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もうレシピ本はいらない

2023.02.11 公開 ポスト

1ヶ月放置しても復活!ぬか床の懐の深さと初心者の勘違い稲垣えみ子

アフロヘアがトレードマークの稲垣えみ子さんが驚きの食生活を公開し、第5回料理レシピ本大賞料理部門エッセイ賞を受賞した『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』が文庫になりました。50歳で不安を抱えたまま会社を辞めた稲垣さんの人生を救ったものは何だったのか? 本書から一部を抜粋してお届けします。

*   *   *

冷蔵庫でぬか床を飼うという矛盾

ぬか床を常備するようになった初期の頃の話。

ぬか床は冷蔵庫に入れるものだと信じていました。そうしないと「腐っちゃう」と思っていたのです。

で、確かに冷蔵庫で冷やされたぬか床は「腐っちゃう」ことはありませんでした。毎日混ぜなくても全然平気。なんだ楽勝じゃんと思いましたね。

しかし、人とは実に弱いものです。

毎日混ぜなくても平気となると、混ぜるのは3日に1回になり、1週間に1回になり……そうなると、さらにぬか床の蓋を開けることが億劫になってくる。なぜって、もしやカビでも生えてたらどうしよう……と思うと「見たくない」のです。今から思えばいやいやそんなこと考えてる暇があるならさっさと混ぜてあげなさいと思うんだが、なぜか体が動かない。これを「問題の先送り」と言います。で、1ヶ月ほどほったらかしになったりする。

紫タマネギとベランダ野菜とぬか漬けニンジンのサラダ、燗酒(日置桜・夜桜ラベル)

で、さすがにこれはまずいだろうと思って意を決して蓋を開けてみると…… ん?

いやまあ大丈夫……だよね。うん。想像していたようなひどいこと(赤や青の斑点みたいなものが浮き上がっているとか、白くてフワフワした綿毛みたいなもので覆われているとか)にはなってない。ああよかった。なんだぬか床の扱いなんて楽勝じゃん。

 

……しかし。何かがおかしい。

 

表面が何だか青白いのだ。顔色の悪い病人のようである。

臭いを嗅いでみる。

うーん。やっぱり何だかおかしいような気がする。そもそもぬか床ってクサイから、どこがどうおかしいのかはよくわからない。しかし、どうも何かが違う。つまりは臭いもなんだか病人のようである。元気がない。

慌ててネットで調べると、表面が白いのは「さんまくこうぼ」という菌で、特に害はないが、あまりに多いと味に悪影響が出るとある。混ぜるのを怠っていると出現するらしい。

はい。ものすごく怠っておりました。

今更ではあるが、慌てて混ぜる。翌日も、その翌日も、頑張って混ぜる。

だが改めて考えてみると、私ってなんだかおかしなことをしているんじゃないだろうか。

だって1ヶ月も混ぜずにほったらかしにしていたということは、その1ヶ月、私はぬか漬けを食べなかったということだ。食べてたら自動的に混ぜることになるからね。

どうして食べなかったんだろう。

よくよく考えると、最初の新生姜の感動が早くも薄れていたのであった。ぬか床入れは小さな陶器&ラップから立派なホーロー容器に格上げされ、ナスとかキュウリとかいろいろな野菜を漬けてみるのだが、なんだかうまく漬からないのである。うん、なんだか「ぬか漬け」の味がしない。

かくして、漬けなくなる→食べなくなる→ぬか床放置→混ぜなくなる→ぬか床の調子が悪くなる→漬けなくなる→食べなくなる……という悪循環に陥っていたのであった。

これじゃあマイぬか床持ってる意味ないじゃん!

改めて考える。なぜ我がぬか漬けはうまく漬からないのであろうか。やはりぬか漬けとは非常に奥の深いものであり、シロートが気軽に手を出すべきものではないのであろうか?

ぬか床の懐は深い

というわけで、思い余って知人に相談をした。ある機会に自作のぬか漬けを持参され、とても美味しくいただいた記憶があったからである。

 

なんかね、うまく漬からないんですけど、どうしてなんでしょうかね。何か特別なコツとかあるんでしょうか。

 

すると、「いや別に普通にやってるだけだけど」。

 

いや、その「普通」が一番難しいんですよ。普通って何? 私のどこが普通じゃないのか? それがわからないんだもん。ぬかはどんなの使っているの? 味が良くなる秘密の何かを中に入れるべき? 混ぜ方が足りないのか? ……などなど思いつく限りの質問をぶつける私。しかし何を聞いてものれんに腕押し。ぬかは普通にスーパーで売ってるやつ。特に何を入れているわけでもない。基本毎日混ぜるけど2日3日混ぜない時もある……。ああ一体何が違うのか? もはや心がけとか、そういう神秘の世界なのか?

しかしいろいろと話すうちに、ある決定的な違いが明らかになったのです。

 

それは、私のぬか床は冷蔵庫に入っているということ。

 

「えーっ、何でそんなことしてるの?」と驚かれてしまいました。いやだって外に出すと腐りそうで……というと、さらに目を丸くして「ぜーんぜん大丈夫だよ」。そ、そうなの? だって夏とかどう考えてもやばそうでしょう。「いや全然平気だから」

 

科学的根拠は全くわかりませんでしたが、実践者の言葉にはやはり重みがあります。しかもどうせ今のままではぬか床はきっとほったらかしのまま冷蔵庫に放置されるのは目に見えている。失うものはありません。なので思い切って、我がぬか床を冷蔵庫から流しの下へと移動させました。

冷蔵庫のない暮らしをしている今では全くどうということもないことですが、当時はそれだけでものすごく変な感じがしたのです。「生もの」を常温で保存するなんて考えたこともなかったからです。しかも相手は、いかにも怪しそうな、容易に何か悪いことが起こりそうなぐちゃぐちゃネチャネチャした代物です。

で、1日経過。

朝起きて、恐る恐るぬか床の蓋を開けてみたのです。

そうしたら……。

(写真:iStock.com/bonchan)

あの白っぽい病人みたいな顔をしていた我がぬか床が、いかにも健康的なキツネ色になってるじゃありませんか! しかも「ペッタリ」としていた表面が、なんだかわずかにふっくらと盛り上がっているじゃあありませんか。

それは、何かが「息を吹き返した!」って感じでした。長いこと冬眠していた小さな生き物たちが、「ふわあ~」とあくびをして一斉に起き出してきたような。

手を突っ込んでみると、何とほんわかと温かい。そしてふんわりと柔らかい。あの、ペッタリと冷たくてネチャネチャと張り付くような感触だった「冷蔵庫ぬか」とは全くのベツモノです。

 

ああ生きていたんだ!

*   *   *

続きは幻冬舎文庫『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』をご覧ください。

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もうレシピ本はいらない

「一汁一菜」のワンパターンご飯。これが最高にうまいんだ!

冷蔵庫なし・ガスコンロ1口で作るアフロえみ子のご飯は、調理時間10分、一食200円。「今日何食べよう」の悩みから解放される驚きの食生活を公開。

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稲垣えみ子

1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業。朝日新聞社入社。大阪本社社会部、「週刊朝日」編集部などを経て論説委員、編集委員をつとめ、アフロヘアの写真入り連載コラムや「報道ステーション」出演で注目を集めたが、2016年1月退社。その後の清貧生活を追った「情熱大陸」などのテレビ出演で一躍時の人となる。著書に『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』『魂の退社』などがある。

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