社会人にとって必須のスキルをひとつ挙げるなら、やはり「コミュニケーション力」ではないでしょうか。明治大学文学部教授で、テレビでもおなじみの齋藤孝さんの著書『大人の読解力を鍛える』は、行間を読む、感情を読む、場の空気を読む、想像力を働かせて相手の心情を察するといった、コミュニケーション全般のスキル向上をめざす社会人必読の一冊。その中から一部を抜粋してご紹介します。
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「行間を読む」力を身につけよう
言葉や文章で直接的には表現されていない真意や心情を感じ取ることを「行間を読む」と言います。書き手や話し手による表現の省略を、読み手側や聞き手側が補って理解すること、ともいえるでしょう。
行間を読むことの例として私はよく、詩人のまど・みちおさんが手がけた有名な童謡『ぞうさん』を挙げます。
ぞうさん
ぞうさん
おはなが ながいのね
そうよ
かあさんも ながいのよ
鼻の長さを指摘された子ゾウが、「自分だけでなく、お母さんも長い」と答えた――。書かれている文章のみに目を向ければ、読み取れる状況はこれだけです。
しかし極限まで削ぎ落とされた、わずか数行の短い詩には、作者であるまど・みちおさんが伝えたかった“文章では書かれていない真意”が隠されています。
子ゾウに向けられた「あなたってお鼻が長いんだね」という言葉は、いわば身体的な特徴をからかった意地悪な悪口。しかし当の子ゾウはそれを意地悪とも思わず、むしろ嬉しそうに「そうよ。お母さんだって長いのよ」と答えています。
その誇らしげな子ゾウの姿には、「自分の身体的特徴を何ものにも代えがたい大切な個性と捉え、自分が自分であることに自信を持って生きることは素晴らしい」という思いが込められている。まど・みちおさんご本人がそのように語られています。
「人の気持ちがわかる人」になるには
言葉では表現されずに「行と行の間」に織り込まれている真意を読み解く。
書かれている文章だけで理解しようとするのではなく、その描写の裏に何があるのか、本当は何を言おうとしているのかを常に想像しながら読む。これが行間を読むということです。
当然ながら、行間を読み解くためには「書かれている文章」の前後関係やつながりといった文脈を把握すること、全体を俯瞰で捉えることが不可欠になります。まず目に見えている文章を的確に理解する。その土台があって初めて、行と行の間に内包された真意を洞察することも可能になります。
書かれている文章を手掛かりにして、書かれていないことを探り出す。それが行間を読むことであり、文章読解の総合力、本当の意味での「読解力」といえるでしょう。
行間を読む力は、コミュニケーションにおいても重要です。「言葉にする」ことが重要で、言いたいことは明確に言い表さなければ伝わらないとする欧米的な文化と違い、日本では「そこは言わなくてもわかるよね」「言う前に察して」などと、あえて言葉を省略する傾向がよく見られます。
例えば『源氏物語』のなかの会話でも、主語や目的語が省略されているので、翻訳されるときは、それらが補われます。
そうした日本型のコミュニケーション文化のもとでは、よりいっそう、相手が発した言葉と言葉の間に織り込まれた「言葉にしていない真意」を読解する力が求められます。
「あの人、こう言ったあとにこう言ったんだから、きっとこういう意味だろうな」と、相手の言葉の行間を読み取れる人が、イコール「人の気持ちがわかる人」になるのです。
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大人の読解力を鍛える
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