豊かな発想力、類いまれな決断力と実行力、あらゆる人を魅了した人心掌握術……。没後30年を迎える今年、「日本列島改造」を成し遂げ、天才政治家と言われた、田中角栄への注目が集まっています。なぜ、彼は人の心をつかんで離さなかったのか? 政治評論家で、田中角栄の名言を人間味あふれるエピソードとともに綴った新刊『田中角栄名言集 仕事と人生の極意』を上梓した小林吉弥さんにうかがいました。
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角栄嫌いも唸らせた「誠心誠意」「全力投球」
── 日常のちょっとした発言から、演説中の発言まで、ここまでたくさんの言葉が残っている政治家は、他にあまり聞いたことがありません。
小林 これまでたくさんの方を取材してきましたが、「物事に対して全力投球でぶつかる」「人に対して誠心誠意を尽くす」、この二点だけは、どんなに角栄嫌いの人でもあれはすごいと言います。
角栄の言葉には、ウソがない。だからこそ、人の心を動かすことができた。恋愛でもなんでも、上っ面というのは見抜かれてしまうものです。全力投球と誠心誠意、それが田中角栄を絶対権力者にした要因だと思います。
── 本書の編集を進めていくなかで、私は「気持ちが高ぶる仕事ができなくて、何が代議士か」という言葉にとても励まされました。
小林 田中角栄のことを「金権政治家」だとか、悪く言う人もいますが、仕事に向き合う姿勢は非常に真摯でした。
あるとき田中派の若手議員が選挙区に戻って、有権者の人たちに「私は10年後に総理大臣になります」と言ったら、田中さんは「そんなことを言う暇があったらもっと勉強しろ」と叱ったそうです。
「自分はこの仕事をするために代議士になったんだ」という高ぶる気持ち。そういうものがなければ政治家として大成しない、ということを伝えているんです。
人に言われたからやるとか、これをやれば得をするとか、そういう考えではなくて、どんな仕事でも情熱をもってやる。そんなふうに仕事をしていれば信用されるし、真の実力もともなってくる。そんな思いから、角栄は若手議員にこの言葉をよく伝えていたそうです。
── どんな仕事でも、やりたくないとか面倒くさいとか、そんなふうに思うときはありますよね。角栄はこの言葉で、自分のモチベーションも上げていたのでしょうか。
小林 田中角栄は尋常高等小学校を出て、15歳で土木作業の仕事に就きました。トロッコを引っ張ったり、泥まみれになって仕事をした。好きでやっていたわけではないでしょう。でも、自分がやっている仕事が、やがて堤防になったり、橋になったりする。みんなが感謝してくれる。そう思えば、気持ちも高ぶってきますよね。
そんなふうに全力投球で仕事をしていると、不思議なもので誰かがどこかで見てくれているんですよ。すると、どこかでチャンスがめぐってくる。人生の扉がひとつ開くわけです。それを、子どもの頃から体得していたのはすごいと思いますね。
一流の人間は時間に厳しい
── ところで、小林さんは待ち合わせに遅れたことがほとんどないそうですね。
小林 田中角栄を取材するなかで、時間に対する厳しさを学んだんです。角栄は、時間を守らないやつは何をやってもダメだ。信用できないと考えていました。
あるとき田中派の新人議員が、経済人を紹介してほしいと頼んだそうです。角栄は「よしわかった」と言って、料亭で会うことになった。
ところが当日、角栄は10分前に来て待っていたのに、新人議員は待ち合わせ時間ギリギリに現れたんです。遅れてはいないんですよ。でも、角栄は「オレに頼みごとをしておきながら、オレよりあとに来るとは何ごとだ」と叱ったそうです。それくらい時間に厳しかった。
叱られた新人議員は、畳に頭をこすりつけて、10分近く頭を上げなかったそうです。世の中で大切なことは何なのか、政治家として上に登っていくには何が大切なのか、叩き込まれたわけです。新人議員からすると親父さんですよね。胸に響いたと思いますよ。
もうひとつ、僕が時間を守るようになったきっかけがあります。三島由紀夫さんにインタビューをしたとき、ご自宅へうかがったんですが、うっかり5分ほど遅れてしまったんです。
すると三島さんが玄関先に出てきて、「小林くん、遅れたな。時間を守るのは、社会人としての第一歩だぞ」と言われたんです。その言葉がズシンと響きましたね。角栄といい、三島さんといい、ひとかどの人物はみんな時間に厳しいんだなとわかりました。
── この本を読んだ20代の女性から、「仕事に対する意識が変わりました」というメールをもらったんです。もともとこの本は、中高年を読者層として考えていたのですが、角栄の言葉は年齢や性別を超えて、普遍性のあるものなんだなと思いました。
小林 その通りだと思います。最近は子どもに対して、親がこうせよとか、これは違うぞとか、そう言うことが非常に少なくなったと思います。子どもにあまり強くものを言わない。あまりものを教えない。
そういう風潮があるなかで、角栄の言葉は一時代前の父親の言葉のように感じるんです。だからこそ、その女性も、ハッと気づかれた部分があるのではないでしょうか。時代は変わっても、若い人が田中角栄の言葉から学べるところは多いと思います。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【前編】小林吉弥と語る「『田中角栄名言集 仕事と人生の極意』から学ぶ人との向き合い方」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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