先行き不安な日本経済をはじめ、メタバースや再生エネルギー問題、EV、医療・介護など、幅広い分野の驚くべき未来を予測した新刊『2040年の日本』(野口悠紀雄著)から、試し読みを抜粋してお届けします。未来を正しく理解し、変化に備えられるかどうかで、人生の後半は決まる!
* * *
2040年の医療・福祉関係の就業者は全体の18.8%
高齢化の進展によって要介護人口が増える。医療の受診者も高齢者が多いので、増加する。このため、医療・福祉分野で必要とされる人材も増える。本章の1節で参照した「政府見通し」によると、医療・福祉分野の就業者は、つぎのとおりだ(注)。
2018年度においては、823万人。これは、総就業者数6580万人の12.5%だ。2040年度においては、1065万人になると予測される(計画ベース)。これは、総就業者数5654万人の18.8%になる。
(注)「医療、福祉」は、産業大分類における分類項目。これを中分類で見ると、「医療業」「保健衛生」「社会保険・社会福祉・介護事業」となる。小分類では、「医療業」は「病院」など7つに、「保健衛生」は「保健所」「健康相談施設」「その他の保健衛生」など4つに、「社会保険・社会福祉・介護事業」は「社会保険事業団体」「福祉事務所」など7つに分かれている。
生産性が向上しても、必要就業者数はあまり減らない
「『2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)』に基づくマンパワーのシミュレーション」(2018年5月)において、条件を変えた場合の推計が行なわれている。
それによると、2040年度の医療・福祉分野の就業者数は、つぎのとおりだ。
「医療・福祉の需要が低下した場合」には、983万人。
「生産性が向上した場合」には1012万人だ。
この結果は、前記「計画ベース」とあまり変わらない。医療・介護技術の進歩があっても、必要な就業者数にはあまり大きな影響を与えないことが分かる。
医療・福祉だけが成長を続ける
経済全体の就業構造の変化を見るために、総務省統計局の労働力調査による産業別就業者数を参照しよう。2018年においては、総就業者数は6682万人、うち、医療・福祉は834万人だ。どちらも、前記の「政府見通し」と完全には一致しないのだが、ほぼ同じだ。違いは、「政府見通し」を作成した時点で、労働力調査の確報が得られていなかったからだろう(年度と暦年の違いもある)。
そこで以下では、つぎのように考えることとした。
- 2020年までは、労働力調査の値を用いる。
- 2040年について、総就業者数と医療・福祉就業者は、「見通し」の「計画ベース」の数字を用いる。
- 他産業については、過去の趨勢が将来も続くと仮定する。
この考えに基づいて、2002年から2040年の期間について、各産業の就業者の総就業者数に対する比率を計算すると、結果は、図表3-2のようになる。
製造業、卸売・小売業、医療・福祉の就業者の全就業者に対する比率は、2002年には、それぞれ、19.0%、17.5%、7.5%だった。
製造業と卸売・小売業の就業者数が時系列的に減少しているため、この比率は、2020年には、それぞれ、15.7%、15.8%、12.9%となった。医療・福祉の比率は、この間に2倍近くになったのである。
2031年には、この比率が、15.85%、16.95%、15.90%となって、医療・福祉が製造業を抜く(卸売・小売業は、就業者数は減っているのだが、全体の就業者数の減少が著しいので、比率は上昇する)。
そして、2037年には、それぞれ15.96%、17.59%、17.80%となって、医療・福祉が卸売・小売業を抜き、就業者数で見て、日本最大の産業となる。
2040年には、それぞれ16.0%、17.9%、18.8%となり、医療・福祉は、製造業よりかなり規模の大きい産業となる。
医療・福祉以外の産業は、就業者数で見て減少を続ける。したがって、ごく少数の例外を除いて、今後は量的な拡大を期待することができない。成長を前提とした経営戦略は成り立たないのだ。マイナス成長のビジネスモデルを確立する必要があるだろう。
医療・介護需要の増大で経済を維持できるのか
医療・介護需要が増大するのだから、医療・福祉産業が拡大するのは、当然のことだ。
「新しく建つ大きな建物は、病院か高齢者施設ばかり」というのは、われわれが日常生活の中で見ていることだ。これは、以上で見たような日本社会の変化を端的に表している現象なのである。
しかし、医療・福祉産業は、これまでの日本の主力産業とは、性格が著しく異なる。他の産業の場合には、われわれの生活をそれまでより豊かにしたり、生産活動をより効率的にしたりするモノやサービスを供給してくれる。しかし、医療・福祉の場合は、病気を治癒(場合によっては現状維持)するだけだ。つまり、マイナスを抑えるだけのことだ。
もちろん、それはきわめて重要なことだ。衣食住の場合には、財やサービスが少しばかり減ったところで我慢できる。しかし、医療・福祉では、そうはいかない場合が多い。これは、最優先で必要とされるサービスだ。しかし、それによって、生活がこれまでより豊かになるわけではない。言ってみれば、「病気で死なせないことと、動けない人を介護するだけで精一杯。それ以上のことには手が回らない」ということだ。
医療・福祉産業が成長したところで、われわれが普通イメージするような消費や投資が増えるわけではない。それによって日本の輸出が増えるわけでもないし、日常生活が豊かになるわけでもない。こうした意味で、他の産業とは性質が大きく異なるのだ。
そのような産業が日本最大の産業となる。だから、日本経済の姿は、これまでのものとは異質のものにならざるをえない。
医療・介護サービスの供給を維持するために、この分野に投入する原材料(医療機器や薬品など)と労働力を増やす必要がある。それによって、他の分野での財やサービスの生産が減る。
このため、飛躍的な技術革新がなされるのでない限り、医療・福祉以外の分野での財やサービスの生産は減少する。つまり、通常の衣食住に関して、われわれは貧しくなるのだ。
このような経済は、現在のそれとはあまりに異なるものだ。経済の構造や企業のあり方、あるいは株式市場などの機能や様相も、大きく変わるだろう。これは、これまでどの国も経験したことがない経済だ。だから、果たしてこのような経済を実際に維持できるのかどうか、強い危惧を抱かざるをえない。
市場を通じない経済活動が拡大する
医療・福祉産業においては、他の産業での売上げに相当するものが、市場を通じるのではなく、医療保険や介護保険といった公的な制度を通じて集められる。だから、資源配分の適正化を市場メカニズムを通じて行なうことができない。
医療単価の決定などの公的な決定によって、資源配分が大きく左右される。こうした制度で資源配分の適正化を実現するのは、きわめて難しいだろう。
さらに、医療・福祉制度を機能させ続けるには、医療・介護保険の財源を確保することが重要だ。2022年7月の参議院選挙で、野党は、物価対策として消費税の減税を掲げた。しかし、仮にそうした政策を実行すれば、将来の医療・福祉は、深刻な危機に陥る。長期的な見通しを踏まえた責任ある経済政策が求められる。
2040年の日本
未来を正しく理解し、変化に備えられるかどうかで、人生の後半は決まる!60年近くにわたり日本の未来を考え続けてきた著者が、日本経済やメタバース、エネルギー問題、EVや核融合・量子コンピュータなど幅広い分野について予測する。