浩史が楽天モバイルに懸けた思い上阪徹/三木谷浩史

2022年に創業25周年を迎えた、楽天。四半世紀前、たった6人で始まったベンチャーは、今や日本を代表する企業にまで成長しました。そんな楽天と、グループを率いる三木谷浩史氏の25年間に迫った、同氏監修の最新刊『突き抜けろ』は、発売直後にブックファースト新宿店のビジネス部門で1位を獲得するなど、話題となっています。今回は第5章「クレイジーであれ」から、一部をご紹介します。

*   *   *

明日、400人を異動させる」

翌朝7時、楽天クリムゾンハウスの車寄せに矢澤の姿があった。思うように進まない基地局建設を大胆に前に進める。その策はもう決まっていた。

全社員から400人を楽天モバイルに異動させる。彼らに基地局建設を担ってもらう」

(写真:iStock.com/ipopba)

基地局建設のプロなど、もちろん楽天社内にはいない。経験者もいないだろう。それでも社員に委ねるべきだと考えたのは、楽天社員には圧倒的な当事者意識があるからだ。社運を賭けたプロジェクト。そのためなら懸命にやってくれる、と思った。

前日、夜遅くまで矢澤は計算を繰り返していた。いったい何人が集まれば、期日までに間に合わせることができるのか。理論上、この数字ではないか、という最小限が400人だった。本当は700人、800人と欲しいところだが、どの部署も忙しい。そんなに人が出せるとはとても思えなかった。

「400人でも厳しい数字かもしれない」

 

それでも、三木谷に直談判するしかない。基地局の仕事を任される以上、絶対に譲れない一線として400という数字を据えた。

「こうと決まれば、朝一番に話をするしかない」

三木谷の一日のスケジュールは、分刻みの凄まじいものだ。途中に入り込む余地はあまりない。もちろん、電話をかけることもできるし、Viberを送ることもできる。三木谷がそれを見て返信をくれるのもわかっていた。

それでも顔を見て口頭で話したほうがいい場合は、矢澤は必ずそうしてきた。トイレの入り口の前で待ち構えていたこともある。朝、本社の車寄せで車から降りてくる瞬間、というのも一つのチャンスだった。

 

三木谷を迎える秘書の隣に並ぶと、秘書はすべてを察したようだった。三木谷の車が入ってきた。矢澤の姿を見つけると、三木谷も理解した。何か言いたい大事なことがあると、矢澤がこういうことをするのを知っているのだ。

車から降りるタイミングで、矢澤はA4版の紙を見せた。そこには大きく、400人、と書かれていた。そして三木谷の次の言葉に、矢澤は衝撃を受けることになる。

「わかった。明日からだ。400人、明日、異動させる

「……えっ! 明日ですか。明日といっても、オフィスのスペースも席もありません」

朝会に使っている4階を使えばいい。すぐに百野と相談しろ」

毎週月曜日の朝に実施している全社員が参加するミーティングに使用している場所だ。

 

こうして矢澤は、400人の異動の承認を受けた。矢澤は回想する。

「それで動け、と決裁をいただきましたが、さすがにびっくりしました。400人という大規模な異動を急ぎ受け入れてもらえただけではなく、明日から、なんですから

「君たちに楽天の未来がかかっている」

矢澤は人事も統括する楽天グループ副社長、百野研太郎のもとを訪ねた。状況を理解した百野は、すぐに各事業へ根回しを始めた。少しずつリストが積み上がっていく。それを見た矢澤は改めて思った。

「本当は400人以上欲しい。700人でも、800人でも」

思い切って三木谷にそれをぶつけてみることにした。Viberを送ると、すぐに動きがあった。全役員が集められたのだ。会議が始まると、三木谷はその場でこう言い放った。

楽天モバイルには、それぞれの事業のエースを出してほしい。上から順番に出せ」

(写真:iStock.com/AaronAmat)

この三木谷の発言はすぐに全社に広がった。矢澤は言う。

「上から出せるのか、出せないのか、それは各事業でいろんな事情があったと思います。しかし、上から出せ、という一言があったおかげで、異動してきた人材が気持ち良く仕事をすることができたことは間違いありません。選ばれた人間なんだ、と誇らしい気持ちで異動できたはずですから」

花形の事業の花形の部署から携帯アンテナを立てる仕事へと異動となれば、左遷と思いかねない。しかし、三木谷の一言で、そのイメージは一気に変わったのである。

 

そればかりではなかった。異動してきた400人に対して、三木谷は翌朝、直接、檄を飛ばしたのだ。楽天は2010年に英語を社内公用語にすると宣言し、実際にそうしている。したがって、多くの社員は三木谷の英語のスピーチしか知らない。

しかし、400人が集まったフロアには外部の工事業者もたくさん加わっていた。そうなれば、三木谷も日本語で話さざるを得ない。400人の大半は初めて、三木谷の日本語のスピーチを聞くことになった。

君たちは選ばれた400人だ。君たちに楽天の未来がかかっている」

「我々がやろうとしているのは、ただ単に携帯料金を安くすることだけではない。通信費が安くなれば、日本の消費アップにもつながる。日本を元気にできる

「楽天モバイルがやろうとしているのは、世界にまだなかった技術だ。この技術を世界に輸出すれば、日本発の新しいテクノロジーが生まれる」

「君たちは、楽天モバイルのアンテナを建ててるんじゃない。日本の未来を作っているんだ

 

楽天クリムゾンハウス4階は、400人の社員で朝から猛烈な熱気に溢れた。楽天の社員たちの熱気は、そのまま数十社にもなる外注業者にも伝搬していった。そして三木谷の言葉は、アンテナ設置候補地の地権者へも語られることになる。社員たちは口々にこう伝えた。

僕たちは日本の未来を変えたいんです。日本の未来を作っているんです

関連書籍

三木谷浩史『突き抜けろ 三木谷浩史と楽天、25年の軌跡』

常識に挑む 実業家の素顔 関係者らが明かす、創業四半世紀 1997年にたった6人で創業した、ベンチャー企業、楽天。創業当時、ネットでモノは売れないと揶揄され、楽天市場の初月の売上げはたった数万円。しかし、25年経った現在、そのベンチャー企業はショッピングのみならず、ネット上で国内屈指の銀行、証券会社を有し、クレジットカード発行枚数はダントツ日本一、売上高1.7兆円の巨大経済圏を形成する、メガ企業に成長した。本書では、楽天の成長を紐解くために、創業者、三木谷をはじめ幹部ら15人超にインタビューを敢行。挑戦と挫折の歴史から、社運をかけて乗り込んだ、携帯電話事業の全貌に至るまで、唯一無二の壮大な物語が完成した。 【章立て】 はじめに 第1章:聖域を作るな ・「やる気がないなら、来るな」 ・市場の出店者がゼロになってもいい ・・・ 第2章:旗を立てよ ・「オレが営業本部長をやる」 ・グーグル並みのポテンシャル ・・・ 第3章:地べたを這いつくばれ ・社名はみんなで考えてほしい ・倒産寸前の状況 ・・・ 第4章:世界の鏡を見よ ・英語化の大きな効果 ・イニエスタを連れて帰る ・・・ 第5章:クレイジーであれ ・遅れに遅れた基地局設置 ・申込みが殺到、処理システムはパンク ・・・ 三木谷浩史ロングインタビュー

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2022年に創業25周年を迎えた、楽天。四半世紀前、たった6人で始まったベンチャーは、今や日本を代表する企業にまで成長しました。そんな楽天と、グループを率いる三木谷浩史氏の25年間に迫った、同氏監修の最新刊『突き抜けろ』は、発売直後にブックファースト新宿店のビジネス総合ランキングで1位を獲得するなど、話題となっています。

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上阪徹

1966年兵庫県豊岡市生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て94年よりフリーランスとして独立。雑誌や書籍、ウェブメディアなどの執筆やインタビューを手がける。著者に代わって本を書くブックライターとして、担当した書籍は100冊超。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット』(三笠書房)、『JALの心づかい』(河出書房新社)、『マイクロソフト 再始動する最強企業』(ダイヤモンド社)など。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

三木谷浩史

1965年兵庫県神戸市生まれ。88年一橋大学卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。93年ハーバード大学にてMBAを取得。興銀を退職後、97年2月エム・ディー・エム(現楽天グループ株式会社)を設立。同年5月インターネットショッピングモール「楽天市場」を開設。その後、トラベルや証券、銀行、プロ野球、携帯キャリア事業等へと業容を拡大。現在、楽天グループ株式会社代表取締役会長兼社長。また、東京フィルハーモニー交響楽団理事長、一般社団法人新経済連盟理事、楽天メディカル社の副社長兼Co-CEOも務める。

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