乃木坂46イチの読書家である鈴木絢音さんの初書籍『言葉の海をさまよう』。本書は辞書愛に満ちた絢音さんと、辞書を作る人々との対談集です。
普段辞書を使わない方も楽しめるこちらの書籍。試し読み第1回は、辞書編纂者の飯間浩明さんとの対談から抜粋してお届けします。
言葉の海への航海をぜひお楽しみください。
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辞書編纂者
お話を聞いた人
『三省堂国語辞典』編集委員
いいま・ひろあき【 飯間浩明】さん
1967年生まれ、香川県出身。『三省堂国語辞典』編集委員。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得。著書に『日本語はこわくない』(PHP研究所)、『日本語をもっとつかまえろ!』(毎日新聞出版)、『ことばハンター』(ポプラ社)など。
「インフルエンサー」を辞書に載せたきっかけは乃木坂46
飯間 『三省堂国語辞典』を作っている飯間と申します。今日は鈴木さんにお会いするのを楽しみにしてきました。私はそんなに音楽はわからないんですけれども、音楽の言葉に興味がありまして。
鈴木 そうなんですか?
飯間 特に「紅白歌合戦」は筋金入りのファンで、大学の時から毎年録画してるんです。だから当然、乃木坂46さんの……、「さん」と言うと変かな、初出場の時からずっと見ています。しかも、歌を聴きながら「あ、これ面白いな」と思った言葉は全部記録しています。
鈴木 初出場の時からですか、ありがとうございます!
飯間 一番印象深かったのは、2017年に『インフルエンサー』っていうすごいヒット曲がありましたね。
鈴木 はい。乃木坂46の17枚目のシングルです。
飯間 当時、インフルエンサーっていう言葉がパーッと広まった。これはもう辞書に載ってもいいと思いました。三省堂主催の辞書に載せたい言葉を選ぶイベントで、「インフルエンサー」を2位に選んだことがあります。きっかけはこの歌でした。
鈴木 まさか乃木坂46がきっかけになるなんて! そうなんですね。
飯間 もちろん、すでに使われている言葉でしたけど、それが乃木坂46の歌にもなっている。だったら、これはもう辞書に載せなければと思ったんです。話がオタクっぽくなりますが、もう1曲挙げると、『君の名は希望』という歌がありますよね。
鈴木 はい、乃木坂46の5枚目のシングルです。
飯間 その歌詞に、「去年の6月 夏の服に着替えた頃」とあるでしょう。そこで、乃木坂46は「きがえた」と歌っていますね。
鈴木 たしかにそう歌っていますが、どういうことでしょう。
飯間 何が言いたいかというと、洋服を替えることを「きがえる」と言う人もいれば、「きかえる」と言う人もいるんです。
鈴木 言われてみれば、たしかにそうですね。
飯間 乃木坂46の歌からすると、若い人たちはもう「きがえる」と言うんだなと思いました。では、辞書はどうなっているか。ちょっと『新明解国語辞典』を引いてみましょうか。
鈴木 はい、引いてみますね……。「きかえる」になっています。
飯間 『新明解』だと、にごらないんですよ。でも、読んでいくと「『着がえる』とも」と書いてある。だからどっちでもいいんですけれども、『新明解』としては「きかえる」なんです。我々の作る『三省堂国語辞典』は、できるだけ現代的にしたいので、「どうだろうなぁ、乃木坂が歌っているとおり『きがえる』にしようかな」なんて思う。そうやってけっこう、乃木坂46を基準にしてるところがあるんです。
鈴木 それを伺うと、うれしいような、ちょっと責任重大なような気もしますね(笑)。
子どもの頃は辞書が苦手だった
飯間 鈴木さんは辞書がお好きだということで、それを聞いて、すごく親近感を持っています。どうして辞書を好きになったのか教えてくださいませんか。
鈴木 本当の話をすると、元々はすごく苦手でした。小学生の時に初めて手にしたのですが、学校だと引く速度を競うことが多くて、私は早引きがあまり得意ではなかったので、苦手意識があったんです。
飯間 ああ、そうですよね。
鈴木 私は中学2年生で乃木坂46に入って、高校2年生の時に上京して東京の高校に編入したんです。上京するまでは電子辞書を使っていたんですけれども、もう少し言葉にかける時間を作りたいなと思って、電子辞書を兄にあげて、代わりに兄が使っていた父のお古の紙の辞書をもらって東京に持ってきました。そこから、紙の辞書で言葉を調べるようになり、徐々に好きになりました。
飯間 そこがすごく興味深いですよね。普通だったら紙の辞書は重いから持ちたがりませんけど、かえって紙の辞書のほうがいいという。やっぱり紙だなって思った理由はあるんですか?
鈴木 それはやっぱり、小学生の時から紙の辞書を引くように学校の先生や親に言われてきたことが、頭に残っていたんだと思います。
飯間 そうですか。この仕事を続けていくために、何かもっと、言葉を自分のものにしたいっていうような思いがあったんでしょうか。
鈴木 そうですね。ブログを書いたりと、自分の言葉を届ける機会が増えたので、言葉に対する意識はすごく変わったなと思います。
飯間 そこでやっぱり辞書だなって思ってくださるところがうれしいです。ブログを書いている人でも、必ずしも辞書は引かないと思うんですよ。辞書を引くことで、言葉への関心がぐっと深まりますよね。
鈴木 はい、そう思います。
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辞書を作る人は、言葉をどのように捉えているのでしょうか。他にも、絢音さんの1st写真集『光の角度』の写真にタイトルをつけてみるチャレンジにも挑戦しています。
続きは書籍でぜひお楽しみください。
言葉の海をさまよう
乃木坂46イチの読書家で、辞書への強い愛を持つ鈴木絢音さん。書籍の発売が決定いたしました。タイトルは『言葉の海をさまよう』。辞書愛に満ちた絢音さんと、辞書を作る人々との対談集です。辞書出版社の三省堂の多大なバックアップにより、辞書の編纂者、編集者、校正者、印刷会社、デザイナーなど、様々な方にお話をうかがった様子を一冊にまとめています。