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笑って人類!

2023.03.27 公開 ポスト

『笑って人類!』刊行記念インタビュー〈前編〉聞き手・石戸諭

コロナ禍の現実の日本は、小説の世界とは全く逆に閉じる方向に向かった。太田光

言葉で伝えることをあきらめない
誰よりもあきらめが悪い男

いくつもの番組収録に、コントの動画配信、生放送、そしてインタビューもこなしながら、太田光の表情に疲労はなかった。むしろ晴れ晴れとしていたと言ってもいい。昨年末、「ニューズウィーク日本版」で、旧統一教会問題に対する彼の発言が炎上したことをテーマにインタビューをした時、印象に残ったのはこんな言葉だった。

「笑いは人と人が違うからこそ生まれるもの。時事ネタも人によって受け取り方が違うでしょ。その違いの中に、おかしさがある。違いからネタが生まれるからこそ、笑いには常に人を傷つける可能性があるし、逆に人によっては救われたと受け止められる可能性もある。俺はそんなもんだと思っている。

笑いは赦しでもある。笑いのネタにするということは、その人を赦して次に向かっていくということ。炎上騒動を笑いのネタにするというのもそういうことだよね」

言葉をひとつひとつ丁寧に選びながら真意を語る太田の根底にあったのは、苛烈な言葉で批判する人々にも、自分の思いを届けたいという強い信念だった。

太田光は言葉で伝えることをあきらめない。より正確に記せば、誰よりもあきらめが悪い。ほどなくして、一冊の本が届いた。『笑って人類!』と題された532ページにも達する大作だった。ときに物語は、何よりも雄弁に作家の人間性を顕にする。読み終えた時、彼の思考の根底にある何かに触れた気がした。

なんの恥じらいもなく理想を語れることが一つの力なんだよね

『笑って人類!』のストーリーを簡単にまとめておく。舞台は約100年後の世界だ。すべての主要国が集まる「マスターズ和平会議」をテロ集団が襲う。世界各国のリーダーたちが亡くなってしまった中、たった一人生き残ったリーダーがいた。日本をモデルにしたピースランド首相の富士見だ。飛行機に乗り遅れるといういかにもダメダメな政治家だが、とつぜん彼はピースランドだけでなく、世界の命運をも左右する存在になってしまう。テロの恐怖に世界が支配される中、もういちど平和にマスターズ会議を開くことを目指して奔走する富士見とその仲間たちの武器は言葉しかない。世界は混迷しているにもかかわらず、富士見が所属する保守政党の長老たちは政治工作に夢中で彼に協力せず、支持率も低下する。果たして富士見の言葉は世界に届くのか。やがてテロ集団の正体も明らかになっていくが……。

「元々、映画の企画でシナリオを書き始めたのが6、7年前で、制作チームと一緒に2年くらいかけて全部書いたのに、それがボツになったのね。そして小説に置き換えて、また2年くらいかけて書いていったの。映画がボツにされたのが、悔しくて、悔しくて……。しかもボツの理由が役員会議で出た『つまらない』だったんだよね。この『つまらない』は立ち直れないくらいショックだったから、何がなんでも形にしてやろうと思って書いていた。本当につまらないかどうか、世の中に問うてやろうじゃないかという思いからですよ。

家に帰ったときとか、仕事の合間とか、どこでも書いていた。暇さえあればずっと書いていたんですよ。最初の動機は悔しさだったけど、書いているうちにこの世界がどんどん面白くなってきて、書くことが楽しみになったんだよね」

物語の舞台は壮大だが、そこに記されているのは現実にある社会の延長だ。物語の中で、各国はテロへの恐怖から鎖国政策に舵を切る。グローバルにネットワークがつながり、人とモノが自由に行き交う社会──。2010年代には容易に想像できた理想的な未来は、新型コロナウイルスの流行とロシアによるウクライナ侵攻で一気に想像し難いものとなり、鎖国は現実のものとなった。

「だいたいの部分を書き上げたのは新型コロナ流行前だったかな。当時現実のニュースをもとに想定していたのは、中東のテロリスト集団をめぐる事件だね。タリバンとイスラム国とか。みんなで国を閉ざそうなんて動きは、新型コロナでまさに現実のものとなった。この作品、すごいじゃんって思いますよ」

照れ隠しでウヒャウヒャと笑いながら、こう続けた。

「まぁでも読者がそう思ってくれたら嬉しいですよ。コロナ禍の現実の日本は、小説の世界とは全く逆に閉じる方向に向かった。日本の平和主義は幼稚で世界では通用しないのかもしれないけど、でもシリアスな状況の中で通用してしまったらどうなるんだろう。そんな世界を描いてみたかった」

首相の富士見は選挙演説で「この国を変えられるはずはない」と本音を語るような空気が読めない政治家で、大物政治家の一人娘と結婚したということだけにしか注目されない男だった。だが、そんな“本音”しか語れない彼に興味をもった桜は、三流雑誌の記者から側近の秘書に転身する。素で空気を読めない男と、それを面白がっている桜がもたらす小気味良いドタバタ感にはモデルがあった。

「森繁久彌さんの社長シリーズが俺は大好きなんだよね。実直な秘書役の小林桂樹さんがいて、総務部長役の加東大介さんとか宴会芸なんかを見せる三木のり平さんがいて……。森繁さんは家庭ではカミさんにまったく頭が上がらないし、会社では社長なのに言うことを聞かないといけない上の存在もいて、いかにも日本の組織っぽいでしょ。それでも、うまくいかないくせに浮気しようとしてキャバレーとかで遊んでばかりいながら、なんとなくうまく会社の危機を乗り切っていくんだよ。あの感じが好きなんだよね。あとは植木等さんの無責任シリーズの影響もあるかな。真面目な周囲をよそにいい加減なサラリーマンなのに、ドタバタ劇をうまくやりながら、出世していくでしょ。日本にはずっと喜劇映画の伝統があったんだけど、山田洋次さんが手がけた寅さんシリーズを最後に途絶えてしまったと思う。

もし俺が自分で映画を作るのなら、みんなで映画館に観に行けるような喜劇をもう一度やりたいなって思ったんだよね。でも、ただ昭和の名作を繰り返すのではなくて、もっと社会的な部分、政治的な部分も取り入れようと思ってダメ総理という主人公を思いついたの」

それは昭和の名作喜劇と同時に、その歴史の一端を担った向田邦子の影響も強く感じさせる。太田は最近のエッセイ集『芸人人語 コロナ禍・ウクライナ・選挙特番大ひんしゅく編』でも、日常の中にある「生き死に」の話と「笑いばなし」を巧みに引き出し、重ね合わせていく向田脚本を丁寧に論じている。

大半は無責任で、ときに不謹慎で、でも柔らかくて逞しく温もりを持った、日常の言葉は、太田の小説にも引き継がれている。

「日本人の政治家が主人公になる以上、完全無欠なヒーローにはならない。未曽有の危機なのにとにかく全員が未熟で、全員が情けなくて、なんとなく空気で動く。これも日本社会の特徴じゃない? だから、ストーリーはいかにも日本っぽいなって話で進んでいく。決まりそうで決まらないとか、土壇場で長老が口を出してくるとか、そういう要素を入れたかった。

富士見にしても桜にしても、言っていることや行動の判断基準には自分の考えがかなり入っている。もし映画化されて、自分が演じるなら桜がいいなと思っていた。富士見は看板役者にやってもらって、自分は脇でかき回したい。

落語の『居残り佐平次』の佐平次みたいに、口八丁手八丁でうまくやっていくやつを演じようと思ったんだよね」

桜が富士見に興味を持つことになった演説シーンは、物語中盤のハイライトであり、太田らしさがもっとも発揮された場面だ。富士見はこんなことを言う。

「政治は、我々政治家の為にあるのではない。未来の子供達の為にあるのです。そして未来は必ず面白い。たとえ現代の我々の判断が間違いだったと証明され、この土地から人類が消滅したとしても、それはそれで面白いではありませんか。少なくとも私達は挑戦したといが残るのです。その歴史を得た私達の子孫は、きっと私達より優れた叡知を持つでしょう。そして彼らはきっと別の未来を創るでしょう。未来はきっと面白い。そう私は信じているのであります!」

言葉によって、富士見という人物が浮き彫りになっていく。

「うぶな政治家がもしかしたら政治を変えるのかもしれない、妖怪だらけの永田町で、この純粋な言葉をずっと貫けるのなら面白いと桜が思う場面だよね。富士見の演説ははっきり言って単なる理想論でしかない。みんな、理想通りになればいいと思っているけど、現実と照らし合わせながら妥協していく。そんな社会の中で、なんの恥じらいもなく理想を語れるっていうことが一つの力なんだよね。

子供の頃、テレビを見ていたらハマコー(自民党の浜田幸一元衆議院議員)が自民党の党内抗争でバリケードに使われた机とか椅子を片付けながら、カメラに向かって『かわいい子供たちの時代のために自民党があるっちゅうことを忘れるな』って言ったんだよね。俺はそれを見て、なんかこのおっちゃんかっこいいなぁ、すごく良いこと言っているなぁと何も知らないけど子供ながらに思ったんだよね。ハマコーの言葉を聞いたときの衝撃が、この演説の場面に入っているかもしれないね。

俺が大人になって、テレビで散々ハマコーとケンカすることになったときに感じたのは、ああ見えて議論をしているときのハマコーは実はものすごく頭がいい人だし、考えていることもあるということ。それ以上に心意気の人で、直接伝えないといけないことは、直接言いにくる人だった。

テレビでは俺のことをボロクソに言うし、俺は俺で『だってあんたヤクザじゃん』って言い返すんだよね。ハマコーが『ヤクザでなにが悪い』って怒る。そんなに怒るんだったら、『太田総理~』(『太田光の私が総理大臣になったら……秘書田中。』日本テレビ)になんか出なければいいのに、あの人は呼べば必ず出てくるんだよね。

理由を聞くと、『僕はね、きみに教えたくて出るんだ。君の理想論はわかるけど、そんな理想は政治の世界では通用しない。それを教えたいんだ』って言うんだよ。俺とハマコーは全然考えは違うけど、ありがたかったね。意見の違いなんて大した話ではなくて、ちゃんと伝えることが大事なんだって教えてもらったと思う。

今やSNSやインターネットもあるから、意見の違いと敵意は結びつきやすくなっているよね。政治的な意見が合わない人のスキャンダルなら、インテリでも平気で汚い言葉を使ったり、貶めたりするじゃない。どうしてネットでここまで書いちゃうのかなって不思議に思うよ。直接伝える機会自体が減っている。それでいいのかな」

もうひとつ印象的なのは、富士見の演説の舞台となったD地区だ。東日本大震災後の福島県、それも原発が立地していた大熊町、双葉町周辺をモデルにしたと思しき地区である。科学技術の進歩で脱原発を達成した人類は「核のごみ」(高レベル放射性廃棄物)、使用済み核燃料の最終処分場をどこにするかという問題に直面する。そこで選ばれたのが、物語の中でも大きな地震と津波による原発事故で、大量の放射線に汚染された歴史を持つD地区だった。

富士見の義父は処分場をつくるだけでなく、D地区で大規模な再開発計画を推進した。国論を二分するような大きな議論になったという設定である。太田は震災の歴史を小説に刻み込む。その意図は何か。

「2011年の福島の原発事故で飛散した放射性物質を含む除去土壌などの最終処分場や使用済み核燃料の最終処分場をどうするのかっていうのは、実は選挙特番でも散々聞いているのね。今は事故が起きた原発のすぐ近くの土地を使った“中間貯蔵施設”があるんだけど、じゃあ最終はどうするんだって問題は残っている。

最終処分場は北海道では2つの自治体が手をあげて候補になっている。でも、それは今の町長とか町議会だけで議論していいのか、高齢者だけの議論で決めていいのかって思うじゃない。もっと広い議論が必要だろうって河野太郎とか政治家に聞いても、すぐにはぐらかされる。『そんなにわーわー議論する問題じゃないだろう』とか反論されて終わっちゃうんだよね。

もし福島の大熊町と双葉町が “中間”だけではなく、最終処分場になってしまうとするならこんなに残酷な話はないじゃないかって俺は思う。ずっと国策の一環で原発を稼働させて、事故が起きて、多くの人が避難を余儀なくされたんだよ。でも、本当は政治家はあ

そこでいいんじゃないかって思っているんじゃないか、新しい最終処分場候補で反発が起きるくらいなら、もともとある場所で最終処分までしてしまったほうが合理的だという声が上がるのを待っているんじゃないのって俺は疑っているのね。

実際にそうなってしまう未来を小説では書いた。俺は選挙特番で炎上したとか、あの発言はいかがなものかと散々マスコミに書かれたけど、最終処分場の問題はどこも取り上げないんだよね。何でなんだろうね。それも本当に不思議なんだよね」

<後編へ続く>

インタビュー・石戸諭(ノンフィクション作家)

撮影・倭田宏樹 「小説幻冬」2023年4月号より

関連書籍

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太田光

一九六五年埼玉県生まれ。八八年に田中裕二と「爆笑問題」を結成。二〇一〇年初めての小説『マボロシの鳥』を上梓。そのほかの著書に『文明の子』『違和感』『芸人人語』などがある。

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