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それわ英語ぢゃないだらふ

2023.03.11 公開 ポスト

間違いだらけの「学校英語」 難解な文法用語が生んでしまった過大な評価大西泰斗

NHKラジオ『ラジオ英会話』講師で、最近ではNHKテレビ『大西泰斗の英会話☆定番レシピ』でも注目の英会話マスター、大西泰斗さん。著書『それわ英語ぢゃないだらふ』は、「なぜ日本人は英語が話せないのか?」という、誰もが思っているであろう疑問をていねいに解説してくれる一冊。英語がどんどん飛び出す体になるための奥義が満載の本書から、一部を抜粋してご紹介します。

*   *   *

「難解そう」な用語のせいで盲信されてきた学校文法

学校文法は内容のわりには過大に評価されてきた、私はそう考えています。この文法が数十年の間、本質的に何も変更されず受け入れられてきた理由のひとつは、奇妙に思われるかも知れませんが、おそらく難解に見える文法用語です。実のところ、難解でも高度でもありませんが難解そうに見える――そこがポイントです。人は「難解そう」には弱いものです。難解そうな用語から壮大で精緻な理論的体系を想像してしまうのは人の常です。

(写真:iStock.com/artplus)

「人類は、その後も多くの体系を創りだし、信じてきた。ほとんどの体系はうそっぱちを密かな基礎とし、それがうそっぱちと思えなくするためにその基礎の上に構築される体系はできるだけ精密であることを必要とし、そのことに人智の限りが尽くされた」

司馬遼太郎の中国古代宗教についての記述ですが、難解さが盲信――内容を吟味することなく信じること――につながることを見抜いています*1。もちろん学校文法が「うそっぱち」だとは言いませんが、ちょうど同じことが起こっているのです。学習者の多くは複雑な説明を、その難解な見かけの故に当否を検討することなく、無批判に受け入れます――「すばらしく重要なことを述べているはずだ」。

文法用語の鎧(よろい)を纏(まと)った学校文法はかくして、厳しい批判の目に晒されることなく数十年にわたって命脈を保ちました。そして数十年命脈を保ったことそれ自体が信用となり、変える必要がないことを裏打ちしてきた――「ぐるぐる回っている」のです*2

用語の鎧を剥ぎ取ってみれば、学校文法は大したことを言っているわけでもいつも正しいわけでもありません。

証明してみせましょうか。

think (that) ~の文法説明は間違いだらけ

次は中学校で習う基本的な文法事項です。

think (that) ~の文

I think (that) he is right.
彼は正しいと思う。

1. 主語+ think (that) ~は「~と思う」という意味。主語 + know (that) ~なら「~ということを知っている」。that節は目的語の働きをする名詞節 (目的節) である。

2. that は接続詞であり「~ということ」という意味である。このthatは省略されることが多い。

I'm afraid (that) we don't have time.
残念ながら私たちには時間がないと思います。

3. I'm glad (~してうれしい)、 I'm afraid (~だと心配する / [残念だが] ~だと思う) など形容詞が使われ、that節が「感情の原因」を表す使い方もある。

普通の中学生は「think (that) ~は『~と思う』、know (that) ~なら『~ということを知っている』、thatは『~ということ』で、あってもなくてもよい」と理解した時点で、考えるのを止めるでしょう。そして「that 節は目的語の働きをする名詞節 (目的節)」「that は接続詞」については、「何やら理論的で正しくしっかりした内容のようだ」という印象をもつだけに終わるのではないでしょうか。

誤解です。理論などどこにもありませんし、そもそもまちがっています

(写真:iStock.com/Lamaip)

まずは説明に使われた文法用語を噛み砕いてみましょう。「that節は目的語の働きをする名詞節 (目的節) である」において、「目的語」は動詞の後ろに置かれる行為対象のことです。I kicked the ball. (私はそのボールを蹴りました) では、the ballが目的語となります。目的語は行為の対象物ですから the ball、Ken といった「名詞(人・モノを表す品詞)」が標準となります。この形でthat節 (節:文中で部品として使われる「小さな文」) が動詞の後ろにあることから、「目的語の働き」とし、目的語であることから「名詞節」と述べているのです。

この説明が誤りであることは簡単に示すことができます。この形で使われる代表的な動詞 think は通常目的語を取らないからです。

× I think Tom. (正しくはthink of / about Tom)

目的語(名詞)が来ることができない場所にある節を「目的語の働き」「名詞の働きをする節」と考えることはできません*3

 

3.の形容詞を使った例も学校文法では「同じ形」として扱われます。

つまり形容詞の後ろに「目的節」が置かれていることになります。目的語が「行為の対象物」であることを思い出してください。形容詞の役割は「名詞の修飾」であり、行為を表しません。その形容詞が「目的語」を取るのは定義上不可能です。まるで意味がわかりません*4

 

2.の「that は接続詞」も破綻しています。この that を「接続詞 (要素をつなげる働きをもつ)」に分類することにとりあえずの異論はありません。しかしこの説明において that節は目的語。動詞と目的語を that で「つなげる」とするのは一体なぜなのでしょう。目的語に接続詞は必要ないのに。(×) I like and him.などといった文は作ることができないのに、です。

 

文法用語の森を旅しても、そこに青い鳥はいません。「むずかしそう」と「正しさ」や「緻密」はまったくの無関係なのです。

さてこれで、学校文法のレベルを平常心で評価する準備が整いました。さっそく検討を始めましょう。

 

*1 「項羽と劉邦」司馬遼太郎(新潮社)

*2 消しゴム版画家ナンシー関の名言。「ザ・ベリー・ベスト・オブ『ナンシー関の小耳にはさもう』100」(朝日新聞社)で、芸能人が芸能界での価値向上のために批判的他者を介在させず互いに馴れ合う様子を述べた表現です。世の中に流通する出所不明の権威の実体を上手く言い当てています。

*3 この明らかな破綻をごまかすためでしょうか、目的語を取ることのできる believe (信じる)、know (知っている)を例文で使って説明している文法書も数多くありますが、think はこの形で使われる中心的な動詞。批判は免れません。

*4 この問題には、私が知る限り2種類の「解決策」が考案されています。どちらも眉唾ですが。まず「am afraid はまとまって動詞として働く」というもの。 am afraid が動詞なら that 節を目的語だと言うことができるというアイデアです。突然品詞転換させてしまう暴力的なアイデアですが、 am afraid は動詞ましてや目的語を伴うような行為ではありません。そもそも、am afraid が目的語を取る動詞ならなぜ (×) am afraid spiders と直接目的語を取ることができないのでしょうか。アウト。

 次の試みは「am afraid の後ろには of が省略されているのだ」とするもの。前置詞は「目的語」を取ることができるので、「その省略だ (I'm afraid <of> that we don't have time. という形を仮定して、 of が「省略された」と考えるのです)」と言えば、 that節が晴れて「目的語」となるというアイデアです。これも当然アウト。(×) I'm afraid of that ~という文は存在しません。「そもそも存在しない形からの省略形」は「省略」ではありませんし、こうした大胆な省略が言語分析で許されるならいかなるうそっぱちも開発可能です。Takeshi is a student. で Takeshi は主語ですが、「of が省略されているんだよ、 of Takeshi とは言わないのだけれどね」と言えば、目的語だと主張できるのですから。

 こうした「解決策」が真剣な考慮に値しないのは、この大胆な (当然悪い意味で使っています) 操作のどちらもが一般性のない、この形を説明するためだけに持ち出されている代物だからです。「that節は目的語です」を救うためだけの、その場限りの思いつきにすぎないからです。

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大西泰斗『それわ英語ぢゃないだらふ』

その「英文読解」はいらない。会話力をいかに身につけるか?本書は一直線にそこに向かう! 80万部突破の『一億人の英文法』。そして超人気「NHKラジオ会話」講師がついに書き下ろす、伝わる英語の極意! 特別会話集つき。 9月よりNHKテレビ「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」スタート! 英語は習っても話せない、と悩んじゃだめ。それはタネを蒔いてない畑に「なぜスイカが実らないのか」と嘆くようなもんだから。 私たちは「会話のための英語」を勉強してはこなかったから仕方がない。 完璧な会話力獲得を目指すこの一冊。 英語がどんどん飛び出す体を手に入れるために、書かれた英会話マスターの秘伝中の秘伝。 正に大西英語の決定版。 ・文法は学校文法だけではない ・英語は配置のことば ・主語の位置にあればそれは主語 ・日本語訳だけの理解では正しく使えない ・itは「それ」ではない ・イメージで理解する ・英会話の定番リスト etc...

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それわ英語ぢゃないだらふ

NHKラジオ『ラジオ英会話』講師で、最近ではNHKテレビ『大西泰斗の英会話☆定番レシピ』でも注目の英会話マスター、大西泰斗さん。著書『それわ英語ぢゃないだらふ』は、「なぜ日本人は英語が話せないのか?」という、誰もが思っているであろう疑問をていねいに解説してくれる一冊。英語がどんどん飛び出す体になるための奥義が満載の本書から、一部を抜粋してご紹介します。

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大西泰斗

筑波大学大学院文芸言語研究科博士課程修了。英語学専攻。オックスフォード大学言語学研究所客員研究員を経て、現在は東洋学園大学教授。NHKラジオ「ラジオ英会話」講師。著書に『ネイティブスピーカーの前置詞』(研究社、『一億人の英文法』東進ブックス)、『英語表現 WORD SENSE 伝えるための単語力』桐原書店など多数。2021年9月からNHKテレビ「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」に出演。

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