フェミニズムに関する話題が活発化している昨今。新刊『世界一やさしいフェミニズム入門 早わかり200年史』を上梓した、信州大学特任教授で、情報番組のコメンテーターとしてもおなじみの山口真由さん。世界のフェミニズムの歴史的な経緯とその広がりを体系的に鷲掴みした本書ですが、その中で、欧米と異なる日本のフェミニズムの特徴についても指摘しています。どのあたりが違うのか? 解説していただきました。
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アメリカで気づかされた、自分自身を型にはめない大切さ
── 山口さんはハーバード大学在学中に「家族法(相続、婚姻、DV、子供の連れ去り等、家族を形づくる諸々の法律)」を修め、そこで親和性の高いフェミニズムに触れ、刺激され、学んだといいます。とはいえ山口さんの普段の発言を見ていると、100%女性側の側に重心を置いていないといいますか、あえてそうしないようにしているのかなと感じることがあります。
私はハーバード大学でジャネット・ハリーという先生に師事したのですが、彼女はフェミニズムについてこんなことをおっしゃっていました。
社会には今さまざまなチャレンジ(困難な課題)があって、たとえば失業中など経済的に苦しんでいる男性もいる。そんな中、経済的に恵まれていて、アカデミックな背景もある大学の先生が、「私は悩んでいる」「女性に(権利を)よこせ」と言っても、共感できない人も多いのではないか。
限られたパイの中から「まず女性に」という道筋を、もしかしたらフェミニズムの理論からうまく導けていないのではないか。いろんなチャレンジを抱えた人が共感できるような何かをつくるべきだったのではないか。こんな主張をして、フェミニストたちから総攻撃にあうんです。
── それは、男女の不平等の問題を曖昧にするな、安易に男性の肩を持つな、ということでしょうか。
そういうことだと思います。男女の明らかな不均衡が目の前に存在しているのに、なぜそれに取り組まないのかと。でも、私は彼女の主張がよくわかるなと思ったんです。
私はハーバード大学に留学したとき、こんなエッセイを書いて提出したんです。
“日本には「女性は男性より三歩下がって——」という言葉があります。私もこれまでいろいろな女性蔑視、差別を受けてきました。だからハーバードを卒業したら、男女が並んで歩けるような日本に変えていくことに貢献したいです”と。
これはアメリカの文脈からすると百点満点の内容じゃないですか。“ほら、やっぱり。こっちと違って東洋は女性蔑視の国で遅れているだろう? 聞いていた通りだ。過去の辛かった経験を語ったマユは勇敢だ”となるわけです。
ですが物事って、もっと複雑じゃないですか。女性ということで苦労したのはウソではないけれど、私より経済的に苦労している男性だっているだろうし、その意味では私はラッキーなのかもしれない。
そうした要素をぜんぶ無視して、自分は被害者ですというフレームワークにはめてしまったことで、私が本来持っているはずの、複雑で豊かで重要な個性が失われて、すごく薄っぺらな人間になったような感覚があったんです。
これではいけないと思いました。それで自分の考え、思いを伝えるときは、ある程度、勇気を持って、自分自身の複雑さを失わないように発言しないといけないなと思ったんです。
── 余談ですが、そうした思いを持ちながら、たとえばコメンテーターというわかりやすさが求められる仕事をするのは大変ですね。
確かに社会はどんどん単純さを求めていて、「言い切った者勝ち」みたいになっています。それは本当によくないことだと思うんです。
なので、こうして本を書いたり、ポッドキャストで長くしゃべったりすることは、社会の単純化に対して自分なりの抵抗を示すことでもあるのかなと思っています。
母の愛情が隠れた呪縛になる日本
── 本書は最終章で、日本のフェミニズムの歴史を別途、取り上げています。欧米のように「父性」から離れたり、反発したりするより、「母性」という神話を解体するほうが先ではないか、という視点が軸になっていて面白いなと思いました。
それが今回、ある意味“無謀”とも言えるこの本を、一生懸命、勉強しながらまとめた時のいちばんの発見で、書きたかったことでした。欧米におけるフェミニズムは家父長制、父の権威との戦いで、母や娘はその犠牲者であると考えます。でもその考え方をそのままとりいれても、現代の日本人の肌にはあまりなじまないような気もするんです。
私自身、父が家で強権をふるって逆らえなかった記憶はないですし、父に何を言われたとかは、正直、そこまでこだわりはない(笑)。それよりもいま私を縛っているのは、むしろ母なんです。これまで母は、何より家のことを優先し、ケアし、自己を犠牲にして私を育ててくれました。だからこそ母の生き方を否定したり、母が託した思いを裏切るようなことをしたりするのは、ものすごく胸が痛むんです。
だから日本のフェミニズムは、父というよりむしろ、家庭を献身的に支えてきた母の慈愛、母の自己犠牲との戦いなのかなと思っています。
その戦いはものすごく大変です。父の権威と戦うことはできても、自分を愛してくれた母と戦うことができるのか。自分自身が一人の人間として意見を言うとき、いまもっとも妨げになっているのは、もしかしたらそこではないかなとも思います。
── 母親の愛情が、古い価値観から離れて生きようとすることの足かせになっているわけですね。その深い愛は娘だけでなく息子にも注がれます。
母親というのは厄介な生きもので、子どもの人生に降りかかる障害物を、できるだけとり除こうとします。そして「こっちの道へ進みなさい」と、愛による支配、愛という名のコントロールをします。
それは否定しがたい母の衝動だと思うんですが、価値観が一世代、二世代古いんですね。だから、母の愛情がある種の呪縛になっているわけです。
なので欧米のフェミニズムを輸入して、そのまま日本に当てはめて、父の権威を攻撃するというのとは違った、そうではない視点を持つことも必要なのではないでしょうか。
そもそも欧米のフェミニズムの根本には、フロイト理論でいう「エディプス・コンプレックス」がありますが、そこからしてあまりピンときませんよね。私たちの国には、私たちの土壌に合ったフェミニズムが必要ですし、そうあっていいとも思うんです。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【前編】山口真由と語る「『世界一やさしいフェミニズム入門 早わかり200年史』から学ぶフェミニズムのこれまでと今」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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この連載では『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』の中から気になる部分をピックアップ! ダイジェストにしてお届けします。
番組はこちらから『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』
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