本連載を一冊にまとめた文庫『帆立の詫び状』が発売即重版となりました。締め切りに追われながら日本とアメリカを行き来する様子をユーモラスに綴った作品の中から、特別に「まえがき」をお届けします!
まえがき
はじめまして、新川帆立です。普段は小説家をしています。
2020年に第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年1月に『元彼の遺言状』という作品でデビューしました。
本書は、デビュー直後の2021年7月から2022年10月までの期間に書いた30本のエッセイを一冊にまとめたものです。
ありがたいことに、デビュー作の売れ行きがよかったため、多くの出版社から原稿依頼を頂きました。〆切に追われ、〆切を破り、本当の〆切はいつなのか、どのように言い訳をすれば編集者に許してもらえるのかを考える日々です。
精一杯原稿に取り組んでいる……という顔をしながら、いやしかし、旅行にも行きたいし、読みたい本もあれば、会いたい人もいる。言ってしまえば、遊びたいわけです。けれども、遊んでいることが編集者にバレると、「え、じゃあ、このあいだの原稿、遊んでて〆切破ったわけ?」と思われてしまう。それが怖いので、編集者に隠れてこそこそ遊ぶ。でも、楽しかったことは人に話したくなる。
バレちゃいけないけど、人に話したい。そういうこと、ありますよね……。
原稿をお待たせしている編集者各位に謝りながら、楽しい「原稿外」ライフをお届けしようというのが、このエッセイ『帆立の詫び状』です。
この本は3章構成になっています。
といっても、もともと思いつくままに書いているので、全体としてはまとまりがありません。優秀な編集者が「これだ!」という3区分を見つけてくださって、無理やり3章に分けました。
第一章は「アメリカ逃亡編」。
2021年6月に、夫の仕事の都合で米国に引っ越しました。移り住んだアメリカでのあれこれを書いたパートです。
実は当初、夫一人をアメリカに送り出し、私は日本に残るつもりでいました。デビューしたばかりの大事な時期だから、日本で腰をすえて仕事に取り組んだほうがいいと思っていたのです。
ところが、デビュー作がよく売れたことで、多くの取材依頼を頂き、その対応をしたり、イベントに出たりしているうちに、すっかり疲れてしまいました。ただ、依頼を頂けるのは非常にありがたいことなので、なるべく対応したい気持ちもある。バランスのとり方に悩んでいました。
また、文芸業界の雰囲気というものにも、ちょっとビビっていました。作品内容だけでなく、発行部数、実売、刊行点数、文学賞受賞歴、出身新人賞、執筆速度等、様々な要素で作家はランク付けされています。ランクに応じて出版社からの扱いも変わるので、良い扱いを受けようと思ったら、文芸業界の「常識」や「不文律」に従ったほうがいい。けれども、本当に面白い小説、良い小説を書くというのは、業界内で優等生になるのとは、また少し違うんじゃないか、とも思います。
つまり、デビュー直後の私は、メディアや文芸業界といった外部環境との距離のとり方に迷っていたのです。
混乱の末、「もういい! アメリカに行く! あとのことは知らん!」と決意し、夫とともにアメリカに引っ越すことにしました。外部環境との距離のとり方が分からず、一旦、ドーンと目いっぱいの距離をとることにした、というわけです。
物理的に距離をとると、不思議と、精神的にも余裕が生まれます。デビュー直後の嵐から逃れて、のびのび遊びました。その記録が「アメリカ逃亡編」です。
第二章は「あれもこれも好き」。
雑多な興味のもとに、あれこれと好きなことを語っています。
正直言って、このパートが一番不安です。読者さん、これ、興味ありますか……? エンタメ作家としては、読者さんが楽しんでくれるのか心配です。つまらないと思ったら読み飛ばしてください。面白いと思ったところだけ読む。読書はそれでいいのです(と、言い訳しておきます)。
そして最後の第三章は「やっぱり小説が好き」。
「原稿外」ライフをお届けするというのがエッセイのコンセプトだったのですが、根が真面目(小心者?)だからか、結構な割合で、小説のことも書いています。一日24時間のうち14時間くらいは小説のことを考えているので、自然と小説の話が多くなってしまうのですね。
新人作家が直面する色んな「初めてのこと」に一喜一憂、てんやわんやしています。「帆立は裏でこんなに頑張っていたんだな」ということが伝わるのではないかと。
編集者各位は第三章だけ読んで、第一章・第二章のことは見て見ぬふりをしていただければと思います。
* * *
続きは本書でお楽しみください。
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帆立の詫び状
原稿をお待たせしている編集者各位に謝りながら、楽しい「原稿外」ライフをお届けしていこう!というのが本連載「帆立の詫び状」です。